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人鬼  作者: 夢野欠片
3/4

感染

そこには―。

わたしの背後、抜き身の日本刀を持った白川しらかわ まことがいた。

服装はいつもと同じブレザー。

ぞくりとする。

同級生が刀を持っていたからじゃない。

コイツの女の子を見る目が。

まるでそこらに転がっている石でも見るような目だったから。

「オマエ、何者…?」

ゆっくりと無言で白川しらかわ まことは刀を構える。

構えは中段。

「聞きたければ、俺を力ずくで聞けばいいだろう?それがお前たちの得意分野のはずだが?」

女の子がケタケタと壊れた玩具みたいに愉快そうに笑う。

「アァああああア。お前、聞イタことがアル。ワタシタチト同ジクセにワタシタチヲ狩ロウトするヤツガ居ルッテ。」

吹き抜ける黒い疾風。

その疾風が白川だと気づくより先に勝敗は決していた。

飛び散る液体はスプリンクラーに似ている。

見れば白川が女の子の喉に刀を突き刺していた。

それで終わり。

漫画みたいに苦戦も言葉も無く、ただの一刀で全て決着がついた。

白川がゆっくりと女の子から刀を抜き取られる。

刀が支えになっていたのか、ゆっくりと力なく倒れこむ女の子。

ぐしゃり。

ビニール袋にためた水を破裂させたような音。


その刹那。血だまりへと倒れこむ女の子の頬は涙に濡れていた。


途端、今まで蓄積された恐怖が爆発したのかわたしは吐いた。

血だまりに広がる吐瀉物。

それでも足りないのか今度は胃液を吐き出す。

焼け付く喉。

キリキリと痛みをうったえる胃。

「あ、はぁ。えほ。」

全て吐き終えたのか今度は視界が暗くなっていく。


 

 

目を開ける。

視界に入るのは白い壁。

「あれ…?」

ゆっくりと体を起こす。

ここは…?

辺りを見回す。

・・・何というか殺風景な部屋だ。

10畳くらいの部屋に灰色の事務用の机。天井に吊ってある電灯はむきだしの蛍光灯。

学校の校長室を少し広くしたものによく似ている。

そしてわたしが寝ていたのは茶色の皮製のソファーで申し訳程度に百合の花柄がプリントされたクッションが置かれている。

「あ、目が覚めました?」

落ち着いた女性の声。

わたしはその声の主を探す。

ついさき部屋のドアから出てきたのだろう、女性がドアの前に立っていた。

声の主はとんでもなく美人だった。

年齢は20の後半といったところ。

外国の人だろうか栗色の髪を後ろで束ねていて青色の目。

彫りの深い顔立ちに高い身長。

それが同性のわたしだって見とれるほど完璧なバランスで配置されていた。

そのくせどこか雰囲気は子供みたいだ。

「あの?大丈夫ですか?」

「あ、えとなんでわたし。」

しどろもどろになりながら話す。

「ええっと、とりあえずお怪我はなさそうですね。」

「あ、はい。」

女性はにっこりと微笑むと

「自己紹介が遅れました。私の名前は九条くじょう 麻衣まいといいます。」

女性―九条くじょうさんは微笑んだまま手を差し伸べてくる。

握手なのだろうか。

それよりもこんな時はやっぱり挨拶をしておくべきだろうか。

「えっと、わたしの名前は」

すると九条さんはやっぱり微笑むと

高原たかはら 京子きょうこさんでしたね。まことさんと同じ学校に通ってるそうですね。」

まこと・・・?そんな名前の人いたっけ?

「あのまことって誰のことなんですか?」

「俺のことだ。」

「わっ。」

いつの間にそこにいたのか事務用机の隣に一人の少年が立っていた。

くしゃりとした髪、小柄な背丈。

間違いなく白川しらかわ まことだった。

「お前の命の恩人を見ていきなり驚くとは失礼な奴だな。」

え・・・?こいつが命の恩人?

