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誘惑と死は不可分にも似て

 自信過剰であるなら、その自信を壊してやりたい。

 重傷を負いながら、自分は死なないなどと言うことから見ても、かなりの自信家なのが分かる。こう言う男の場合、くたばる寸前までも、自分の死が理解できないに違いない。

 それはある意味、羨まれるべきことなのだろう。

 男は、僕の言葉に「まさか」と、即答する。そして男は、大きな手の平を固く握り締めた。

「俺はあいつを、心から憎んでるんだ。殺せるものなら、殺してやりたいほど」

 もともと血の気のない拳は、固く握り締められると、紙のように白くなった。人の手と言うより、石膏像のようだ。出血で、体内の血が減っていることもあるのだろう。

 僕は、どこかで聞いたような台詞を口に出してみる。

「強い愛は時に憎しみに変わる」

 男は怒りに任せて、拳でソファベッドを殴りつけた。スプリングが軋む音がする。

「ガキが、知ったような口を利くな。お前は何も知らないから、そんなことが言えるんだ。知ってたら、俺があいつを愛せる訳がないことは、簡単に分かる。あいつは憎んでも憎み切れない、俺の敵なんだ」

 僕は静かに、聞き返す。

「でも殺せない。そして、死なれたら困るって言うの?」

 本人が、言っていたことだ。

 男は、どんよりとした目で、僕を上目遣いに睨んだ。腸が煮えくり返っているようだ。

 男の胸の中には、言葉にしていない様々な感情が渦巻いているに違いない。男は、それを僕に見せることなく、

「酒はないのか。酒でも飲まないとやってられない」

 と、言い出した。僕は首を横に振る。

「僕はガキ(・・)、だからね。冷蔵庫には、日持ちするような、水とお茶ぐらいしかない」

 男は「使えねぇ」と吐き捨てると、頭の後ろで腕を組んでゴロリと横になった。

「勿論、煙草もないんだろうな?」

 男は横になったまま、僕を睨み上げてくる。

 僕は笑うのにも飽きてきて、冷ややかに「ここはペンションじゃないよ」と言う。そう言った後で、僕はソファベッドの端に腰掛けた。

 身体を拭いたり手当をするのに、男の身体は見ていたが、男の顔をとっくりと眺めてみることはしていなかった。

 男は美男子ではないが、人を魅きつけるものがある。

 日に当たっていないのか(僕も人のことは言えないのだが)膚は生麸のような白さだ。僕のように痩せていれば貧相に見えるだろうが、男は良く筋肉が発達していた。

 僕は気が付くと、男の筋肉が盛り上がった胸に指先を這わせていた。

 男は怒って機嫌を損ねるかと思ったが、ただ嘲笑的に鼻を鳴らしただけだ。

「興味があるのは俺の方にか?」

 男はそう言うと、枕にしていた腕を解いて、僕の腰を抱き寄せた。僕は男の胸の上に覆いかぶさる格好になる。

 男は顔を傾けて、僕の唇に自分の唇を押しつけようとしてくる。僕は顔を背けて、男の喉に両手を掛けた。僕が軽く喉を締めただけで、男は僕にキスするのは諦めた。

「男には興味はあるけど、あんたは僕の好みじゃないよ。あんたは粗暴なだけで、繊細じゃないから」

 僕は、男の肩に顔を埋めた。男は、ああ、そうかよと突樫貪に言ったが、僕を押しのけることはしなかった。男の腕は、緩く僕の腰を抱いている。

 身体を寄せあったまま男は僕に、

「お前はこの土地の人間じゃないのか?」と、聞いた。

「どの土地の人間かも知らないよ。僕は、ここと病院しか知らないから」

 僕は素直に答える。僕は、言いながら男の腕の内側を、指でなぞっていた。男は「馬鹿、擽ったいよ」と乱雑に言って、僕の手を拳の中に握った。

 僕は、クスクスと笑う。

 男は僕を、くみしやすい相手だと思ったのだろう。身体をズラして反対に、僕の身体の上に覆いかぶさってきた。僕の耳に口を付けて、

「何年も住んでるだけでも、話ぐらい耳にするだろうに」

 僕は笑いながら、片手だけ男の喉に掛ける。

「僕は《家族》とすら一、二分しか顔を合わせたことがないんだよ。赤の他人と喋ることなんて、多分これが最初で最後だよ」

 僕はそう言って、ゆっくりと指で男の気管を圧迫する。男は僕の手を乱暴に払うと、身体を起こして壁に背を凭せ掛けた。

「確かに、お前には関係ない話には違いない。どんな病も治せると言っても、流石に頭の病気は無理だからな」

 僕には、男が何について話しているのか分からない。

「話って何?」

 僕は、ベッドに横になって男を見上げる。

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