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彼方へ  作者: 原 恵
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第1部

ー別れと出会いー


新宿、午後9時。


30分前に、私は失恋した。


大学時代から付き合い始めて、5年。

2年前に彼は大阪から東京に転勤になったけど、遠距離恋愛を続けて来た。


最初の頃は、月に一度は大阪に戻って来てくれていたけど、仕事が忙しいという理由で2カ月に一度になり、3カ月に一度になっていた。

だけど、彼が帰れない時には私が東京に行く。月に一度は、必ず会って、愛を確かめていた。


結婚できる、と信じていた。

電話では、付き合った頃と変わらない優しい言葉をかけてくれた。

誕生日には、ちゃんと贈り物が届いた。


何の兆候もなかった。

彼の愛を疑いもしなかった。


でも、見えてないだけだった。感じていないだけだった。

きっと、どこかで、彼はシグナルを出していたんだ。

間抜けな私には、それがわからなかった。



クリスマスイブの今日、プレゼントを持って、彼に内緒で東京に来た。


びっくりしてくれるかな。喜んでくれるかな。


期待に胸を膨らませ、何度か訪れた彼のマンションに行く。

チャイムを鳴らしたけど、まだ帰っていないようだ。

何時になるかわからなかったけど、今日は部屋の前で帰りを待つことにした。


彼の笑顔を、早く見たかったから。


エレベーターの扉が開く。

彼が帰って来た。

黒いロングコートをおしゃれに着こなした女の人と手を繋いで。


「玲。」

彼が驚いた様子で、私の名前をつぶやく。

思い出したように、女の人と繋いでいた手を離す。


サプライズには成功したようだ。

ただ、私にとっても、サプライズだった。


誰もがうつむいたまま、長い沈黙。

そして、覚悟を決めたように、大きく息を吸い込み、彼が沈黙を破った。


「玲、ごめん。」


彼の絞り出すようなひと言で、私は振られたことを悟った。


「さよなら。」


うつむいた顔を上げ、精一杯の別れの言葉。

5年という歳月に、幕を閉じた。


みっともない最後は嫌だった。

せめてもの見栄と意地。

ゆっくりと背を向け、背筋を伸ばし、後ろを振り返らず、まっすぐ歩いて、マンションを後にした。


追いかけて来てくれる、なんて淡い期待がないわけではなかった。


でも、彼はもう、私の前には現れてはくれなかった。


一筋の涙を流して、どうして?と聞けばよかった?

別れたくない、って彼の腕にすがればよかった?

好きなのにいや、って本心をさらけ出せばよかった?


全部、私だけど、できなかった。

切なくて、悔しくて、寂しくて、辛い。

なんで?なんで?なんで?

