5 警察
この息の詰まりそうな長い沈黙を破ってくれたのは電話の向こうの人だった。
「いまからそちらへ向かいます。事件かもしれませんから学校から少し離れていてください。すぐに行きますからね、落ち着いて待っていてください。いいですね?」
電話の相手が私にそう言うと、私の返事を待つこと無く電話は切れた。私は落ち着きなくその場を行ったり来たりしていた。そして5分くらいたったころだろうか? けたましいサイレンの音と共にパトカーがやってきた。ああ、やっと来てくれたんだ、警察さえ来てくれればもう大丈夫だ。パトカーが私の前で止まると婦人警官ともう1人体格の良い警察官が車から降りてきた。婦人警官は私のところへ来ると厳しい顔でこう言った。
「通報したのはあなたですね? 危険ですから離れていてください。息子さんを連れてきますからね。」
私が頷くとその婦人警官ともう1人の警察官はまるで刑事物の映画のように校舎のドアに向かってドアを開いた。そう……、ドアは開いたのだ。そして彼らは校舎の中へと消えていった。どうしてドアは開いたのだろう? 私がドアに手をかけた時は確かに鍵がかかっていた。それとも私の勘違いだったのだろうか? 昨日から変な事がいろいろと起こっていたので私の頭がおかしくなって被害妄想にでも陥っているのだろうか? 私は自分自身の記憶に自信が持てなくなってきてしまっていた。どのくらい待ったのだろうか? どんな時でも、たとえばとても楽しい時であったとしても、待つことは苦痛に感じることが多い。今回のように心配ごと、ましてや息子が絡んでいたとなるとなおさらだ。警察官達が校舎に入ってからの時間はまるで永遠であるかのように私には思えた。待つのが辛くなりイライラしてきたので自分も校舎に入ろうと決心して、校内に足を踏み入れた時にちょうど婦人警官が外へ出て来た。ああ、息子も一緒だ、無事だったんだ。私は息子の所へ駆けつけた。
「大丈夫? どこか変なことはない?」
私はなんて言ってよいのか解らず、変な言葉が出てきてしまった。そんな私に息子はキョトンとしながらこう答えた。
「大丈夫だよ。ママこそ大丈夫なの? どうしたの急に……?」
私が返事に困っていると横から婦人警官が話しかけてきた。
「息子さんを連れてきたわ。どこにも怪我もしていないし、見ての通りとても元気そうよ。あなた達2人には書類にサインをしてもらいたいので、これから私達と一緒に警察署まで来てもらわないといけないわ。」
そう言うと婦人警官は寂しそうに微笑み、私と息子をパトカーへと誘導した。私と息子は黙ってパトカーへ乗り込んだ。車の中で私はただただ息子の手を握りしめうつむいていた。息子もこの空気にあっとうされたのか、何も言わず黙って座っていた。