54 歓喜
僕のママとマックスの病棟は同じだ。そしてママは5階に、そしてマックスは3階に入院している。僕達はまずママの病室へ顔を出すことにした。僕はママのお見舞いに来る度に ”今日こそはママの目が覚めていますように” と何度も心の中でお祈りしてからドアをノックをしていた。僕はママのいる507号室の前に立つとドキドキしながらドアをノックした。…………。残念ながら今日もドアの向こうから返事は聞こえてこなかった。
「ママ、僕だよ、入るね。」
僕はそう言いながらそっとドアを開けた。僕が病室に入ると続けてリサとおばさんも入ってきた。おばさんはママの所まで行くとママにしゃがんで話しかけた。
「会えて嬉しいわ、とても心配していたのよ。今日ね、やっとあなたのクリス君と会えたわ。彼のことは心配いらないわよ。あなたが元気に私達の所へ戻って来てくれるまで、あなたの大切なクリスくんは私達がちゃんと守るわ。」
おばさんはそう言うと立ち上がってバラのアレンジメントをママの枕の側のテーブルへ置いた。
「おばさま顔色がとてもいいわね。」
リサが僕に言った。
「そうでしょ、今にも起きてくれそうでしょ? どうしてママが目を覚まさないのか僕には不思議でしょうがないんだ。」
僕がそう言うとおばさんが僕の肩に手を置いて言ってくれた。
「きっと今のママ疲れているのよ。それにこうやってクリス君がしょっしゅう顔を見せてくれているのよ、大丈夫。何もかも大丈夫よ。」
大丈夫……、そうだ、きっと大丈夫だ、何もかも大丈夫なんだ。僕はおまじないのように大丈夫という言葉を繰り返し口にしていた。
僕達が病院を出た時すでに6時を過ぎていた。マックスに散々引き止められたのだ。そりゃ僕だってマックスの側にいてあげたかったし、リサだってとても楽しんでいた。しかし今日の面会時間は6時までだったのだからしかたがない。この病棟の普段の面会時間は8時までなのだけれども、なんでも今日は偉い先生が月に1度この病棟を診察してくれる日だとかで、今日に限っては6時までだったのである。駐車場へむかって歩いている途中で僕はおばさんとリサに言った。
「遅くなっちゃったね。」
僕がそういった途端に恥ずかしいことに僕のお腹がものすごい音で鳴った。
「まあ、クリス君たらお腹がすいたの? そう言えばお昼は軽いサンドウィッチしかご馳走しなかったものね。どう? 今夜家で食べていかない?」
おばさんがそう言うとリサが口を出してきた。
「ねえママ、それよりも今日は外で食べない? ここの所パパが中々帰って来ないから外食の1つもしていないじゃない。ね、そりゃあママのご飯は最高よ、ママがクリスに手料理を振る舞いたいのはもっともだと思うんだけれども、どうせ今外にいるんだし、ねえ、いいでしょ?」
リサはちょっと甘える声でおばさんにお願いした。こんなに可愛らしくお願いされたら誰だってリサのお願いを叶えずにはいられないだろう。おばさんは負けたわという顔をして言った。
「そうね、リサがそこまで言うのなら、どうかしらクリスくん? 私の料理は又の機会と言う事にして、今夜はレストランに行きましょうよ。」
僕はお茶とお昼もご馳走になったのに夜までご馳走になるなんてさすがに気が引けた。
「ありがとうございます。でも僕今日散々とご馳走になって病院にまで連れてきてもらって、これ以上甘えたら自分でもさすがにやりすぎかと……。」
するとおばさんが笑い出して言った。
「いやあね、9歳児が何を遠慮しているの? 私もリサもあなたが大好きなのよ。一緒にいてとても楽しくって。それにね、病院に付き合ってくれたのはあなたのほう。私本当に本当にあなたのお母様に会いたくてしょうがなかったのよ、どれだけ安心したかわからないわ。ね、行きましょうよ。とってもおいしいお店があるのよ。」
おばさんの話が終わらないうちにまたリサが口をはさんできた。
「ねえクリス、いっそのこと今日泊まって行きなさいよ。そうすればレストランでも超ゆっくりできるし。ね、そのあと家でママのポップコーンで映画を見るの。ね、いいでしょ、クリス?」
リサがそう言うと僕が答えるより先におばさんが言った。
「まあ、それ素敵ね。ねえクリス君、泊まっていらっしゃいよ。そうしたら私お手製の特別の朝食も振る舞うわ。」
えっ??? そんな。僕は夢でも見ているのだろうか? あまりのリサとおばさんの寛大さに僕はびっくりしてしまった。本当はとってもとってもリサの所に泊まりたかった。でも僕はおばさんとリサに図々しいと思われたくなくてつい遠慮をして言ってしまった。
「でも……、洋服だってないし、それに行きたくないけれども明日も学校があるし。」
僕がそう言うとおばさんはなんだそんな事とでもいうような顔で僕に言った。
「あら、洋服なんて洗濯機と乾燥機で2時間で綺麗になるじゃない。寝間着はリサのを借りればいいし、あなた達サイズはきっと同じよ。リサの服が嫌ならパパの寝間着かTシャツでもいいし。ああ、何なら後で買いに行っても構わないじゃない。それにそんなに遅くまでじゃなければたまの夜更かしくらいいいじゃない。学校へは明日ちゃんと私が車で送って行くから心配ないわ。」
そして僕が何も返事をしないのをいい事に僕のお泊まり計画はリサとおばさんの2人で着々と進んでいった。そして僕達が車に乗り込むとリサはおばさんの鞄から携帯を出して僕に渡した。
「はい、これであなたのパパに連絡して。今日は友達の家へ泊まるからって。」
僕はどうしようか迷った。本当はリサのところに泊まりたかったし、パパは僕が帰ってこなければ余計な世話をやかなくてすむから喜ぶだろう。でもやっぱりこの2人には図々しいと思われたくなかった僕は返事に困ってしまい黙っていた。
「クリス君。もし家に帰りたいというのなら、もちろんちゃんと送っていくわ。でももしも私達に遠慮をしているのならばそんな必要なんかないのよ。だってあなたは大切なお友達だし、私とリサだってあなたと一緒にいたいのよ。それにね、これから長いお付き合いをしていくのですもの、お互いに遠慮なんてしなくたっていいじゃない。私とリサもクリス君には遠慮しないことにするから、ね。」
長いお付き合い……。僕はおばさんのこの言葉がとても嬉しかった。そして僕は遠慮をするのはやめることにした。
「はい、僕本当はお邪魔したかったんです。でも僕洗濯は自分でします。」
僕がそう言うとリサが大きな声で ”やったあ” と言った。僕はニコニコしながらパパへ電話をするために携帯の電源を入れた。当然パパは快く僕の外泊を許してくれた。そしてパパがおばさんと話がしたいというので携帯をおばさんに渡すと、どうやらパパはおばさんにたくさんお礼を言いくれぐれもよろしくとお願いしたらしい。パパはママや僕には冷たいけれども、一応お礼を言う常識は持ち合わせていたんだと僕はほっとした。僕はおばさんの運転する車の中で心地よく揺られながら幸せを感じていた。
 