同じ言葉と想いが身体中を駆け巡っていた。



新宿の夜の街を当てもなく歩いた。

涙は、出ない。

失恋の衝撃が、溢れ出そうとする涙すら、粉々に砕いてしまったようだ。


涙が、身体の中で、溜まっていく。



街には、ベルや鈴の音が耳に残るクリスマスソングが溢れていた。


恋人達、子供連れの家族。

どこもかしこも、浮かれた会話と笑い声とおもちゃのような色彩で満ち溢れている。


そんな中に、異質な歌が混じっていた。

自分の中の何かを吐き出すような、挑戦的な歌声。


声に引きつけられるように、その歌を探した。


駅から少し離れた路上で、男の子がギターを弾きながら歌っていた。


クリスマスイブに不相応な歌声に耳を傾ける人はひとりもいなかった。


だけど、私はその声に手繰り寄せられたように男の子の前に立った。


男の子は、まだ高校生くらいに見えた。

彫りの深い顔立ちの中に、幼さが残っている。


次の曲も、退廃的な言葉の並ぶリリックを見えない敵に殴りつけるように歌っている。


何という荒々しさ。若さと欲望と憤懣をそのままカタチにしたら、こういう歌になるのだろうか。


だけど、振られたばかりの私には、マンネリ化したクリスマスソングより、なぜだか、ずっと心に染みた。


曲が終わると、男の子はギターをしまい始めた。


「もう終わり?」と思わず聞くと、

「腹減って、声出ないから。」と答えた。


「残念。もっと聴きたかったのに。」

「いつもはもう少しいるけど、今日はなんだか場違いだし、腹減ってるし。」

「じゃ、歌聴かせてもらったお礼に、ご飯ご馳走してあげるよ。」

「えっ?そんな。一曲しか聴いてもらってないし。」

「いいって。私もすごくお腹空いてるから、一緒に食べよう。」

「本当にいいんですか?」

「早く片付けて。行こう。」


ギターとリュックを持った男の子と並んで歩き出す。


「何が食べたい?」

「なんでも。」

「君、お酒、飲めないよね。」

「18だから。」

「だったら、お肉だよね。どこか、おいしいお店、知らない?」

「汚い店なら。」

「全然大丈夫。案内して。」

「この辺、知らないんですか?」

「だって、大阪から来てるんだもん。」

「ここです。」


案内してくれたお店は、想像通りの焼き肉屋さんだった。


シミで半分読めない古びた暖簾。

磨りガラスが茶色くなった建てつけの悪い木の引戸。

テーブルの上には年季の入った七輪が置いてある。

緑色のビニールの張った丸いパイプ椅子。

もちろん、煙を吸い上げてくれる装置もない。

壁に貼ってあるポスターは、ビキニの女の子がジョッキを持って笑ってる、ビール会社の恒例の物だ。


彼に会うために、彼に気に入ってもらうために、精一杯おしゃれして東京に来たけど、覚悟を決める。

匂いがつこうと、タレが飛ぼうと、構わない。

もう誰にも会わないんだから。会えないんだから。


席につき、手当たり次第お肉ばかりを注文する。

そして、私は、生ビール。男の子には、大盛りごはん。


「君、ガリガリなんだから、いっぱい食べなきゃだめだよ。」

「結構、大食いだから。」

「じゃ、食べよう。」


お肉を焼き、2人で黙々と食べることに専念する。

注文した10皿のお肉がなくなる頃には、満腹になっていた。


「まだいけそう?」

「もう腹一杯。こんなに肉食ったの久しぶりだし。」

「君、高校生?」

「高3。お姉さんは?」

「女性に年聞いちゃだめだよ。マナー違反なんだから。」

「ごめん。もう聞かない。」

「でも君になら言ってもいいかな。あのね、25歳。」

「ふーん。」

「何?そのリアクション。そっちが聞いてきたのに。」

「なんて言えばいい?」

「君ね、色々あるでしょ、もっと若く見えたとか。」

「若く見えたよ。24歳とか。」

「未成年のくせに、お姉さんをおちょくってるでしょう。」

「そんなことないって。」

「まっ、いいか。高校生だもんね。」

「ねえ、お姉さんの名前聞いていい?お姉さんって呼ぶとまた怒られてしまいそうだし。」

「名前?加藤玲。君は?」

「マジ?」

「なんで?」

「俺も怜。尾藤怜。りっしんべんの怜。」

「本当に?私はりっしんべんじゃなくて王だけど、苗字も一字違いなんて、すごい偶然だよね。」

「俺もびっくりした。」



一瞬、唐突に彼の顔が頭をよぎった。

彼の名前も、礼司だった。

礼くん、なんてもう呼ぶことはないのだ。


私は、こんなとこで一体何をしてるのだろう。


初めて会った高校生の男の子を食事に誘うこと自体、いつものわたしには考えられない行動なのに、今目の前に男の子がいて、失恋したばかりなのに笑い声まで上げている。


ビール3杯で感情の回路がどこかで入れ替わってしまった?

それとも、悲しみのスイッチだけオフにした?


原因はわからないけど、今は18歳の男の子の笑顔に助けられていることだけは確かだ。


時計を見る。

もう11時になっている。


「ごめね、遅くまで。」

「大丈夫。玲さん、ホテルどこ?」


ホテル?

