4 監禁
「リサ、お部屋で休んでいなさい。」
リリーは優しいがはっきりとした口調でリサへそう告げた。リサというのは私がお話をしたかった5年生の女の子、そしてリリーというのはリサの母親の名前である。この日の朝、私はリリーにお茶に誘われ彼らの家で過ごすこととなった。リサは涙が止まらないらしく、リリーのそばに居たかった様子だったけれども、大切なお話しがあるからという母親の言葉を聞いて涙を拭きながら自分の部屋へむかって行った。私がお邪魔しているばっかりにまるでリサを追い出すような形になってしまい私はとても申し訳なく思った。そんな私をリリーは笑顔でキッチンへ案内してくれて、そのままお茶入れ始めた。紅茶のいい匂いがした。リリーはお茶を入れる手を止めること無く、とてもゆっくりとそしてはっきりとした声で私に話始めた。
「娘のことは大丈夫よ。あの子は見かけよりもずっと強い子だから。」
そう言いながらお茶とお菓子を私に運んでくれた。リリーは椅子にすわり私にお茶をすすめてくれると会話を続けた。
「こまったことにあの子は学校が大嫌いなの。私達は1年前にこの町へ引っ越して来たんだけどね、いまだに慣れないみたいなのよ。」
そう言うとリリーは大きなため息をついた。
「あら、でもリサもあなたも白人じゃない。なにつらいことがあるの?」
おもわず言ってしまった。ここに来てからというもののちょっとした嫌がらせが相次いでいた私はイライラしていた。そしてその嫌がらせは明らかに私の肌の色が原因だということもわかっていたので白人であるリリーに八つ当たりしてしまったのだ。それに今朝のホーワードによる自慢攻撃によって私の精神に悪影響があったのも原因の一つだろう。
「ごめんなさい、この町に来てからいろいろあって。」
私はすなおに謝った。人種差別をされている私が人種差別をするなんてなんて醜いことをしたんだろう。恥ずかしい思いでそれこそ穴があったら入りたいくらいだった。しかしリリーは少しも気にしていないようで私を見ると寂しそうに呟いた。
「あなたの言いたいことわかるわ。この町人種差別が酷いもの。私達はこの国の人間だけど、ここは本当にとても住みにくいわ。かわいそうだけど……。これからいろいろ嫌なことを体験すると思うわよ。引越したほうがいいわ。」
そう言い終わるとやるせないといった顔で私をじっと見つめた。いやな沈黙が流れた。私は会話の途中の沈黙が好きではない。落ち着かないのだ。私は何か言わなくてはと思い会話を続ける努力をした。
「そんなに酷いの? でもね、あなたはとても優しそうだわ。」
これは私の本音だ。リリーは寂しそうに見えたが、同時にとても優しく暖かそうな人に思えた。それにしてもこの国の人間ですら住みにくいと言っているのだから、やはりこの町はどこかおかしいのだろう。もっと情報が欲しかった私は続けた。
「ねえ、今日息子は始めて学校へ行ったの。リサと同じクラスなのよ。リサはアームストロング先生が好きではないの?」
そう尋ねた私にリリーは腹ただしそうにこう答えた。
「あの女は最悪よ。毎年5年生を担当するらしいんだけど、好きだっていう子なんて1人もいないわ。去年なんかあの女が担当していた生徒が5人も学校を辞めたのよ。そのうちの1人は近所に住んでいてね、リサと仲がよくてこの家にも毎日のように遊びに来ていてね、とても良い子だったのに自殺してしまっの。それからリサも不安定になってしまって……。」
自殺!? 9歳が自殺!? そんなこと、息子と同じ年の子供が自殺するなんてそんなこと信じられない。私が驚きのあまり何も言えずにいるとリリーはこう続けた。
「たったの9歳で命を断つなんて考えられないでしょ? 周りはね、事故死で片付けたわ。副校長がね、教育委員会や政府に顔がきいてね。もみ消されたのよ。父兄もね、学校の評判が下がるからってみんなで嘘の噂を流したの。でもリサと私は本当のことを知っているわ。」
リリーはそう言うと私の顔をじっと見て今にも泣きそうな声で続けた。
「言いたくないけど、その子の肌の色濃かったのよ。南ヨーロッパ出身の子でね……。」
私の頭は真っ白になった。息子のことが頭を横切った。息子の肌はどちらかというと白い。でも彼の髪と目は真っ黒だ。白人ではないのは一目瞭然である。助けなければ。
「私、息子をむかえに行ってくる。」
そう言い残して私はリリーの家を慌てて出たのだった。
走って走って走りまくってやっとの思いで私は学校へたどり着いた。私は呼吸を乱しながら震える手をドアへかけた。開かない!! 私は狂ったようにガチャガチャとドアを回してみたが、どうやってもドアは開かなかった。鍵がかかっている! どういうこと? 考えている時間などない。私は裏口へまわりそこにあるドアへ手をかけた。ここも鍵がかかっている。学校中のありとあらゆる出入り口に手をかけてみたのだが、すべて鍵がかけられておりどこからも中へ入ることができなかった。外から入れないのならば、中から開けてもらうしかない。そういえば、中には教師も生徒もいるはずなのに物音1つしない。私は寒気がした。この学校は幼稚舎も入っていたはずだ。幼児の声1つしないなんて、そんなことがありえるのだろうか? そのようなことを考えながら私はポケットに入っている携帯電話を取り出し、学校の番号をダイアルした。お話中……。私は何度も何度も電話をしたがお話中だ。私はまたもや気が狂ったかのように、ドアをバンバン叩き開けてくれと叫び続けた。しかし相変わらず中からは物音1つとしてせず、当然だれもドアを開けてはくれなかった。そうだ警察だ! 警察へ連絡すればいいんだ。どうして今まで気がつかなかったのだろう。私は少し希望が見えてきたと思いそくざに警察へ電話をした。1度のコールですぐにつながった。しかし頭が混乱していたからだろうか、私は電話の相手が何を言っているのかさっぱり解らなかった。普段の生活でこの国の言葉でこまったことなど1度たりともないのに……。気がつくと私は泣きながら ”助けて” と繰り返すだけだった。落ち着け、落ち着くんだ。私は何度も自分に言い聞かせた。すると私は少し落ち着いたのだろうか、電話の相手が同じ3つの単語を繰り返していることに気がついた。電話の向こうの人はゆっくりとこう繰り替えしていた。
「救急車? 消防車? 警察? 救急車? 消防車? 警察? 救急車? 消防車? 警察?」
私はようやく ”助けて” 意外の言葉を言うことができた。
「警察。」
すると電話の相手はOKといい、ボタンを押すような音が聞こえたかと思うと今度はまた別の人が電話にでた。おちついたやさしい声が受話器の向こうから響いてきた。
「警察です。どうしましたか?」
ああ、こんどは言葉が解る。どうやら今度こそ私は落ち着きを取り戻したかのようだった。
「息子の学校がおかしいんです。すべてのドアに鍵がかかっていて電話も通じないんです。息子が中にいるんです。息子を連れてきてください。息子が……。」
どうやら私はまだあまり落ち着いていなかったらしい。言っていることが自分でも良くわからない。でもこれ以上説明できなかったのだ。電話の向こうの人は私にゆっくりと話しかけてきた。
「落ち着いてください。あなたのお名前は? どこの学校なのですか?」
私が名前を名乗って学校の名前を言うと受話器のむこうから蚊の泣くような小さな声が聞こえた。
「ディーロッジ……。」
なぜだろうか、長い長い沈黙が続いた。