第12部
ー光と影ー
出産に立ち会った怜は、私の手を握り、歌を歌い、励ましてくれた。
just the way you are。
痛みに耐えている時、怜に歌って、とリクエストした。
怜と会った初めての夜、歌ってくれた歌。
好きな人に歌ってあげたい、と言った歌。
怜は嫌がる事なく、何度も何度も歌ってくれた。
怜の歌が、怜の声が、力になった。
いつもそうだ。怜は歌で私の背中を押してくれる。
『大丈夫だよ。何も心配はいらない。俺がついてるから。』と。
産声が聞こえた時には、2人で涙を流した。
生まれたばかりの赤ちゃんの顔を見て、怜はイケメン過ぎる、と言ったけど私には単純にかわいいとしか思えなかった。
だけど、私より怜に似ていることがうれしかった。
クォーターだけど日本人以外の血が入っていることがすぐにわかる。
もちろん私に似ていても怜はそれだけで喜んでくれるだろうけど、怜に似ていてくれて、2人の赤ちゃんなんだなって、実感した。
昨日の夜から陣痛が始まり、朝の7時の出産だったから、赤ちゃんの顔を見て安心した私は爆睡してしまったけど、ずっとそばにいてくれた怜は飽きることなく赤ちゃんを見ていた、と大阪から来てくれた母親から聞いた。
「玲、頑張ったね。ありがとう。」
怜は目覚めた私の額にキスをしながら言った。
「怜こそ、ずっと付いててくれてありがとう。怜がいてくれたおかげ頑張れた。」
「赤ちゃんを生むことがあんなに大変だとは思わなかったよ。」
「本当にこの世の痛みとは思えなかった。お母さんって偉いんだなって、尊敬しちゃう。」
「玲もこれからお母さんだよ。」
「うん、赤ちゃんの顔を見たら、痛かったこと、全部忘れちゃった。この子をしっかり守っていきたいと思った。」
「玲、いい親になろうね。」
「うん。」
「そうだ、名前なんだけど、どうする?」
「そうだよ、まだ決めてなかったもんね。」
妊娠中に赤ちゃんの性別が判明し、先生から聞きますか、と言われたけど、怜も私も聞かなかった。
男の子でもでも女の子でも、もし先天性の病気があっても、何かの障害があっても、2人で一生命をかけて育てていこうと話し合っていた。
だから、名前は生まれてから考えようと決めていた。
顔を見てから、赤ちゃんに一番似合う名前を付けてあげたかったから。
「男の子だし、かっこよくて大きさをイメージできるような名前がいいな。」
「例えば?」
「空とか海とか太陽とか。」
「うん、いいね。」
「それとユウでも呼びやすい名前。」
「ユウは日本でもアメリカでも呼びやすいもんね。」
「何がいいと思う?」
「空、いいね。」
「玲はよく空見てるからね。」
「空もいいけど、太陽とかお月様も好きかな。」
「太陽か。じゃ、太陽の陽はどう?」
「ヨウ、素敵。」
「みんなの太陽になるんだ。」
「みんなの太陽?」
「俺たちだけじゃなくて、世界中の人たちが幸せになるような暖かくて大きな太陽。そんな存在にね。」
「大き過ぎるよ。でも、陽か。いい、すごくいい。」
陽は、母乳とミルクで、すくすくと育った。
片方だけの母乳ではやはり足りなかった。
それでも私は、満足だった。
陽が一生懸命に母乳を飲んでいる姿が好きだった。
愛おしくて、時折、涙がこぼれた。
それに、男だってミルクを飲ませてあげられると、怜も喜んで手伝ってくれた。
怜の優しさに感謝した。
陽が泣くと、怜はすぐに抱っこして歌を歌った。
怜の歌が聞こえると、泣いていたはずの陽は天使のような笑顔に変わる。
「怜の歌は赤ちゃんでも通じるんだね。」
「玲のお腹にいた時からずっと歌ってるからね。」
「確かに怜の歌は数えられないくらい聴かせてあげたもんね。」
「これがお父さんの声なんだって、もうわかってるのかな?」
「あれだけ聴いていたら、いやでもわかると思うよ。」
