足弱の女なれば
弥介は貰い乳をして、村の子供として育てられた。だから、自分だけの家族と云うのは持ったことがない。
女房子供を養えば、酒一つ飲むこともままならないだろうと、言い寄る娘をのらくらと躱わしてきた為、弥介はまだ独り者だった。
こんなふうに落ちぶれた今となっては、夫婦の契りを交わさなくて良かったと思う。
村の外から来た女が生んだ子供の元に、村の外の女が助けを求めて来るとは、何やら弥介もこの世の巡り合わせの不思議を思った。
これこそ、因果と云うものであろうか。
弥介は、今の自分の状態を思って、自嘲の笑いを洩らす。
「よりにもよって、ひどい相手を選んだもんだな。オイラは稼ぎもないし、食いもん一つ持ってねぇ。乗り込む家を探すなら、他を当たったがいい。しかし、こんな嵐で、あんたの身体もすっかり参っているようだし、今夜一晩はこの家の屋根の下で過ごしな。明日になったら、もっとまともな奴を探すんだな。あんたを嫁にしようって思う奴も、いるかも知れねぇ。ここにいたって、いい目にゃ遭えねぇもんな」
女は、敷居に両手を着いた。左手には、棒を掴んでいる。女は震える声で、
「妾は足弱で、まともな御縁など望めません」
弥介は、眉を顰めた。
足萎えの女が、遠所からこの村を目指してやって来て、最後の最後に嵐に見舞われるとは運がない。しかも救いを乞うた家が、よりにもよって弥介の家だったのだ。
「それで、この村で養って貰おうってのか?」
幼い頃のことは覚えていないが、貧しいにも関わらず働けない者に対する侮蔑や嘲笑は、他の村よりも強い。
他所の村では、働けない者と云うのは、大体弱い者と決まっている。
赤ん坊や幼い子、片輪や年寄り、病持ち。
そう云った者は、飢饉がくれば元々弱い所為で、真っ先に死んでしまう。
その為、気持ちばかりでも優しくしようと云うことになるものだ。だが、この村では飢餓による死者は出ない。
病気と海難事故、老衰ぐらいだ。
裕福な者は働けても働かず、貧しい者は身を粉にして働く。
豊かな者達への遣り場のない嫉妬や恨みが、同じ貧しいながら、働かなくとも命を繋いでいる者達に向けられるのだと思う。
蔑まれようが見下されようが、飢え死にしないだけマシだと他所の人なら云うだろうが、村八分と変わらないと云えば、少しは弥介達のような者の立場が分かって貰えるだろう。
村の中にあって、締め出されると云うことの苦しさは、生きながら死んでいるのと同じことだ。
村を出奔して小浜に来る者もいるが、居着くことは希だった。
縁故がないならともかく、家族があるなら、例え飢えの心配かあろうとも、自分の村にいた方が居場所はある。
豊かな村として知られている小浜ではあるが、決して貧しい者に優しい村ではない。
女の指が見えなくなる。と思ったら、頭を下げたのか、髪の毛に隠れてしまった所為らしい。
「普通の嫁御のようには働けませんが、海の物を採ってきて二人分の賄いをするぐらいは出来ます。どうか貴方様の元に置いて下さい。妾に出来る限りのことはしますから」
もしかしたら女は、もう何軒も回った後なのかも知れない。
いや、それどころか村中当たって駄目で、弥介の所に来たのかも知れなかった。それとも誰かに、弥介ならお似合いだと云われたのだろうか。
弥介は、むしゃくしゃした気分になる。
父親も分からない身許のはっきりしない女の子供なら、同じような境遇の女を喜んで引き入れるとでも云う気か。
それなら女は、弥介がどう云う状況かも聞いているに違いない。
全く稼ぎのない弥介なら、日々の生活の為に、片輪の女でも迎えてくれると算段したのか。
甲斐性なしだと思われているようで、余計に嫌な気持ちになる。
弥介はむっつりとして、ぶっきらぼうに云った。
「そう言う話は、後でも出来る。早く屋根の下に入って、戸を閉めてくれ。寒くてかなわねぇ。何にしろ今晩は、あんたを泊めなきゃいけないんだ。訳の分からん御託は明日になって、よぉく考えてからでも言えるだろう」
弥介は、プイッと横を向く。
行く場所がないと云うなら、この小屋に置くしかないだろう。
まともな夫婦になれる筈もなく、二人揃って村人達の冷たい視線に晒されて、生き恥を重ねることになる。互いの辛い境遇を嘆き合い、慰め合うなど馬鹿げている。
女は、這うようにして戸の内側に入って来ると、引き戸を閉めた。