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嵐の中、現れたのは

 僕は椅子を離れると、真っ暗な中何にも躓くことなく、リビングに向かうドアに歩み寄った。

 僕はためらうことなく扉を開けると、壁を触って電気のスイッチを入れる。僕は、誰かの息を飲む音まで聞いた。


 螢光灯の不躾な光が、部屋の中を隅々まで照らし出す。闇に馴れた僕の目は、一瞬眩暈を覚える。

 僕も少しは驚いたが、僕の登場は相手には不意打ちだったようだ。

 玄関の前の床に、二人の男女が踞っていた。こちらに顔を向けていた女と、部屋が明るくなるなり、僕は目が合ってしまう。

 僕を認めた瞬間、女は眩しさに目を細めることも忘れて、驚きと恐怖に目を見開いていた。

 僕らは互いに声もなく、互いを凝視しあう。

 

 女は横たわる男の身体を、支えるように抱いていた。二人とも嵐の中を抜けて来た為、着衣ごと風呂にでも入ったようにズブ濡れだった。

 ドアマット一つないその辺りの床は、水溜りが出来ている。

 男は腹を押さえて、荒い息を吐いていた。

 男が押さえている手の下のシャツはむら染めのように、赤から朱色、ピンクとグラデーションをつけられている。シャツを染めているのは、どうやら血らしい。

 

 男は怪我をしているのだ。

 

 彼らが僕を殺しに来た訳ではないらしいのが分かり、僕は途端につまらなくなった。僕は、

「救急車を呼びましょうか?」と、聞いてみた。

 途端に切羽詰まったように女が、

「駄目」

 噛みつくような激しい勢いに、僕は目をぱちくりとさせる。

 女は、今の態度が妥当ではないと思ったのだろう。目を伏せると震える声で、

「この人なら、大丈夫ですから」と、言い聞かせるように呟く。

 僕に言い聞かせたと言うより、自分に言い聞かせているかのようだ。僕は黙って、男の押さえている手元を見つめた。


 雨に濡れたシャツに、ジワジワと血が広がっていく。

「血だ。それも一杯」

 僕は、おかしくなって笑い出しそうになるのを、懸命に堪えていた。男は腹を手で押さえたまま、身体を立て直す。

「行くぞ。俺なら平気だ」

 男の声は、意外にしっかりとしていた。男は僕を睨みながら立ち上がろうとしている。

 男には、僕の頭がおかしいのが分かったのだろうか。


 女が立とうとする男に縋り着く。

「でも、少しは休んだ方が」

 男は、僕が危険物であるように目を離さないまま、立ち上がるタイミングを伺っている。まるで一秒でも目を逸らしたら、僕が銃でもブッ放すと言うように。

「人がいない所でな。そいつが信用出来るとは限らない」

 男は、まるで親の仇のように僕を睨めつけながらそう断言する。

 僕は、ついに我慢出来なくなって、プッと吹き出してしまった。二人は突然笑い出した僕を、奇妙な目で見る。僕は笑いながら、言ってやった。

「信用するしない以前の問題があるよ。僕は、頭がおかしいんだ。だから誰も、僕の言うことなんか信用しないさ」

 僕はできるだけ異常に見えるように、大きな声で喚き始めた。

「何なら僕を殺せばいい。僕を殺せば、ここにはあんた達しかいなくなる。ここに住んでるのは僕一人だし、次に人が来るのは三週間も先だ。それだって、入り用な物を外の物置に入れに来るだけで、僕と会いはしない。頭のおかしい僕に、好き好んで会いたがる人間なんていないさ。《父》の秘書が《父》の命令で、僕がまだくたばってないか確認に来るぐらいだ。電話一つ掛かってこない。僕が殺されても、最低でも二ケ月は、誰も僕が死んだことなんか気付かないね。彼らの本音としては僕のこと、自殺してくれるか、誰かが殺してくれればいいと、正直思ってるんじゃない?」

 喚くのに疲れ僕は静かな口調に戻ると、最後だけはおかしくなって、また笑ってしまった。わざわざ異常に見せなくても、僕は普通にしているだけで、頭がおかしいのだ。

 

 しかし男女は二人とも、僕を蔑むように見もしなかったし、嫌悪感を剥き出しにもしなかった。反対に気持ちの悪い同情心を見せることもない。

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