しまった。今日は彼の部屋に泊まるつもりでいたから、ホテルなんて取ってなかった。


「今から探す。」

「今日、イブだよ。ホテルなんて絶対取れない。」

「ビジネスホテルとかもいっぱいかなぁ。新宿じゃなくてもいいんだけど。」

「たぶん、無理。どこもいっぱいだよ。」

「深夜バスって、まだあるかな?」

「とっくの昔に終わってる。」

「仕方ないな。ネットカフェでも行くよ。どっかにある?」

「女ひとりでネットカフェはだめだよ。」

「どうして?別にいいじゃない。どうせおばさんだし。」

「おばさんじゃないから、心配なんだ。」

「じゃあ、寒空の下で野宿するしかないじゃない。」

「俺とこ、来る?」

「怜のとこ?ごめん、呼び捨てでもいい?」

「怜でいいよ。俺、一人暮らしだから。」

「だめだよ。」

「何にもしないし。」

「違うの。そんなことじゃないの。」


黒のロングコートが頭に浮かぶ。


「イブなのに。彼女がいたりしたら悪いじゃない。」

「いないから、今日も歌ってられた。」

「女の子が部屋の前で待ってたりするかもしれないじゃない。」

「何想像してるの?」

「ううん、別に。」

「歩いて帰れるし、晩ご飯ご馳走になったお礼。」

「お礼のお礼って、なんか変だね。じゃ、朝までお世話になろうかな。本当にいいの?大丈夫なの?」

「だから、何想像してるの?」

「別に。あっ、変な意味じゃないからね。」


支払いを済ませる。

彼に内緒て予約していたクリスマスディナーの一人分でもおつりがくる安さだ。

ナイフとフォークの食事より、よっぽどこっちの方が私らしい。


建てつけの悪い扉を開けて外に出る。


雪が舞っていた。


空を見上げる。

顔に雪が当たる。

ひんやりとした感覚が、心地よかった。




ーファーストキスー


「雪だ。ホワイトクリスマスね。」

「初雪。今日は東京も寒かったから。」

「ロマンチックだね。」


周りの風景を見ながら、15分ほど歩いた。

最初は凍えそうだった身体が温まる。


「ここ。」と怜が指差したのは、 2階建の築古い、昔の漫画に出てきそうなアパートだった。


「汚くて、狭いけど。」

「屋根があるだけで充分。」

「どうぞ。」


四畳半ほどの台所と六畳の和室。

和室には引きっぱなしの布団とギター、小さなテーブルの上にはパソコン。

他の家具はない。


「きれいにしてるじゃない。」

「物、持ってないから。」

「高校生なのに、勉強道具もない。」

「勉強しないし。」


高校生で一人暮らしをしているのは、何か家庭の事情があるのだろう。

そこは、何も聞かないことにする。


怜があったかいコーヒーを入れてくれた。


「怜、優しいね。モテるでしょう。」

「女と付き合う時間なんてない。」

「なんで?そばにいるだけで、うれしかったりするもんよ。」

「曲作りとギターの練習してる方が楽しいから。」

「もっと青春しなさい。」

「玲さんは、彼いないの?」

「いた。」

「別れたの?」

「さっき、振られた。」

「さっきって?」

「怜に会う、少し前。」

「だから、イブにひとり。」

「哀れって思ったでしょう。」

「そんなことない。俺の歌聞いてくれた、貴重な人。あんなに真剣に聴いてくれたの、玲さんが初めて。」

「いつからあそこにいるの?」

「2週間くらい前から。」

「まだ始めたとこだったんだ。あのね、怜の声が、心に響いたの。」

「あんな投げやりな声に?」

「なんて言うか、ジグソーパズルのピースがぴったりとあったみたいな。」

「玲さんの気持ちと俺の歌声が重なったってこと?」

「そんな感じかな。」

「ふーん。」

「バラードも聴きたかったな。」

「聴く?」

「ここで?」

「まさか。いつも夜中に練習してる、近くの公園で。」

「聴きたい。」

「じゃ、行こう。」


外に出ようした時、怜が首にマフラーを巻いてくれた。


「公園、寒いから。」

「18歳なのに、気がきくのね。」

「観客は大切にしないと。」


広い公園だった。

ここなら、大声で歌っても文句は出そうにない。


ベンチに私を座らせ、少し離れたとこに怜が立つ。


今手にしているのは、アコースティックギターだ。

