55 夕食
2人が連れて行ってくれたレストランはちょうどこの町と隣の街の中間位にあるちょっと隠れ家的な素敵なお店だった。僕がこんな素敵なレストランに来たのは生まれて始めてのことだった。ママと僕はよく ”金曜日のご褒美” として金曜日になると学校からの帰りによく街に出て、喫茶店でママはコーヒーをそして僕はジュースとケーキを食べながらいろいろな話をするのが楽しみの一つだった。それからパパが出張で居ない時にはママと二人でよく近所のパブに夕ご飯を食べに行っていた。それに夏休みにおじいちゃんやおばあちゃんのところへ帰った時には2人が外食好きなので毎日のようにレストランに連れて行ってもらっていた。でも、ママもおじいちゃんもおばあちゃんもカジュアルな場所が好きなので気軽にいけるお店ばっかりだったけれども、このレストランはなんだか違った雰囲気だった。
「僕こんな素敵なレストラン始めてだよ、緊張しちゃいそう。」
そう僕が言うとおばさんは笑って言った。
「あら、たしかに見かけはゴージャスだしお料理も素晴らしいけれども、ちっとも堅苦しいお店ではないのよ。」
おばさんは僕の気持ちを察してくれたのか、安心させるように僕に言ってくれた。そしてリサも自分の服を指差して言った。
「そうよ、クリス。大体私のこの恰好を見れば安心でしょ? 私ジーンズにカーディガンよ。本格的なレストランとなるとこんな恰好じゃ中には入れてくれないし、それに予約だって必要になってくるのよ。ここはママと私の行きつけのレストランなの。私達が堅苦しい所にしょっちゅう来ると思う?」
リサの最後の言葉は僕を安心させてくれた。リサはお金持ちのお嬢さんだけれども、たしかに堅苦しいことはあまり好きではなさそうだった。気さくで優しくて楽しくて……。
「ちょっと安心したよ。」
僕はリサの顔をみて笑いながら言った。僕達が中に入るとバーのカウンターのような所があり、ママとよく行っていたパブにちょっと雰囲気が似ていた。おばさんがウェイターのような人に話しかけると彼は僕達を奥の方の大きな窓の近くの席に案内してくれた。バーは結構込んでいたけれどもレストランの方はそうでもなく、僕達の席の回りは誰も座っていなかった。
「ここなら落ち着けるわね。さあ、あなた達飲み物は何にする?」
この国ではとりあえず飲み物を先にオーダーしてそれからゆっくりとメニューを見ながら食べたい物を決めるのが一般的だ。優柔不断な僕でもたっぷりと決める時間があるのはとてもありがたかった。おばさんはミネラルウォーターをそしてリサと僕はりんごジュースを頼み、僕達はウェイターがくれたメニューを開いた。たしかにメニューはカジュアルなものが多かった。そう、ママと行っていたパブのメニューとさほど変わらない。どのメニューも美味しそうだ。僕が大好きなチキンパイにするかハンバーガーにするか迷っているとリサが僕のメニューを覗き込んで言った。
「ここのハンバーガーってものすごく美味しいの。私はここに来るといつもこれ、添え物に付いてくるポテトフライも美味しいのよ。」
そう言いながらリサは僕の迷っていたハンバーガーのメニューを指差した。
「じゃあ、僕もそうしようかな?」
僕がそう言うと今度はおばさんが僕のメニューを覗き込んで言った。
「あら、なにもリサの言うことを聞かなくたっていいのよ。ここはパイも美味しいし、お魚もお肉もなんでも美味しいわよ。」
パイも美味しいというおばさんの言葉に僕は決心が鈍ってしまった。どうしよう、どっちも食べたい。僕がますます悩み出してメニューと睨めっこをしているとリサが再び僕に言った。
「ハンバーグにしなさいよ。パイは今日お茶の時に食べたじゃない。ねえ、ママは何を食べるの?」
そう言えばそうだな。やっぱりハンバーガーかな? 僕がほぼ決心するとおばさんが言った。
「私はサーモンのムニエルにしようかと思っているの。」
サーモン……。それもおいしそうだな。僕の頭の中はハンバーガーとチキンパイとサーモンのムニエルがぐるぐると回っていた。
「お決まりになりましたか?」
僕の決心がつかないうちにウェイターがオーダーを取りに戻ってきてしまった。おばさんとリサは早々と注文を取っている。僕は自分の優柔不断さが2人にバレないように素早く決心しウェイターに言った。
「僕もハンバーガーをお願いします。」
するとリサはとても嬉しそうに言った。
「クリスも絶対に気に入るわ、ここのハンバーガー。楽しみね、早く来ないかしら。」
ニコニコするリサに僕はちょっとドキッとした。リサは本当に美人だ。それなのにちっとも飾り気がなくてとっても気さくで一緒にいてとても楽しい。僕は今までの友達のほとんどが男の子だった。小さい頃からの女の子の友達は何人かいたけれども、成長と共にだんだん一緒に遊ばなくなってしまったので、女の子の友達は久しぶりだった。マックスと一緒の時もとても楽しいけれども、リサと一緒の時はまた別の楽しさだった。それにしても僕はどうして実際リサにこうして出会うまで彼女の事を繊細でおとなしい子だと思い込んでいたんだろうか? リサが繊細かどうかはまだわからないけれども、少なくともおとなしくはない。僕がそんなことを考えているとリサが僕を見て言った。
「どうしたの? なんだかボーッとしちゃって、何か考え事?」
僕はリサとおばさんを見ると少し照れながら口を開いた。




