会戦
「―――今の。」
油断なく立ち上がると白川は日本刀を構える。
九条さんも立ち上がる。
その声はさっきまでの九条さんとはうって変わってどこか冷徹な表情。
わたしも体を起こす。
そこには。
わたし達の部屋の反対側。
一人の初老の男が立っていた。
長身痩躯に背広姿。
深い皺が刻まれた顔は笑えば人を安心させてくれるようなそんな温和な顔。
そして鼻にかけた丸眼鏡。
男の人相を一言で表すのならば優しい執事さん、というのが似合うだろう。
それが右手にマシンガンさえ持っていなければの話だが。
男はにこり、と微笑むと
「どうも、こんばんは。夜分遅くに失礼したことをお許しください。」
ぺこり、とごく自然に会釈をする。
白川は日本刀を構えながら男を睨みすえる。
男もマシンガンを構える。
それはこれ以上近づけばマシンガンが発射される、という意思表示だ。
「アンタ、どうやって入ってきた。」
男はふぅ、と息を吐くと。
「別にいいでしょう、用件だけ言いますよ、そこのお嬢さんを渡しなさい。」
白川の姿が消える。
ひゅおん。という風を切る音。
爆ぜる火花。
「ぐぉ。」
ざっくりと大根でも切るような自然さで。
白川は男の右腕を肩から切断していた。
どさり、重い砂袋を落としたような音。
見れば右腕を切られた男が尻餅をついて倒れていた。
マトモな人間ならば右腕が切断した時点で致命傷のはずが男の顔からは微笑みは消えない。
いや、それよりも異常なのは男の肩からは一滴も血が出ていないということか。
「ふふ。さすがはあの方の一部。兵器程度では脅しにもなりませんか。」
白川は男を睨みすえたまま刀を逆手に持つ。
慈悲すら持ち得ない機械のような目で男を見る。
白川はやはり感情のない声で
「アンタ、そこの女をどうするつもりだ。」
男に問う。
男は一瞬だけ自分の切断された右腕を見て、それから白川を見るとにやり、と口角を吊り上げる。
「『女王の使い』といえば分かるでしょう?あの方が近々この町にやってくる、と言えばお分かりになりますね。」
白川の表情が機械から憎しみのこもったものに変わる。
「あんた、アレの事を知ってるのか。」
男はますます口角を吊り上げ、昔話でもするような口調で
「ええ、よく知っていますよ。いつもあの方は寂しそうにしていらっしゃる、貴方のことでね。だからここは一つあの方の笑顔が見たいと思いまして。」
げらげらと男の服装には似合わない下品な笑い声。
白川は感情を押し殺した声で小さく何か呟いた。
男は一旦笑うのをやめて
「え?何ですか?命乞いをさせてくれるんですか?」
白川は今度は低く無理やり感情を押し殺した声で。
「黙れ。」
風を切る音。
「ひが。」
男の潰れた声。
男の口に刀が突き刺さっていた。
男の顔が青ざめていく。
「お、が、え。」
白川の表情は変わらずに憎しみのこもった顔。
「黙れと言った。」
ゆっくりと刀を横にスライドさせていく白川。
ずぱ、と肉の裂ける音。
右頬がかろうじで残っている男がそのままの姿勢で座り込んでいた。
白川がくるり、と踵を返す。
そこにはさっきと変わらない感情もなく立つ白川がいた。
そしてわたしは。
「驚きました。まさか、貴方があそこまで動揺するとはねぇ。」
低い男の声が部屋に響くのを聞いていた。
いつの間にか男が、わたしの目の前に立っていた。
何一つとして傷のない乱入したときと全く同じ姿で。
すっ、と男はわたしの目の前で会釈する。
「さぁ、お姫様。こちらに。」
にこり。と悪意のない笑顔でわたしの顔を見る。
白川は刀を構えなおす。
その動作を見た男はくるり、とわたしの背後に回る。
「いいのですか?あの方を倒す唯一のチャンスを失うことになるのですよ?」
白川は刀を構えるのを止める。
「そうです。貴方はそうして指をくわえて見ておきなさい。」
げらげら、と下品な笑い声。
その合間。
空気ではなく頭蓋を振動させるような声。
「爆ぜろ。」
瞬間、風船を割ったような音。
何かわたしの後頭部に何か紙みたいなのが張り付いて―
「へ?」
見ればそれば赤黒く染まった何か。
べしゃり。と何かが倒れる音。
「ふぅ、うちの事務所にも蝿が一匹忍び込むとはね。」
予期せぬ乱入者。
わたしは声のする方向―後ろに振り返る。
男が立っていた。