指に息を吹きかけ、ギターを弾き始めた。


洋楽しか聴かないから、怜の歌っている歌がコピーかオリジナルかわからない。


だけど、怜の声に音域に合う、曲だった。

投げやりなことはあるけど、低音から高音への伸びが、ミックスボイスがとてもきれいで心に真っ直ぐ入ってくる。


すごく、いい声をしている。

それを隠すために、あんな歌い方をしているみたいだ。

もう少しだけ年を重ねて、本当の声を隠さなくてもよくなった時、怜は素晴らしいボーカリストになる。

何の根拠もないけど、そう思った。


「玲さんも、歌おう。」

「私?だめだめ。すごい音痴だから。」

「いいじゃん、誰も聴いてないし。」

「えー。」

「気持ちいいよ。」

「だろうね。」

「歌おうよ。」

「そうだね。誰もいないよね。」

「そうそう。クリスマスだし。」


だったら、とアメリカの女性シンガーの誰もが知ってるクリスマスソングをリクエストする。


「知ってる?」

「もちろん。」


ギターに合わせて歌いだしたけど、出だしからキーが大きく外れてしまった。


ギターを弾く手を止め、怜が吹き出す。

つられるように、私も笑いが止まらなくなる。


「玲さん、ひどい。」笑いながら怜が言う。

「そんなに笑わなくてもいいじゃない。」と言う私も笑いがおさまらない。


「もう一回するよ。キーは、『アー』。ここからだから。」

「『アー』これでいい?」


またしても怜が笑い出す。

「もうちょっと下。玲さん面白い。」

「だから、音痴だって言ったでしょう?」

「自覚してるなら、いいんじゃない?」

「お姉さんに向かって、失礼過ぎ。」

「ごめん、ごめん。じゃ、いくよ。」


今度は最初から上手く入れた。

怜がギターを弾きながら、うんうん、と頷く。


あまりにもメジャーな曲だから、歌詞は全部覚えている。


2番から、怜がはもってきた。

きれいな英語の発音。やっぱりハーフなのかな。


歌い終えたら、怜が拍手してくれた。


「英語、上手いよね。」

「怜こそ。ハーフ?」

「そう。中学卒業までシカゴにいたから。」

「それで。私は高校3年間、ロスにいた。」

「なんか、名前も環境も似てるよね。」

「本当、笑っちゃうね。ねえ、古い歌でも歌える?」

「言ってみて。」

「アコースティックだから、クラプトンがいいな。」

「wonderful tonight。」

「大好き。聴かせて。」


ギターの演奏に乗せて歌う怜の声は、何の飾りも虚勢もない、素直で、邪魔なノイズのほとんどないきれいな声だった。

ひとつひとつの言葉に感情を込めて、大切に歌い上げる。


これはクラプトンではなくて、怜の歌なんじゃないかなとまで、思わせてくれる。


歌が終わる。


手が痛くなるくらい、拍手をした。


「ありがとう。どうだった?」

「すごいよ、怜。最高のボーカリストになれるよ。」

「そこまで褒められたら、反対に信じられないよ。」

「本当だってば。こんな素敵な歌、今日聴けるとは思ってなかった。」

「じゃ、もう一曲だけ、古い歌だけど、聴いてくれる?」

「なんて曲?」

「俺が好きになった人に、歌ってあげたいなって思ってた曲。」

「じゃあ、今歌っちゃだめじゃない。」

「そうなんだけど、玲さんには聴いて欲しいなって思ったから。」


ギター演奏が始まる。

それだけで、わかった。

just the way you are。


《そのままの君がいいんだ。》

《そのままの君を愛しているんだ。》


涙が、こぼれた。

歌い終わった怜が、大丈夫?と聞く。

涙ば止まらなかった。


「俺の胸でよかったら。泣いていいよ。」


振られてからの、身体に溜まった涙が、堰を切ったように溢れる。


怜がぎこちなく、私を抱きしめる。

涙が枯れるまで長い時間がかかった。

だけど怜は、ずっと、何も言わずに抱きしめていてくれた。


「ごめんね。もう大丈夫。」

怜の胸から離れる。

「急に、悲しくなって。」

「玲さん、失恋したんだもんね。」

「夢みたいだけど、本当なんだよね。」

「辛い?」

「辛いし、心が、痛い。失恋したことないの?」

「人を好きになったこと、ないから。」

