30 特別
最高の奴……。マックスは僕の事をそう思ってくれているんだ、たとえ1人でも僕のことをそのように思ってくれている人がいるんだということがとても嬉しかった。まだ知り合って本当に間もないのに、当然のように僕も気持ちは同じだった。
「さあ、あの子達の所へ戻りましょうか? なんだかまだお料理のお話をしているみたいね。」
そう言うとマックスのママはソファーから立ち上がった。そして僕もマックス達のいる方へ視線を動かしながら立ち上がるとマックスのママと共に盛り上がっている料理の話に加わった。いつのまにかに料理の話題から話はそれたものの、しばらくの間マックスの病室にいるみんなでたあいのない世間話を楽しんだ。すると突然おじさんが時計を見ながら驚いたように言った。
「もうこんな時間だったんだ。楽しくてつい時間を忘れてしまったよ。悪いけれども俺は用事があって失礼しなければいけないんだ。それからクリストファーは俺が用事を終えてむかえに来るまでここで待っていてくれ。2時間以内には戻れると思うから、きちんと面会時間終了までには来れるからさ。」
おじさんが上着を着ながら僕にそう言うとマックスのママが言ってくれた。
「あら、クリスちゃんなら私達が送って行くわよ。水くさいわね、心配しないで。それにクリスちゃんのお家がどこだかも知りたいし。だってマックスが退院したらお互いにお泊まりとかして行き来するようになるじゃない、もう今から楽しみで楽しみで。だからクリスちゃんの事は私達に任せて頂戴。責任をもってきちんとお家に送り届けるわ。」
マックスのママはおじさんに半ばお願いするように言った。おじさんもマックスのママの気持ちがわかったのだろう。
「それじゃあ、今回はお願いしようかな? いいかい、クリストファー?」
そう言うとおじさんは僕にこっそりとウインクをした。いまのウインクはおじさんからの合図だな。それにいくら優しいからといって忙しいおじさんに迷惑ばかりかけ続けるのも気が引けていた。
「マックスのママとパパが迷惑じゃなければ、僕お願いしたいな。」
僕はちょっとはにかみながら言った。マックスのママは嬉しそうに僕を見て言ってくれた。
「いやーね、迷惑なわけがないじゃないの。喜んで引き受けるわ。」
マックスのママがそう言うとおじさんは僕とマックスにむかって言った。
「じゃあ、マックス、よく食べてよく休んで早く学校に戻って来いよ。それからクリストファーはまた明日学校でな。」
そう言うとおじさんは軽く僕達に手を振り病室を出て行った。するとものの1分も経たないうちにまるでおじさんと入れ替えをするように突然病室のドアがノックされて医者が入ってきた。
「こんにちは、マックス、具合はどうだい? と言ってもとても元気そうだね。顔色もいいね。ちょっと診察してもいいかい?」
そう言うと医者はマックスのベッドの横のカーテンを引きながら僕達にカーテンの外に出ていてくれと言った。僕達は診察の邪魔にならないようにソファーに腰かけて待っていることにした。
「どれ、ちょっと失礼。」
医者がそう言うと同時にマックスが大笑いをしはじめた。
「やめてよ、先生。くすぐったいよ。あははははは。」
どうやら先医者はマックスの体を触診しているらしい。マックスはまだ笑っている。
「おい、そんなに動かないでくれよ。診察できないじゃないか。ほら、がまんして。」
医者の困ったような声が聞こえてきた。しかし医者が言えば言うほどマックスの笑いは大きくなっていった。そしてその笑いは全く途絶えることがなかった。
「あの子、小さな頃からくすぐられるのに弱くてね……。」
マックスのママが少しあきれたように言った。そうか、マックスの弱点かも。今度おもいっきりくすぐってやろう。僕はこんなことしか考えていなかった。しばらくすると医者は諦めた様子でカーテンの外へ出てきた。
「診察は無駄に終わりました。でもおそらく大丈夫でしょう。それからマックスのご両親はお手数ですが、別室へ来ていただけますか? いろいろと書類のこととかもありますので。」
