20 恐怖
体育はホールで行われた。クラスの奴等もいつの間にかに体操服へ着替えてホールに集まっていた。校庭だったら外へ助けを呼べたかもしれないけれど、密室状態のホールでは無理だ。しかもこのホールはあの気持ちの悪い集会が行われる場所だ。僕は怖くて怖くてどうしようもなかった。”家に帰りたい。”そう思った時にアームストロングが笛を吹いた。耳が裂けるような音に僕がびっくりして振り向くと突然ボールが僕に向かって飛んできた。避ける暇もなかった。ボールはもろに僕の顔面に当たり、僕はおもわず痛いと叫んでいた。するとまた別のボールが僕に向かって飛んできた。こんどはどうにか避ける事できたけれどもどういうわけか休む間もなく僕に向ってボールがどんどんと飛んできた。どうして? どうしてボールなんかが僕にむかって立て続けに飛んでくるんだ? ボールが僕にどんどんと当たる。僕にはもう痛いという感覚などなくなっており、しだいに意識が薄れていくようだった。僕が床に倒れた時、アームストロングの楽しそうな笑い声と笛の音がホール中に響いていた。
どの位僕は気を失っていたのだろう? 僕はゆっくりと意識をとりもどし、ぼんやりとする目でまわりを見回した。ホールの天井が見えた。そうだ、僕は倒れているんだ、起き上がらなければ。ホールはとても静かだったので、僕はもう体育の授業は終わってしまってクラスの奴等もアームストロングも教室へ帰ったのだとばかり思っていた。僕もこのホールから出ていこうと思い立ち上がろうとしたのに何故か僕は立ち上がることができなかった。僕が何が起こったのかを把握できずにいるとクスクスという笑い声がどこからか聞こえた。しだいに笑い声は大きくなり同時に僕はものすごい視線を感じた。クラスの奴等が僕を見下ろしていたのだ。僕は体育マットにぐるぐるに包まれていて、僕の回りにはクラスの奴等が嬉しそうに立っていた。今度は何が起こるんだ? また笛の音が聞こえ、同時に僕の目がまわり始めた。クラスの奴等がマットに包まれた僕を転がし始めたのだ。どのくらい転がされたのだろう? 最初は抵抗していたが気力も体力も僕には残っておらず、最終的にはただひたすらされるがままになってしまった。また笛の音がするとクラスの奴等は僕を転がすのをやめた。そしてマットから僕を引きずり出すと今度は跳び箱の中へ僕を投げ入れた。そして跳び箱の蓋のような手を付く部分をかぶせて僕を箱の中に閉じ込めたのだ。僕は体を変に曲げられてしまっていたのでとても窮屈だし痛みも感じた。それだけでも十分に怖かったのにクラスの奴等は僕が入っている跳び箱で練習を始めたのだ。ジャンプ台を飛ぶ時の大きな音が耳に響き、しばらくすると僕の耳には激痛が走った。そして跳び箱を飛ぶときのドスンという振動は何とも言えない怖さだった。何十回いやもしかしたら何百回と僕の上を人が飛んでいき、僕の頭はガンガンして割れそうだった。いつまでこんなことが続くんだ?
