58 映画
楽しい夕食を終えた僕達は腹ごなしのためにほんの少しだけレストランの庭を探索してから駐車場へ戻った。リサは車に乗るなり今夜見たい映画の話を始めた。
「ねえ、何かファンタジーものがいいわ。妖精とか魔法使いとか……。」
リサはファンタジーが好きなのかな? ちょっと意外だな……、どちらかと言うとアクションとかそういった映画が好きなように見えるんだけどな。僕もファンタジーは好きだけれど、でも今は妖精って気分ではなかった。
「僕はコメディーがいいな。今日は楽しい事がたくさんあったから、このまま笑って眠りにつきたい気分かな。」
僕がそう言うとおばさんが提案してきた。
「じゃあ、ファンタジーコメディーはどうかしら。」
ファンタジーコメディー? そんなのがあるのかな? 僕は考えてみたけれども何にも思い浮かばなかった。
「ママ、ファンタジーコメディーって何よそれ? 聞いたこともないわ。例えば何て映画よ?」
どうやらリサも何も思い当たらなかったらしい。するとおばさんは笑いながら言った。
「さあ? でももしファンタジーコメディーがあればクリス君もリサも2人共楽しめると思って。」
おばさんらしいその答えに僕は笑い出しリサは呆れていた。
「ママはどんな映画がみたいの?」
リサがそう聞くとおばさんはちょっと考えた後に言った。
「そうね、私は個人的にはスパイものが好きなんだけれども。」
スパイもの? 僕と同じだ。僕はおばさんと僕に共通の好きなものがあることがとても嬉しくなってちょっと興奮して言った。
「おばさんもスパイもの好きなの? 僕も大好きなんだよ。とくにあのスパイ探偵、知っているでしょ? あー、何か急にスパイ探偵が見たい気分になってきたよ、僕。」
スパイ探偵は僕の一番のお気に入りの本だった。僕だけではなく、僕くらいの子供には大人気で映画化ももちろんされていた。僕がスパイ探偵の名前を出すとおばさんは嬉しそうに僕に言った。
「スパイ探偵! あれ私も大好きよ。そう、あなたも好きなの。これで2対1ね、どうする? リサ。」
リサは大きくため息をついて言った。
「2対1じゃしょうがないわね、今夜はスパイ探偵で決定ね。ママ、ポップコーンお願いね。」
一度決めてしまえばリサもとても乗り気になったらしく、僕達はスパイ探偵について語りながら帰路についたのだった。
「さあ、こっちよクリス。」
炭酸飲料のペットボトルとコップを抱えたリサにそう言われて案内されたのは地下室だった。リサの家族は映画観賞が大好きとかで、なんと地下に映画室を作ったらしい。リサがドアを開けて電気をつけるとそこには巨大なスクリーンと、とても座り心地の良さそうなソファーとアームチェアーがあった。少なくとも10人は座れるくらいの設備だった。すごい……。僕が驚いているとリサが僕にコップをくれた。
「クリスどこに座る? 今サイドテーブルを持ってくるわ、テーブルって言っても小さくてコップとポップコーンを載せるくらいの大きさしかないけれどね。」
僕はソファーにすわるかアームチェアーに座るかちょっと迷ったけれども、もしかしたらリサが隣にすわるかも? と思ってソファーを選んだ。
「僕ソファーにしようかな? リサは?」
僕がリサにそう聞くとリサは小さなサイドテーブルをソファーの前に置きながら言った。
「私はいつも左側のアームチェアーに座るのよ。そこが私には一番見やすいっていうかお気に入りなの、ママは大抵私の隣のアームチェアーで、パパはソファーに座ることが多いかしら。」
なんだ、リサはソファーじゃないのか……、僕はちょっぴりがっかりしたけれども、まあ僕とリサが隣に座ったらきっとポップコーンの取り合いになるだろうから、隣じゃない方がいいかもしれない。僕はそう思い直してコップをリサが持ってきてくれたサイドテーブルの上に置いた。しばらくするとポップコーンの良い匂いがしてきた。バターの匂いと何だろう? なにかとても甘いにおい。僕がドアの方を見るとおばさんは大きなお盆に3つのボールを乗っけて映画室へ入って来た。
「おまたせ、リサの大好きな3色ポップコーンよ。」
おばさんはその大きなお盆を部屋の隅にあるちょっと大きめのテーブルへ載せた。
「2人共席はもう決めたの? そうしたらポップコーンもどうぞ、セルフサービスよ。映画を始めましょうか?」
リサと僕は喜んでポップコーンの前に来た。ボールの中をのぞいてみるとそこにはピンクと白と黄色の3種類のポップコーンが入っていた。
「ピンクがマシュマロでね、白いのが塩、そしてこの黄色いのが私の一番のお気に入りのバターとお醤油のポップコーンよ。ママと私は3色ポップコーンって呼んでいるのよ。」
そう言うとリサは僕にプラスティックのボールを渡してくれた。そして黄色いポップコーンを山ほど自分のボールに入れながら僕に言った。
「私はいつも最初に黄色いポップコーンを食べてね、そのあとで3つ混ぜて食べるの。あんまり美味しそうに聞こえないと思うけれども実際はとっても美味しいわよ。よかったらやってみてね。」
僕はどうせだからリサの言った通り3つの味を少しずつボールに入れてみた。甘い匂いと塩っ辛い匂いが混ざっておもしろい感じになっていた。僕が席に付くとおばさんが言った。
「じゃあ、電気を消すわね。」
部屋の電気が消えてスクリーンが明るくなってきた。おばさんもジュースとポップコーンを手に取り座ったようだ。リサが言っていた通り、おばさんはリサの隣のアームチェアーを選んで座っていた。いよいよ映画が始まったようだ。スクリーンもきれいに写っていたし、音もなかなか良くて本物の映画館にいるのと変わらなかった。僕はポップコーンをとって口に入れてみた。甘い香りが僕の口の中に広がった。美味しい。僕は映画が終わるまでに少なくても5回はお替わりをしてしまった。




