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復讐  作者: 南y
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46 指紋

 そうだ、この2人を信じることにしよう。僕は突然僕の目の前に現れたこの2人に救われた気分だった。よかった、もう僕は1人じゃない。これからはこの2人にいろいろと相談すればいいんだ。僕はとてつもない緊張が徐々にほぐれていくのが自分でもよくわかった。


「ところで、どうしてこんなところにいるの? 学校に居るはずの時間じゃないの?」


リサが突然僕に聞いてきた。でも、そういう君も本来なら学校にいる時間じゃ……? そして僕は自分がどこに行こうとしていたかを思い出した。


「そうだ、僕は警察署に行く途中だったんだよ。あのさ、警察署ってどこにあるのか教えてくれる?」


僕がそう答えると今度はおばさんが僕に聞いてきた。


「あら、どうしてそんなところに行くの? 学校で何かあったのね。アームストロングなら何をしても不思議ではないわ。」


優しかったおばさんの顔がアームストロングの名前を口にしたとたんに険しく変わった。おばさんもかなりアームストロングを憎んでいることが僕にはわかった。でもリサの方はアームストロングよりも別のことが気になったらしい。


「警察? 警察なんて信用しちゃいけないわ。だめよ、警察は私の知っている事件をもみけしたのよ。」


今度は突然リサが興奮して大声で言った。突然のリサの大声に僕は思わず圧倒してしまったけれどもおばさんの方は冷静にリサに話しかけた。


「リサ、そんなに大きな声を出すからクリス君がびっくりしてしまったわよ。少し落ち着きなさい。」


おばさんにそう言われてリサは力が抜けたらしく、今度は泣き出してしまった。生意気そうだったり、フレンドリーだったり、癇癪をおこしたり、挙句の果てには泣き出したり、忙しい子だなあ……。でもそう言えば……。


「その話、たしかイージーから聞いたよ。リサが警察を信用しないのは当然のことだと思うよ。あのね、僕が警察へ行こうと思ったのは指紋をとってもらいたかったからなんだ。僕にとっては大切なことなんだよ。」


僕はリサを刺激しないように静かに言った。


「指紋? 誰の?」


リサが涙を拭いながら僕に聞いた。僕は答えたくなかった。繊細になっているリサを刺激したくなかったからだ。しかしリサは気になったらしく、再度僕に聞いた。


「ねえ、誰の指紋なの?」


僕はため息と共にとても小さな声で答えた。


「僕の大嫌いな奴さ。」


僕はこいつの名前を出すのも嫌だった。


「アームストロング?」


リサは躊躇の1つもせずに僕に聞いてきた。やっぱりわかるよな、そうだよな。アームストロング以外の誰だっていうんだ。僕はさらにため息をついて言った。


「よくわかったね。それとも当然出てくる名前? 君もあいつの事が嫌いなの?」


僕がそう言うとリサは再び興奮して恐ろしい顔で僕に言った。


「嫌いじゃすまないわ。殺してやりたいくらいよ。いいえ、殺してやるわ。あのメス豚。」


美しいリサの顔がまるで悪魔にでも取り付かれてしまったかのように僕には見えた。いったいリサは過去にアームストロングと何があったのだろう? 友達が自殺したことは知っているけれども、でもリサのアームストロングに対する嫌悪感はそれだけだとは僕には思えなかった。


「リサ、そのようなことを口に出してはいけませんよ。」


おばさんはリサの方を向いてきつく叱った。


「だってママ……。」


そう言うとリサは下をむいて黙ってしまった。いやな空気が僕達を取り囲んでいた。僕は本当にこのような沈黙が大嫌いだ。なにか喋らなくては……、このいやな空気を変えなくては。なんでもいいから話すんだ。


「あのさ、もしリサが警察を信用しないのなら、僕はどうしたらいいかな? 僕はリサを信用するよ。リサが信用しないものは僕も信用しない、だから警察署には行かないよ。でも僕は指紋をとりたいんだ。なにかいい方法ないかな?」


沈黙を破るために発した言葉だったけど、我ながらこの質問はよかったなと思った。


「信じてくれてありがとう、クリス。」


リサは顔を上げて僕に微笑んでくれた。よかった。リサの気も少しは紛れたらしく、リサはおばさんの方を見て言った。


「ねえママ、ポールおじさまに相談してみたらどうかしら? おじさまなら指紋取れるでしょ?」


ポールおじさま? 誰だろう? でも指紋を取ってもらえるなら誰でもいいや。とにかく証拠を残しておかなくては。しかしおばさんは残念そうな顔をしていた。どうして?


「ねえ、クリス君。あなたがアームストロングの指紋を所有しているってことね? でもあれはあなたの担任なのよ、あなたの持ち物にあれの指紋がついていたってだからどうしたって事になるわ。」


ああ、おばさんは僕の持ち物にアームストロングの指紋が付いていると思っているんだ。


「違うよ、おばさん。アームストロングの指紋は僕の腕に付いているんだ。あいつ僕の腕につねってあざを付けたんだよ。そのアザの上にあいつの指紋が残っているんだよ。ねっ、あいつの暴力の証拠になるでしょ? これであいつは首だよね。それで暴力教師なんてどこの学校でも雇ってくれないもの、あいつもう化け物小屋くらいしか働くとこなくなるよ。」


僕は息もつかずに興奮してまくし立てた。これならおばさんだってわかってくれるはずだ。しかしおばさんの曇った顔は晴れてはいなかった。


「クリス君、それならますますどうしようもないわ。本当に本当に残念なんだけれどね、人の皮膚の上に付けられた指紋っていうのは今の技術ではうまく摂取できないらしいの。とくにこの国のテクノロジーはかなり遅れているしね。」


指紋が取れない? 僕はショックだった。やっとアームストロングに復讐できると思ったのに、僕の希望が音を立てて粉々に崩れてしまった。


「無理なの? そうなんだ、僕てっきりこれでアームストロングとは永遠にさよならだとばかり思っていたのに。」


僕は心の底から悔しかった。アームストロングの勝ち誇ったような醜い顔が頭に浮かんだ。消えろ! 僕はアームストロングの顔が僕の頭の中から消えてくれるように勢いよく頭を振った。すると心配したおばさんが僕の両手を握って言った。


「本当になんて女なのかしら、アームストロングは。こんなに幼い子供にこんな酷いことを……。ねえクリス君、指紋は無理だけれど、でも写真を残すことができるわ。そしてポールにはどちみち来てもらいましょう。きちんと証言を取ってもらって写真と一緒に保管しておくの。それから辛いでしょうけれども今まで起こった事をできるだけくわしく、できれば日付け入りで残しておくの。後々に役に立つわ。できる?」


おばさんはいろいろと詳しいんだ。僕は何にも知らなかった。本当に僕は1人では何にもできないんだ。僕はいろいろと絶望してしまいそうだった。でも今の僕にはリサとおばさんがいるんだ、しょげている場合じゃない。それに用務員のおじさんだって言っていた、イジイジとしているだけじゃだめなんだと。強くならなくちゃいけない。


「うん、ありがとう、おばさん。おばさんの言う通りにするよ。」


僕はどうにかリサとおばさんに笑顔を作った。


「そうよ、元気を出して。ママと私がついているわ。」


今度はリサが僕を慰めてくれた。今朝僕は神様に見捨てられたと思ったけれど、神様は僕のことをきちんと見ていてくれてるんだ。僕は宗教には興味がなかったけれども、でも神様というものの存在は信じてもいいのではないかとこの時思っていた。

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