「誰か、誰か助けて。」
僕は声に出して叫んでいた。しかし密室状態のホールではどんなに助けを呼んでも無駄だった。僕は授業が終わるのをただひたすら待つしかなかったのだ。長い長い体育の授業の終わりのチャイムが鳴り、僕はようやく跳び箱から開放された。僕は床に転げ落ちた。そんな僕の腕を誰かが掴んだ。アームストロングだ。
「いつまでも寝てるんじゃないよ、立つんだよ。教室に戻るよ。」
ふらふらと歩く僕の足をアームストロングは蹴り上げた。
「おっと、あぶない。もう少しでお前にあざを付けちまうところだった。お前がきちんと歩かないからいけないんだ。ほら、次の授業が始まっちまうじゃないか。」
そう言うとアームストロングは僕の腕を引っ張り上げて僕を引きずるように教室へと連れ戻したのだった。
僕に対する嫌がらせは授業中だけではすまなかった。僕は給食の時間になるがものすごく怖かった。アームストロングは僕に逃げる隙を全く与えず、とうとう恐れていたお昼の時間になってしまった。当然僕は全く食欲などなかったが、この学校ではクラス全員で並んで列を作りで食堂へ行く決まりになっていた。アームストロングはクラス全員を集めると大声で言った。
「昼だ、列を作って学食へ行くよ。ほらクリス今日はお前が先頭だ。」
そう言うとアームストロングは僕の腕を痛いほど引っ張った。僕にはもう逆らう気力も逃げる気力も残ってはいなかった。アームストロングに腕をとられながら僕はよたよたと食堂へと歩いて行かされた。いろんな奴等が僕とアームストロングを興味深そうに見ていた。おそらく傍から見ると元気のない僕をアームストロングが支えながら歩いているくらいにしか見えなかっただろう。学食は別のクラスの生徒達ですでにいっぱいになっていた。アームストロングは僕を端っこにある席にむりやり座らせながら学食中に響く大きな声で言った。
「あら、クリス、なんだか顔色が悪いのね、先生があなたの為に給食を持ってきてあげるわね。ここでおとなしく待っていなさい。」
そう言うとアームストロングは僕の腕を離し配膳の列へ並び出した。アームストロングが僕から離れた! 今がチャンスだ。そう思った僕は重い体を引きずるように立ち上がった。しかし誰かが僕の足を蹴り上げたので僕はよろめいて椅子へ倒れた。振り向くとクラスの奴の1人がにやけて立っていた。
「アームストロングにお前を見張っていろって言われているんだ。逃げるなよ。」
こいつだけではない。クラスのやつら全員で僕を取り囲んでいる。疲れ切っていた僕は今渡こそもうダメだと思い、逃げるのを諦めて黙って座っていた。これから何が起こるんだろう? 今度はどんなイジメをアームストロングから受けるんだろう? いつまでこんなことが続くのだろう? どうして誰も僕を助けてくれないんだろう? 他の先生方はどうしてアームストロングを放っておくんだろう? 誰か正義感のある生徒はいないのだろうか? 僕はほとんど働かない頭でぼんやりと考えていた。しばらくするとアームストロングが戻ってきて給食を僕の前のテーブルに置いた。僕がゆっくりと視線を給食にむけると、そこには大きなゴキブリが入っていた。まさかこれを食べさせられるんじゃないだろうな? 僕は全身で給食をはらい、お盆が床の上に落ちて給食がぶちまかれた。アームストロングは僕を見ると満足そうにニヤニヤと笑った。
「私の思い道りの事をやってくれるね。そんなに私を喜ばせるんじゃないよ。」
そう言いながらアームストロングは僕の腕をひねりながら引っ張ると僕を床の上に座らせた。
「さあ、床を掃除するのを手伝ってもらおうか。汚したらきちんと拭かないといけないよ。」
そう言うとアームストロングは床に散らばったおかずを握り僕の口の中に突っ込んだ。僕がよけると今度は僕の髪を引っ張り僕の顔を汚い顔に近づけるとこう囁いた。
「今以上に私を怒らせたいのかい? 優秀なお前さんらしくないな。さあ、だまって食うんだよ。」
アームストロングはその汚い顔から僕の顔を引き離すと僕の顔を床にこすりつけた。
「ほら、たくさん食べるんだよ、成長期なんだから。」
そう言いながらゴキブリを掴むと僕の口を押し広げてその汚い手を僕の口の中に突っ込んだ。僕が吐き出そうとすると今度は僕の口を塞ぎ僕の顎を掴み動かし始めた。
「ほーら美味しいだろう。今朝私の部屋から連れてきたんだよ、お前に食わせるためにな。」
プチプチという音が僕の口の中から聞こえ、ヌルヌルしたものが僕の口の中に広がっていった。僕は今日2度目の気を失ってしまったのだった。




