38 爆発
「ねえ、マックスとエドワード先生はいったい何を探っているの? マックスは僕に話したいことがあるって言っていたんだ、いったい何なんだろう。もしココアに毒が入っていたとしたら、誰が細工をしたっていうの? アームストロングは関係しているの? もしそうだったら悪いけど僕は何にも協力できないよ、だって僕はアームストロングが怖いんだ。僕はもう金輪際この学校に来たくはないんだ。今朝だって学校から逃げるために家をぬけだしたところをアームストロングに捕まったんだから。僕はもうここには絶対に来たくないんだ。絶対にね。」
僕の意志はもちろんとても固かった。学校にさえ来なければイジメられない。家から出なければ嫌なことは起こらないんだ。でもエドワード先生は同情いっぱいの目で僕を見つめて悲しそうに言った。
「やっぱりアームストロングに目をつけられていたんだね。君のその黒髪と瞳を見た時に嫌な予感はしたんだけれど、まさかこんなに早くアームストロングが君を苦しめるとは思ってもいなかったよ。あんなことがあった後だしね。辛い思いをしたんでしょうね、君を守ってあげられなくてごめんなさいね。でももう大丈夫よ、あなたの事は私達が守るから。だから何があっても学校に来なくてはいけないわ。だってここには私達がいるんだから。それに大体家に1人でいる方があなたにとってよっぽど危険なのよ。」
エドワード先生は何を言っているんだ? どうして僕に学校に来いなんて言えるんだ? それに家にいるほうが危険だって? 僕はさっぱりわけがわからなかった。
「僕はアームストロングにイジメられているんだ。この前なんかゴキブリを口の中に入れられたんだ。それでも僕に学校に来いと言うの? 嫌だよ。」
そう叫ぶと僕は力がぬけて泣き出してしまった。いったい僕はこの学校へ来てから何度泣いたのだろう? どうして僕がこんな目にあわなければいけないのだろう。僕がこの国の人間ではないばかりに。そうだ……。僕がこんな目にあっているのはすべてアームストロングが悪いんだ。全てはあの豚のせいなんだ。だってあいつさえいなければ僕はここでもとても幸せなんだ。僕は用務員のおじさんやデイジーさん、そしてマックスとマックスのママとパパのことを思い出した。僕の周りにいる優しい人達と優しい時間。そしてママさえ戻って来てくれれば僕は幸せなんだ。アームストロングさえいなければ……、あいつさえいなければ。それにエドワード先生が僕を守るだって? 僕がアームストロングに目をつけられそうだったって感じていたくせに何にもしてくれなかったじゃないか。今更何を言っているんだ。そんな泣いている僕にエドワード先生は優しく話しかけてきた。
「本当にごめんなさい。マックスが教室にいたらこんなことにはならなかったと思う。でもその彼が君から離れていたのだから私がもっと注意すべきだったのに。本当にごめんなさい。」
僕はそっと顔をあげて先生を見た。どちらかというと男勝りだと思っていたエドワード先生の目に涙がたまっていた。こんなに弱々しい先生が僕を守るだって? 冗談じゃない。僕はエドワード先生に言い返した。
「僕を守るって言ったね。じゃあ、なんでそんな情けない顔をしているんだよ。そんなんで僕を守れるとでも思っているの? 僕はマックスみたいに無鉄砲でもないし、行動的でもないんだよ。アームストロングにイジメられてメソメソしているただの弱い人間なんだ。そんな僕を先生みたいに涙をためた人なんかに守れるもんか。今までだってアームストロングのイジメから僕を守ってくれなかったじゃないか。信用できないよ。」
僕がそう言うとエドワード先生は目を擦って僕に言った。
「何を言っているの、私が泣くとでも思っているの? これはね、私のつけ睫毛よ。つけ睫毛が目に入ったのよ。冗談じゃないわ。これでもね、あなたくらいの年の頃は男の子と喧嘩ばかりしていたのよ。あなたのことくらい守れるわよ。」
僕はどうも今ひとつエドワード先生が頼りになるとは思えなかった。それにつけ睫毛? なんだよそれ、先生には睫毛なんてほとんどないじゃないか。それに先生の子供のころって何十年前の話だよ。僕はどうしても先生に言い返したくなった。
「なんだよ盗聴器だってしかけられてて気が付かなかったし、それにココアに毒も入れられたかもしれないくせになにが守るだよ。だいたい先生はマックスのことだって守っていないじゃないか。彼は倒れて病院に運ばれたんだよ。」
僕はそう言ってはっと気がついた。もしアームストロングが毒を混入させたとしたら……。もしかしたら、もしかしたら。
「ねえ、エドワード先生。もしかしたらココアは僕を傷つけるためにアームストロングが細工したの? 僕のせいでマックスは倒れたの? アームストロングは僕を殺したいの?」
僕はアームストロングが僕のことを嫌っているのは十分にわかっていた。でも僕を本気で殺したいのかもしれないと思った瞬間、何かが僕の中で壊れたような気がした。殺されるくらいなら、殺してやろうじゃないかと。
「ココアについてはわからないわ。もしかしたら別の理由で君達が気分が悪くなったのかもしれないからね。でも盗聴されていたことに気づかないで、私とマックスもいろいろここで話をしていたから、誰か別の人が、そう、たとえば盗聴器をしかけた人が私とマックスを狙ったってことも十分考えられるね。ほんと、私って頼りにならないね。」
エドワード先生はため息をついて悲しそうに僕を見た。僕は立ち上がった。
「僕、教室に戻るよ。エドワード先生のことはもう疑っていないよ、でも本当に僕を守ってくれるって信用するかどうかはまだわからない。ごめんね、先生。でも自分のことは自分で守るよ。」
僕はそう言って保健室を出た。そっと保健室のドアを閉めると中からエドワード先生が泣いているのが聞こえた。




