45 手紙
ママからの手紙……。僕は心臓がドキドキした。どうしよう、泣いてしまいそうだ。でもそうしたら涙で字が読めなくなってしまうじゃないか、しっかりと読まなくちゃ。僕はママの優しい字に目を落とした。
私の大切なクリスへ
突然のママからのお手紙にあなたはきっとビックリしているでしょうね。あなたがこの手紙を読んでいるということは、恐らく私はあなたの側にいることができなくなっている状態だと思うの。でもママは大丈夫だから心配しないでね。どうしてママがあなたに手紙を残そうと思ったのかを知りたいわよね。ママはね、ある人からクリスの通うディーロッジの嫌な話を聞いてしまったのよ。ママも最初は半信半疑だったのだけれど、どうやら聞いた話が事実らしいってわかったの。あなたはこの国の人間ではないというだけで狙われているわ。とくに校長には気をつけるのよ。本当はあなたを連れてこの町から出て行きたかった。でもそれはできそうにないの。だからもしもママに何かあったらその時はあなたは自分で自分の身を守らなくてはいけないわ。おそらくパパはたよりにならないでしょうしね。でもね、あなたは1人ではないということを覚えておいてほしい。ママはこのお手紙をリリーに託すわ。リリーはママの大切なお友達よ。この町で今のところ唯一私が信頼しているのがリリーとリリーのお嬢さんのリサよ。この2人を信じてママがあなたの側に戻って来るまで一生懸命に毎日を過ごして下さいね。いいわね、たとえどんなことがあってもリリーとリサを信じるのよ。あなたを愛しているわ。
ママより
「ママ……。」
僕は手紙をそっと僕の胸に抱いた。この手紙の字は間違いなくママのものだ。それに字だけじゃない、この文章はママが書いたものだ。ママの言葉はいつもママの母国語を先に頭に浮かべてから文章にするからちょっと独特なんだ。だから僕には100パーセントこの手紙がママからのものだという確信があった。ということはこのおばさんとリサと名乗る女の子はママのお友達なのか? でももしこの2人が偽者でリサのママとリサに化けているとしたら?
「2人が本物のリリーさんとリサだって証拠はあるの? 証拠を見せてくれたら信じるよ。」
僕は2人を見ながら言った。2人は顔を見合わせて笑った。
「いいわよ、そう来るんじゃないかと思ってね、もう手はうってあるのよ。ちょっと待ってね。」
そう言うとリサと名乗る女の子はおばさんの鞄の中から携帯電話を取り出した。そしてちょこちょこといじると僕にある写真を見せてくれた。えっ? これは……。
「この写真、いつ撮ったの? 昨日? 今日?」
そこには驚いたことに僕の目の前にいる2人とマックスが一緒に写っていた。背景はどう見てもマックスのいる病室だ。僕のお見舞いのピンクの薔薇も写っている。決して合成などではないと思う。
「どう? 私達を信じてくれる?」
リサ? この子は本当にリサなのだろうか? 僕はマックスのことは信頼していた。でもマックスが信頼しているというエドワード先生の事は信頼していいのかどうか僕にはよくわからなかった。だからどうしてもこの2人を完全に信頼することができなかったのだ。
「僕よくわからないよ。マックスのことは信頼しているよ、でもマックスはすごくいい奴だからもしかしたらあなた達に騙されているのかもしれないじゃない。おばさん達だっていい人そうだけど、でも僕はまだ信頼できない。」
これが本当の僕の気持ちだった。僕はおそらく少し人間不信にもなっていたのだろう。なにか、なんでもいいから確信できるなにかが欲しかったのだ。僕がこの2人に心を開くことができずにいるとおばさんが言った。
「そうね、あなたが出会ったばかりの私達を信頼できないって気持ちはよくわかるわ。でも私達はあなたのママと約束したのよ。もしもあなたが危険な目にあうことがあったら何があってもあなたを守るってね。そしてしばらくしてからあなたのママと突然連絡が取れなくなってしまったの。だからあなたを探さなくてはって思っていた所なのよ。だから私達を信頼してほしいの。それじゃあ、こんなのはどうかしら? 私とリサの目をよく見てほしいの。」
目を? 僕はそう言われてじっとおばさんの目を見つめた。綺麗だ。僕のママの優しい目と少し似ている。そして僕は女の子の目に僕の目を移した。この子の目も綺麗だった。キラキラ輝いていて空気の澄んだ夜に見える星空のようだ。僕がこの子の目に見とれているとおばさんが僕に聞いてきた。
「どうかしら? 私とリサの目は? あなたのママだったら私達の目を見てなんて言ってくれるかしら? 目が綺麗だから信頼するって言ってくれるかしら? それとも私達の目はあなたが信頼できるほど綺麗ではないかしら?」
僕はいつもママの言っている言葉を思い出していた。”いい、綺麗な心を持っている人は目でわかるのよ。目の綺麗な人を信頼するのよ。” そうだ、ママがそう教えてくれたじゃないか。僕は目の前の2人にの目を見つめながら言った。
「ママはきっとあなた達2人の目が好きだよ、だってとても綺麗だもの。僕のママはいつだって僕に教えてくれたんだよ、目の綺麗な人を信頼しなさいって。おもしろいね、そんなことを言うのはママだけかと思ってたよ。」
そう言うと僕はリサに僕の右手を差し出した。リサは嬉しそうに僕の手をしっかりと握って僕達は固い握手をかわした。そして何でだろうか、リサと僕はお互いに恥ずかしくなってしまい笑い出した。そしておばさんがそんな僕達を見て安心したかのような顔をして言った。
「あのね、実は私とリサもその目の話をあなたのママから聞いたのよ。もしあなたが私たちを信頼してくれなかったら目を見つめてもらうように言えってね。そうすればあなたは心を必ず開いてくれるって。さすがママさんね、あなたのことは何でもわかっているんだわ。」
おばさんがそう言うとリサがからかうようにおばさんにむかって言った。
「ママは私のすべてをわかっているわけではないけれどね、残念ねママ。」
そう言うとリサとおばさんは見つめあって吹き出していた。信じよう。この人達はママの手紙を持っていた。そしてママの信念も知っていた。