―――あ。

思い出した。

あの裏路地でわたしは。

あの女の子に。

カタカタと記憶のフィルムが回る。

確カニ、アノ女ノ子ハ泣イテイタッテユウノニ、コイツハソレヲ簡単ニ―。

わたしは体を起こすと白川に掴みかかる。

「…っあんた。この人殺し!」

すると白川は体を捻ってかわす。

そうして背後をとった白川はわたしの腕を掴んで背中に回し、腕を首の方向に持っていく。

刑事ドラマでよくある犯人逮捕する時の固め技だ。

この技は投げ技とは違って派手さはないけど人を押さえ込むには十分だ。

「っあ。いたい、放して。」

さすがに拙いと思ったのか九条さんが

「真さん!止めてください!」

不満そうに白川は手を放す。

「お前、別に恩を売るわけじゃないが仮にも俺はお前の命の恩人のだろ?

感謝されこそすれ殴りかかられるような仕打ちはした覚えはないんだが。」

白川の言葉は正論だ。

もしもあの時白川が来なかったら、わたしは。


でもそれでもどうしてかあの時、たしかに女の子は泣いていたことが忘れられずにいた。

「…それでも、わたしは。あの時あの女の子が殺されたことは覚えてるから。」

すると白川はわたしを睨みすえて嫌悪感を露にした表情で

「お前、アレが人間だってまだ本気で思ってるわけか?」

「―――え?」

白川こいつは今、何と言った?

「聞こえなかったか?あいつはもう人間じゃない。」

耳を疑う。

コイツはナニを言ってるんだ?


「あの連中はな、『鬼』と呼ばれている。正真正銘のバケモノだよ。」


「―――え?お・・に?」

聞きなれない単語に耳を疑う。

そんなのいるわけないっていうのに。

認めればきっと、得体の知れない何かにわたしは怯えなくっちゃいけない。

だから認めるわけにはいかない。

だっていうのにわたしはどうしてか否定しようとするたびにあの女の子の涙に濡れた顔を思い出す。

「まぁ、別にお前が信じなくっても俺は構わない。全部を否定して逃げればいい。」

白川の言葉が胸に刺さる。

その言葉は挑発でもなんでもなく、ただ【これより先に深入りすればお前はもとの生活には戻れない】と言っている。

だけど。

あの女の子は確かに泣いていたんだ。

だからそれを否定して逃げるわけにはいかない。

「分かった。わたしに全部話して。」

すると白川は猛禽もうきんめいた目でわたしを睨む。

「お前、本当に覚悟はあるんだよな?」

ココロが凍りつきそうになる。

―――でも。

「お願い、わたしは知りたい。だから教えて。」


「『鬼』は人を喰う。これは例外のない特徴だ。そして奴らのもう1つ特徴は人間では有り得ない力を持ちえる。

この二つはアンタもおとぎ話で聞いたことぐらいはあるだろ?」

「……。」

無言のわたしを無視して白川は話を進める。

「それと伝承にはないが『鬼』にはもう1つの特徴がある。それは、人に鬼の能力が感染する能力。そいつは『鬼』の死に際に発生する。」

次の白川の言葉に絶句する。


「だからアンタも感染してるからさ。アンタ死んでくれ。」


「ヘ―?」

キン、と鯉口を切って銀の軌跡が走る。

「あ、え?」

揺らぐことのない切っ先がわたしの喉元に突きつけられる。

「い・・・やぁ。」

白川はため息をつく。

わたしの服に少し刺し込まれる日本刀。

「四週間。」

白川がぼそりと呟いた。

「へ?」

「四週間後、アンタも立派なバケモノになる。

知らないほうがマトモな世界の見方で死ねたっていうのに。」

ドクン、ドクン、ドクン。

鼓動がうるさい。

胸を締め付けられるような圧迫感。

それに誰かに見られているような気が―。

誰にー?


「あれ?」

気づけばわたしは白川に抱きつかれるように倒されていた。

俗に言うタックルだ。


直後。


何かの出来のいい楽器のように、

パリン、パリン、パリン。

この部屋のガラスが立て続けに割れる音をわたしは聞いた。

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