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訳ありの二人

 相変わらず男は僕を睨んでいたし、女の方は僕の言葉に安堵したような表情になった。安……堵? 女は男の身体に腕を回して、引き留めるようにしながら、

「この人なら大丈夫よ。少し休ませてもらいましょう。雨風に打たれて、地面に踞ってては、辛いわ。ね」

 途端に男は、女を乱暴に振り払い、怒った。

「俺の身体のことだ。口出しするな」

 僕は、嫌な気持ちになった。女はオドオドと目を伏せると、

「ごめんなさい」と、謝った。

 僕は、更に嫌な気分になる。

「人間なんて信用できるか。こいつだって、俺達が何か分かったら、絶対に売るに決まってるんだ」

 男の僕を見る目には、ギラギラと憎悪の光が燃えている。

 何があったか知らないが、物語の主人公を気どっているような、陳腐なヒロイズムに浸っている人間を見ると、僕はおかしくて仕方がなくなる。

「すごいね。君達は、金に換算出来るような人達なんだ」

 僕が笑いながらそう言うと、案の定男に睨まれた。

 死に掛けている人間に睨まれても、怖くはない。僕を道連れに死ぬと言うのなら面白い、乗ってやろうと思うぐらいだ。

 僕は大げさに肩をすくめて見せる。

「お金なんかいらないよ。そもそも人に上げるほどあるし。それに外に出ないから、もらっても使い道がない」

 男は苦々しげな顔になると、鼻を鳴らした。

「ふん。そう言って、結局金の為に裏切るのが、人間なんだ。この俺が、そうなんだからな」

 男は、自嘲気味にそう言った。

 何があったか知らないが、僕は今度は哀れみを込めて男を眺めた。男は、憐れみを受けるなど思ってもいなかったらしい。

 驚いたように、初めて僕を睨むのを止めた。

「僕は、頭がおかしいんだよ」

 自分の価値観でしか、人は物事を見ることが出来ない。自分と人は同じだと人間は思っている。自分がそうなら人もそうだと、自分を基準にしか考えられない。

 人がどうだろうと、僕は知ったことじゃない。

 男は、ハッと嘲るような声を上げた。

「ああ、確かにお前は頭がおかしいよ。俺達の話を聞きゃ、俺達だって御同様だと思うことだろうよ」

 僕は、彼らの話になど興味はない。僕を殺しに来たのでもなく、僕を殺す気にもならないのなら、彼らは僕にとって無意味だ。

 僕は、不愉快さに顔を歪める。

「せっかくの嵐の夜を、一人で楽しんでたのに。僕の邪魔をしておいて、何なんだ。しかも、濡れているのは雨水だけなのか。生臭い匂いがするぞ。海にでも浸って来たのか。心中にでも失敗したのか。部屋に水は撒き散らす血は落とす、掃除するのは誰だと思ってるんだよ。汚い。しかも見も知らない奴に、僕の別荘で死なれたら迷惑だ。山の中でも、海でも、邪魔にならない場所で幾らでも死ねるだろう。出て行きたいってんなら、好きに出て行けばいいじゃないか」

 僕は挑発してやろうと、わざと悪辣な言葉を吐いたが、男は視線だけで僕を射るぐらいしか、できないようだ。その視線が熱光線や銃弾であれば、僕はもう何回も男に殺されていることだろう。

 男の目には殺意が感じられるが、腹の傷の所為か、僕に向かって来る気力はないようだ。但し男は、意地を張るだけの気力はあるらしい。

 男は傷を押さえながら立ち上がると、

「ああ、出てってやるよ」と、吐き捨てた。

 途端に、女が顔を両手で覆って泣き声を出す。

「お願いです。私は、もう歩けません。あいつらに見つからない限り、暫くでいいですから休ませて」

 女は、そう言ったあと手を下ろすと、僕を縋るような目で見た。

「お願いします。追い出さないで。休ませて下さい。出て行くまでに、ここはちゃんと片付けます。お礼一つできませんし、お金も少ししかありませんが、差し上げますから」

 女は、床にへばり着くようにして、頭を下げた。男は、床に頭を擦り付けている女を、仏頂面で見下ろしながら、苛立たしげな声を出した。

「そんな奴に頭なんか下げるな」

 僕は、男の言葉に如何にも奇遇だと言うように、

「僕もその意見には同感だね」と、言ってやった。

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