42 不信
次に僕の目が覚めた時にはイージーはもう保健室にはいないようだった。起きよう……、そう思って僕が体を動かすとベッドがギシギシと音をたててしまった。その音を聞いたエドワード先生は振り向いて僕の方をみると、安心したような顔を見せた後に急いで僕の所へ飛んで来た。
「そんなに急に起き上がったらだめじゃない。起き上がりたいのならもっとゆっくりとね。」
エドワード先生は僕を支えながら言った。なんだよ、まるで重病人にでも接するようなその大げさな態度は? そして僕はそんなエドワード先生になんだか腹が立ってきた。いや、なんでもいいし誰でもいいから八つ当たりをしたかっただけなのかもしれない。
「大丈夫ですよ、僕は赤ちゃんじゃないんだから。ねえ、さっきイージーの声が聞こえたんだけれど、イージーはどこにいるの? 僕イージーと話がしたいんだけれど。」
実際にイージーには聞きたいことがいくつかあったし、さっきのエドワード先生との会話の意味も教えてもらいたかった。でも何よりもエドワード先生と二人きりでいるのが僕は嫌だった。
「イージーはね、ほんの先程までここに居て君の様子を心配していたんだよ。でも私が教室へ返したのよ。あの子ここのところ学校を休んでいたから、勉強が遅れるといけないと思ってね。」
僕は黙っていた。そしてエドワード先生もしばらく黙っていた。何とも言えない息苦しい沈黙だった。僕は本当は思い出したくもなかったが、僕が倒れる前の事をはっきりとさせたかったので重苦しい口を開いた。それに僕は本当に本当に沈黙が嫌いなんだ。
「僕またアームストロングにやられたよ。今回はエドワード先生に助けてもらったね。そのことについてはお礼を言うよ。ありがとうございました。」
僕がそう言うとエドワード先生は嬉しそうに微笑んだ。
「私を信頼してくれるってこと?」
信頼? 僕は倒れる前のことをいろいろと思い出していた。今朝アームストロングの車にむりやり拉致されてその後に偶然エドワード先生に保護されたんだ。そして保健室でエドワード先生は僕の信頼を得ることに失敗している。その後僕はアームストロングのいる教室へ自主的に戻り、イジメられると身構えていたのに何にも起こることなく無事に午前中を終えたんだ。そして安心していた僕をよそにアームストロングが僕を職員用トイレに監禁して僕の顔をアームストロングの使用済便器の中へ突っ込もうとしたんだ。そしてそこを又偶然にもエドワード先生に助けられた。2度の偶然? いや、それとも??? そこまで考えると僕にはエドワード先生に対して疑うことしか残っていなかった。僕はエドワード先生から目をそらして激しく首を降った。
「いいえ、逆です。」
僕は小さな声でエドワード先生にそう言った。そんな僕の両肩をギュッと握りエドワード先生は困惑しながら僕に聞いた。
「逆? 逆ってどういうことなの?」
エドワード先生には僕の言ったことの意味が本当にわかっていないらしかった。きっとエドワード先生は僕が先生を信頼し始めたと思っていたのだろう。冗談じゃない。僕はエドワード先生を睨みつけながら言った。
「先生さ、都合がよすぎるんじゃないの? もしかして先生はアームストロングと組んでいるんじゃないの、僕を信用させるためにさ。さっきの職員用のトイレでの出来事はアームストロングと先生の茶番だったんじゃない? そうじゃなければなんだってあんなに偶然にあの場所にいたのさ。なんだって1日に2回も偶然にアームストロングから僕を助けることができたんだよ。おかしいよね。でもそれはエドワード先生とアームストロングが一緒に仕組んだからって考えれば辻褄があうんだよね。残念だったね、先生。僕はあなた達に騙されるほどバカじゃないよ。」
僕は僕の肩を握っているエドワード先生の手を振り払って立ち上がった。クラクラする、でもそんなことは今はどうだっていいんだと思った。エドワード先生は僕の言葉が意外だったのだろう、驚いて口もきけずにいた。僕はエドワード先生が言い訳をするのを待った。たぶん僕はこの時心の奥底ではエドワード先生に僕が間違っていると言ってほしかったんだと思う。だってマックスが信頼しているエドワード先生だ、僕だって本当は信頼したかった。しかしいつまでたってもエドワード先生の口からは何も出てこなかった。結局僕はエドワード先生を信じることができなかった。
「僕教室へ戻るよ。先生と話していると人間不信になりそうなんだ。ごめんね、信じてあげられなくて。」
そう言って僕が保健室を出ようとするとエドワード先生は言った。
「わかったわ。でもどうしようもなくなったら私を思い出して。最後の最後でもいいから私がいるってことを忘れないでほしい。それから……、イージーを気をつけて見ていてあげて。あの子もアームストロングに目を付けられているかもしれない。」
イージーが? そういえばイージーは学校が許せないとかなんとかってさっき言っていたな。アームストロングが関わっているのか? それともイージーがアームストロングに目をつけられたのはさっき僕を助けてくれたから? でもあれは偶然イージーが僕の声を聞いたんじゃないか。そんなことでアームストロングはイージーにも酷いことをするっていうのか? いや、あいつならやりかねない。なんて奴なんだ。理由なんて何だっていいんだ、あいつは人を苦しめるのが好きなだけなんだ、狂っているんだ。僕はアームストロングを怖いと思うのと同時にものすごく頭にきていた。