そういうと医者はマックスにお大事にと言い残してマックスのママとパパと病室を出て行った。
「マックスの弱点見つけちゃったよ。」
僕はマックスにいたずらいっぱいの視線を投げかけた。
「お前なんなんだよ、その三日月のような目は!! それよりさ、ママとパパのいないうちにちょっと真面目な話いい?」
僕はマックスをくすぐりまくってやろうと思っていたのに、マックスの意外な真面目な顔にびっくりしてしまいくすぐるの諦めて真面目に返事をした。
「うん、いいよ。なあに?」
僕がそう言うとマックスはしっかりとベッドの上に座り直した。
「ママに聞いただろ? おれ今まで友達がほとんどいなかったんだ。なんかまわりの奴等みんな変だし、それに仲良くなってもなぜかみんなすぐに引越しちゃったりでおれから去っていくんだ。いつも1人ぼっちでさ。だから本ばっかり読んでいたんだ。たぶん家には本が1000冊くらいあるよ。今度読みに来いよ。それからさ、前にもイージーが言ったけれどアームストロングはほんとうに陰険だ。お前気をつけろよ。おれが側にいれば何かと力になれるけど、このざまだから……。でも近いうちに退院できるだろうからさ、そうしたら大丈夫だよ。それから、退院したらきちんと話たい事もあるんだ。本当は今すぐにでも話たいんだけれど、おれ1人じゃ今一うまく説明できないからさ。それから……、お前はいなくならないでくれよな。」
そう言うとマックスは僕にむかって悲しそうな微笑みを見せた。なんだか僕は今までに見てきたマックスとは全然違う一面を見せられたような気がした。僕はそんなマックスを安心させたくて力強く答えた。
「もちろんだよ、マックス。君は僕が引っ越して来てから始めてできた友達だよ。とっても特別なんだ。それからアームストロングだけど……。」
僕はマックスに僕が学校でイジメられている事を話すかどうかとても迷った。でも結局言えなかった。僕はもし僕がクラス中にイジメられているとマックスに言ったら、マックスが僕の友達をやめてしまうような気がして怖かったのだ。イジメられっ子と仲良くしたがる奴なんていないのではないかとそう思ったから。マックスはそんな奴じゃないのに、この時の僕は本当にいろいろな意味で弱い人間だったのだ。だから僕はマックスに笑いながら答えた。
「あんな豚なんか相手にしてないよ。アームストロングはみんなの嫌われ者だよ。僕は大丈夫だからそんな心配しないでよ。」
でも僕の顔が引きつっていたのだろうか、マックスは僕の言葉を信じてはいないようだった。
「おれが退院すれば大丈夫だから。だからそれまでしっかりな。」
僕がイジメられている事を見抜いているんだ、でも僕はとぼけ続けた。
「だから何にもないって。それより早く体力つけて戻ってきてよ。」
僕は笑いながらマックスに言った。マックスと僕の間に沈黙が流れた。ちょっと息苦しさを感じた僕が何か喋ろうと口を開こうとした時、ちょうど良いタイミングでマックスのママとパパが病室へ戻って来てくれた。そして僕達の沈黙のことも気が付かなかった様子でマックスのママは興奮気味に僕達に言った。
「今日は嬉しいことがいっぱいだわ。クリスちゃんとルイさんに会えて楽しい時間をすごせたし、それにねマックス、あなた来週の半ばには退院できるそうよ。今お医者様によばれて行った時にそう言ってもらえたわ。体も充分に回復したそうよ。ただもう一度だけ念のために再検査をしたいからあと2~3日ここにいてほしいそうなの。あなたが笑ってばかりいてお医者様ったらろくに診察できなかったそうよ。でも元気になってくれて本当によかったわ。退院したら早速みんなで退院のお祝いパーティーをしましょうね。」
マックスのママはまるで子供みたくはしゃいでいた。この可愛らしいママじゃマックスがなんとなくしっかりしているのもわかるような気がした。明るくて元気いっぱいのママと口数は少ないけれどもそんなママを支えている優しそうなパパ。僕はマックスのママとパパのことも大好きになった。




