60 制服
卵のいい匂いがした。ママが朝食を作っているんだ。もう少ししたらママが僕を起こしにくるぞ、それにしてもこのベッドはふかふかだな。僕が寝ぼけてそんなことを考えていると部屋のドアをママがノックした。ママがノック? いや、ママは朝は僕の部屋をノックぜずに入ってくる、大体僕は夜寝るときにはドアは開けっ放しだ。ママじゃないのなら誰が僕の部屋をノックしているんだ? 僕は飛び起きた。そうだ、リサの家にいるんだった。じゃあ、卵のいい匂いはママじゃなくておばさんなんだ。僕はベッドからおりてドアを開けると思った通りそこにはおばさんが立っていた。
「おはよう、朝よ。よく眠れたかしら? 10分くらいしたら朝食だから用意をしてキッチンへいらっしゃいね。」
もうそんな時間なんだ。
「おはようございます。ベッドが気持ち良くてとてもよく眠れました。すぐに着替えてそちらにいきます。」
僕がそう言うとおばさんはいつもの笑顔で僕に待っているわと言ってドアを閉めた。僕は急いで洗面所で顔を洗って僕の制服が置いてある椅子の所へ行った。するとそこには制服がきちんと畳まれて置いてあった。たしか昨日の夜椅子の背に掛けておいたはずなのに? 僕が制服を手に取るととてもいい匂いがした。おばさんが洗っておいてくれたんだ。僕に気を使わせないために僕には何も言わずに全部やっておいてくれたんだ。僕はおばさんの優しさに涙が出そうになった。嬉しい涙だ、こんな涙ならいくらでも大歓迎だ。僕は急いで制服に着替えながら恥ずかしいことに気がついてしまった。おばさんは僕のパンツも洗ったんだと……。子供とはいえ9歳の僕にはママ以外の人にパンツを洗ってもらうのはさすがに恥ずかしかった。忘れよう。パンツのことは忘れるんだ。僕は頭の中でたくさん忘れろ忘れろと唱え続けた。
キッチンへ行くとおばさんは楽しそうに朝食を作っていた。リサはまだ寝ているのか、ここには来ていなかった。テーブルの上にはまるでホテルのビュッフェのようにたくさんのお料理が並んでいて僕は思わず叫んでしまった。
「すごいね、おばさん。これみんな今朝つくったの?」
僕はテーブルに目が釘付けになりながらおばさんに聞いた。ベーコンやソーセージ、焼きトマトとポテトまである。そしてオムレツに茸のソースがかかったものもある。それに3種類のマフィンとバゲットまでそこにはあった。
「そうよ。リサと2人だけだとさすがにこんなには作らないんだけれどもね、でもクリス君も知っての通りリサはものすごく食べるでしょ、これに近いものは毎朝食べているのよ。何飲む?」
これに近いものを毎朝……。僕のママも暖かいご飯を毎朝作ってくれるけれどもここまで凄くない。リサはこんなに食べるのになんであんなに痩せているんだろう? 僕がこれだけ毎朝食べていたらものすごいことになっていそうだ。
「あの、僕薄いミルクティーをください。それから制服洗濯してくれてどうもありがとうございます。その、あの、パ、パ、パ、パンツも。」
僕はパンツといった途端顔から火が出るのではないかというくらい恥ずかしくなってしまい思わず下をむいてしまった。そんな僕に気を使ってくれたのか、おばさんはさらりと言った。
「あら、パンツもあったの? 制服しか気がつかなかったわ。さあ、席に着いて頂戴。いただきましょうか?」
おばさんがそう言うと僕の後ろから声が聞こえた。
「あら、私抜きで朝食?」
僕が振り向くとそこにはリサが立っていた。そして驚くことにリサはディーロッジの制服を着ていた。
「リサ、その格好……。」
僕はまさかリサが制服を着て現れるなんて考えもしなかったので心底びっくりしてしまった。もしかして学校へ戻る気なのか? 僕が呆然として口も聞けないでいるとリサは僕に一枚の写真を渡した。これは……? どうやらリサの家の庭で撮った写真らしい。そこにはとても小さいけれども制服姿の女の子と男の子が写っていた。
「写真が小さくてよくわからないけれども、この女の子はリサ? この黒髪の男の子はだれ?」
僕は黒髪と言ってからすぐに気がついた。この男の子はあの自殺した子だ。この子が……。するとリサが辛そうな顔をして言った。
「どうやら察しがついたみたいね。その子が私の友人よ。たまたま遊びに来ていた時にパパが取ったみたい。」
それだけ言うとリサの目から涙がこぼれ落ちた。おばさんがリサをそっと抱きしめた。そしておばさんの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。僕はもう一度写真を見た。黒い髪ってことはきっと瞳も黒いんだろう。僕と同じだ。
「僕と同じ黒い髪なんだね、他人事だとは思えないよ。僕と同じ理由でアームストロングにイジメられたんだね。ねえ、リサはどうしたいの? おばさんは?」
おばさんとリサは何か行動をおこしたいはずだ。いや、少なくともリサはもうすでに行動をおこしている。リサは涙を拭きながら僕に言った。
「昨日も言ったでしょ。私はアームストロングを殺したいくらい憎んでいるって。ママだってあの子のおばさまとおじさまの行方が心配なんでしょ? 行方不明なのよ。まるであなたのママにおこった事のように突然と姿を消したのよ。ママと私はあなたのママにも同じ事がおこったと思って心配していたけれども、少なくともあなたのママは無事で本当によかったわ。」
僕のママ? まさか僕のママは具合が悪くて倒れたんじゃなくて誰かに狙われたの!? 僕は立っていられなくなり側にあった椅子に座った。
「私、学校へ戻ろうかと思うの。あの子が亡くなってから今までいろいろと準備をしてきたわ。私、行動をおこしたいの、その時間が来たのよ。クリス、お願いよ、私に力をかしてほしいの。」
リサの目は真剣だった。僕はリサが何をしたいのか、目的は何なのかまだよくわからなかった。今の僕はママの事で頭がいっぱいだった。これまで僕の身の回りで起こってきた事とリサから友達を奪ばった事は繋がっているのだろうか? リサは学校へ戻り何かをするつもりだ。そして僕に助けてほしいと言っている。…………。いくら僕が学校に行きたくなくてもどうせパパに無理やり連れていかれるんだ、それならばもう開き直ってやる。僕は急に力が沸いてきたような気がして立ち上がってリサへ言った。
「いいよ、リサが何をするつもりかはわからないけれども、僕はリサの味方だよ。僕達は仲間だろ。」
僕がそう言うとリサはせっかくとまりかけていた涙がまた溢れ出てきてしまった様だった。そして僕に思いっきり抱きつくと小さい声でありがとうと言ってくれた。おばさんが僕とリサをさらに抱きしめて言った。
「危険な事は絶対にしないことを約束してちょうだい。そして秘密は無しよ。その日の出来事をきちんと私に報告すること。いいわね?」
僕とリサはしっかりとおばさんの目をみて約束を守ることを誓った。
 