「あっ、ちょっとバカにした?」
「してない、してない。」
怜は相変わらず全国を飛び回り、合間にはメディアの取材、次のアルバムに向けての楽曲作りと多忙を極めていた。
家に帰れない日も多くなった。
それでも私は怜が頑張ってくれている事がうれしかった。
陽と一緒なら、待っていられた。
怜の歌と陽の笑顔があれば、何日でも、待っていられた。
「玲、ごめんね。あんまり手伝ってあげられなくて。」
「全然平気よ。もう夜泣きもしなくなったから。怜の方こそずっと忙しくて、心配になっちゃう。」
「俺は大丈夫だよ。玲と陽の顔を見たら、疲れなんて吹き飛んでしまう。」
「陽の顔、でしょう?」
「違うよ。陽には悪いけど、俺にとっては、やっぱり玲が一番だ。」
「私も。陽といると幸せだけど、怜がそばにいてくれるともっと幸せ。」
「愛してるよ、玲。」
「怜、愛してる。」
だけど、私たちの幸せは長くは続いてくれなかった。
陽が生まれて半年ほど経った頃、私の右胸に違和感があった。
母乳はもう出なくなって、胸の張りもなくなった。だから、気付いた。
しこりがある。
小さなしこりだけど、確かにある。
気をつけてたのに、なんで気付かなかったんだろう。
再発した?
それともまた私の中にがんが生まれてしまった?
どうして?
なんで?
いつも、私なの?
絶望感に、目の前が真っ白になった。
怜は地方のライブで明日にならないと帰ってこない。
明日、怜のスケジュールを聞いて、病院に予約を入れないと。
できるだけ早く検査を受けないといけない。
残っている右胸がそう言っているような気がした。
「怜、お休みはいつ?」
地方のライブが終わり、夕方に帰って来た怜に聞く。
「どうして?どっかに行きたい?」
「違うの。」
「何?」
「あのね、、」
「どうしたんだよ。」
「病院に行くのに予約しないといけないから。」
「陽がどうかした?」
「陽じゃなくて、私。」
「何かあったのか?」
「右胸がおかしくて。」
「おかしいってどういう事?」
「しこりがあるの。」
「玲、それって。」
「わからない、まだわからない。だから検査しないと。」
「明日、行こう。」
「でも仕事は?」
「大丈夫、明日はオフだから。」
「ごめんね。」
「なんで謝るんだよ。」
「だって。」
「一番辛いのは玲なんだから。」
「だって。」
「なんでもないよ、絶対。」
「そうだよね。」
「そうだよ。だから今日は俺が陽の面倒見るから、ゆっくり休んで。」
怜の胸の中にいる陽が、小さな手を私の方に伸ばし、あーあー、と言っている。
「ほら、陽も大丈夫だって言ってる。」
「陽、ありがとうね。でもそのあー、はごはん食べたいに聞こえるよ。」
「そっか、もう6時だからごはんの時間なんだ。」
用意していた離乳食を怜が食べさせてくれ、お風呂にも入れてくれた。
陽が眠りにつくのを見届けてから、怜は私を抱きしめた。
「笑って。」
「笑えない。」
「笑ったら病気が逃げて行くんだよ。」
「前にも同じ事言ってたよね。」
「だから笑って。」
「今は、無理みたい。」
「玲の笑顔が見たい。」
「ごめん、怜。」
怜が優しいキスをする。
「だったら、陽の兄弟を作ってあげよう。」
思わず、笑ってしまった。
「笑ったね。」
「怜がこんな時にバカな事言うから、あきれちゃった。」
「バカな事じゃないよ。」
怜がソファに私を押し倒す。
素直に怜に応える。
久しぶりの怜の温もりを全身に感じた。
怜と繋がっている時、何もかも忘れられた。
ずっと、怜と一緒にいたい。いつまで繋がっていたい。
心の底から、そう思った。
翌日、数種類の検査を終え、怜と怜に抱かれた陽と3人で診察室に入った。
「右胸にがんができています。」
医師の言葉に、私は言葉の代わりに、大きなため息をついた。