「じゃ、片思いも?」

「ない。いや、ある。」

「片思いだって、心が痛くなることあるでしょう?」

「まだわからない。だって、片思いが始まったとこだから。」

「そうなんだ。恋って、辛いこともあるけど、いいこともたくさんあるから、好きな気持ち、大切にしてね。」

「そうする。」

「それで、ちゃんと気持ちを伝えなきゃだめだよ。」

「伝える。」

「幸せになるんだよ。」

「ねえ、キスしていい?」

「いきなり、何いうの?」

「したことないし、したくなったから。」

「片思いの彼女と恋人になったら、すればいいの。」

「だから、玲さんとしたい。」

「好きじゃない人とキスなんかしちゃいけないの。」

「玲さんが好きになったから。」

「7歳も年上なんだよ。何言ってんの。」

「好きになるのに、年、関係ある?」

「あるの。いや、本当はないけど、今はあるの。」

「ないよ。大人が嘘ついちゃいけない。」

「怜は、振られた私のことを、同情してるだけなの。」

「違う。俺が好きになったら、だめ?」

「だめじゃない。怜のこと、人間として好きよ。」

「だったら、好きになる。」

「私なんかのどこがいいの?怜、変だよ。」

「どこなんて言えないけど、話してるうちにどんどん好きになった。」

「私のこと、何も知らないのに。」

「知らなければ好きにならないなんて変だよ。そんなこと言ったら、世の中から一目惚れがなくなってしまう。」

「私、今日失恋したばかりだよ。そんなこと急に言われても困るよ。」

「わかってる。」

「明日には、大阪に帰るんだよ。もう会えないんだよ。」

「わかってる。」

「わかってない。好きなのに会えないのが、一番辛いこと。」

「会いに行く。」

「そんなに簡単に会えないじゃない。」

「遠距離恋愛だってできるし。」

「わかった。じゃあ、怜が高校を卒業した時に、まだ好きなら会いに来て。」

「そんなに先。」

「そう。クリスマスの夜に、こんな楽しい時間を過ごせば、誰だって気持ちが揺らぐと思う。だから、その気持ちが本物かどうか、時間をかけて考えて。」

「絶対、行くから。」

「ありがとう。その時には私も気持ちの整理ができてると思うから。」

「キスしていい?」

「怜のファーストキス、私で本当にいいの?」

「玲さんがいい。」

「キスして。」


怜の顔が近づく。

目を閉じると、怜の唇が軽く重なった。

離れたと思った瞬間、今度は強く押し付けてくる。

初めてとは思えないくらい、長く濃厚なキスだった。


唇を離した怜に聞いた。

「初めてじゃないでしょう。」

「初めてだってば。一応、勉強はしてたけど。」

「そんな勉強じゃなくて、学校の勉強しなさい。」


言い終わらないうちに、また唇を重ねてくる。


18歳と言えば、もう立派な男だ。

好きになってはいないけど、こんなキスをされれば、身体が熱くなる。


唇を離し、もう終わり、と言う。

「寒いから、戻ろう。」

「わかった。」

「戻ったら、あったかいコーヒー、飲ませてくれる?」

「いいよ。」


部屋に戻り、あったかいコーヒーを飲みながら、連絡先を交換した。


一睡もしないうちに、もう朝の5時になっていた。


始発電車ももう動いているだろう。


「もう行くね。」

「もう?」

「うん。部屋に呼んでくれて、ありがとうね。」

「部屋にはほとんどいなかったけど。」

「怜の歌聴けて、本当によかった。怜の歌がなかったら、今頃ひとりで泣いてるとこだった。」

「力になれたなら、うれしい。」

「すごく助けてもらった。歌、続けて。絶対諦めないで。」

「うん。送って行くよ。」

「寒いし、ここでいい。帰り道、わかるし。じゃあね。」

「卒業したら、必ず会いに行くから。」

「ありがとう。」


帰りかけた私に怜が言った。


「今度会えたら、続きしていい?」

「ばか。」



25歳のクリスマス。

期待から始まって、別れ、悲しみ、出会い、告白。

目まぐるしく変化した、一生、忘れられない日になった。

















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