18 開始
僕がディーロッジ小学校へ通い初めて1週間が経ち、僕は始めてパパに学校に行きたくないと言った。エドワード先生のことも怖かったし、マックスもまだ病院だ。集会で体調を崩したイージーだってもしかしたら休むかもしれない。アームストロングのいる教室で1人になりたくなかった。しかしパパは当然僕の気持ちなんてわかってくれなかった、いやわかってくれようとすらしなかった。
「パパは忙しいんだ。くだらない事を言っていないで早く支度をしなさい。」
この国では僕は幼児と同じだ。保護者は教室のまん前まで子供を送り、教師に託さなくてはいけない。そうしなければ保護者にはネグレクトの烙印が押されたあげくに犯罪者になってしまうそうだ。おかげで僕にはサボるという選択肢もなかった。僕はパパに無理やり学校へ連れていかれてアームストロングへ託されてしまった。気持ちの悪いアームストロングはパパの姿を見ると教室から出てきてパパにむかって笑顔で言った。
「おはようございます。おつかれさまですね。さあクリス授業が始まりますから席に着きなさい。」
本当に本当に気持ちの悪い奴だ。ママには嫌な態度をとるくせにパパには猫かぶっていやがる。僕はパパに手を振って別れて教室を見回した。思った通りイージーは来ていなかった。せめて彼女がいてくれれば気分が晴れるのに。それに仮病を使って保健室にも行きたくない、そもそも僕は昨日以来エドワード先生に対して警戒心を持ってしまっていた。僕はまるで監獄にでも入れられているかのような気分だった。どこにも逃げ場はない。
今朝も集会が行われた。集会中僕は当然の様に何にも聞いていなかった。しばらくすると僕の立っているずっと後ろの方からドンと誰かが倒れる音がした。また誰かが倒れたんだ、誰だろう? 僕は振り向きもしなかった。後ろにいた生徒達がざわつき始めた。どうやら先生が倒れた生徒に手をかしているようだ。あの声はフランシス先生だ。そう言えばこの前もフランシス先生が倒れた生徒達を保健室へ運んでいたっけ。僕がそんなことを考えていると今度は前のほうからドスンという音が聞こえた。するとなぜか僕も気分が悪くなってきた。倒れそうだ。僕の耳がキーンとなり始めたと思ったら気が遠くなりそうになり、僕は立っているのがやっとの状態だった。そして僕が一生懸命に立っている間にもドタンバタンという誰かが倒れ続ける音がしていた。どのくらい経ったのだろうか? 誰かが僕の肩に手を置いた。ホーワードだ。あの自慢ババア。ホーワードは僕を見るとがっかりしたように言った。
「あなたはたしか転入生だったわね。大切な集会中に上の空はいけませんね。私達教師が忙しい合間をぬってあなた達の指導のために集会を行なっているのですよ。もっと私達に感謝して欲しいものですね。そもそも私が集めた優秀な教師だからこそここまで素晴らしい集会が開けるのですよ。もっと熱心に感謝した態度で聞きなさい。本当に、あなたはこの優秀な私の学校にはあまり相応しくありませんね。あなたの事はあとでアームストロング先生に報告しておきましょう。さあ、集会は終わりましたよ。教室へ戻りなさい。」
そう言いいながらホーワードは僕の元を去って行った。なんなんだろう? 何をしに僕の所に来たんだろう、気持ちの悪い先生だな。僕は割れそうになる頭を抱えながら列を乱さないようにどうにかしてホールを出て教室へむかった。
僕達は列を作ったまま教室へ戻ってきた。全員が席に付くと驚いたことにいつもの半分の生徒しかそこにはいなかった。今朝出席を取ったときにはマックスとイージー意外はみんないたのに。もしかして集会中に倒れた生徒がこのクラスにもたくさんいたのだろうか? それにしてもいつもにも増して今日のクラスの雰囲気は嫌だった。先週は本当にいろいろとあったな、いや、この学校に始めて来た時からいろいろなことが起きている。まるで現実の世界ではないみたいだ。僕は突然寒気がし、同時にアームストロングが甲高い声をあげた。
「クリス、なにをボッとしているんだい。黒板に書いてある問題を解いてみろ。」
僕は考え事をしていて気が付かなかったが、いつのまにかに授業が始まっていた様だ。そう言えば、頭痛も収まり気分も先ほどよりは良くなっていた。僕は席を立ち黒板へむかうとそこには簡単な算数の問題が書かれていた。こんなの前の学校で2年前に勉強した。ホーワードはこの学校の生徒の成績は平均をはるかに上回ると言っていたが嘘だな。僕はすらすらと問題を解いて見せた。
「できました。」
僕が勝ち誇った様に言いながらアームストロングの顔をみると、その醜い顔は怒りに満ちてより醜くなっていた。
「こんな簡単な問題ができるからっていい気になるなよ。」
アームストロングは他の誰にも聞こえないくらいの小さな声でそう僕に囁いた。僕はアームストロングを無視した。いつもママが言っている、レベルの低い人間は相手にするなと。アームストロングは僕が生きてきた9年間の短い人生の中でブッちぎりで1番レベルの低い人間だ。アームストロングはイライラしながらもっと難しい問題を黒板に書いた。
「これも解きなさい。」
アームストロングは急にニヤニヤし始めた。本当に気持ちの悪い奴だ。僕が黒板にむかって問題を解き始めると急に何かが飛んできて僕の肩に当たった。消しゴム? 誰かが僕に消しゴムを投げたのだろうか? そう思い僕が振り向くとクラスの連中はみな僕にむかって消しゴムを投げ始めた。
「なんだよ。やめろよ。」
僕が叫び出すとアームストロングは大笑いしながら嬉しそうに言った。
「お前たち、もっと投げろ。」
次々に飛んでくる消しゴムが僕に当たる。僕は頭を覆いその場にうずくまってしまった。どのくらいうずくまっていたのだろう? しばらくしてこの消しゴム攻撃が止んで静かになった。僕は恐る恐る顔を上げてみるとまるで何事もなかったかのようにみな席へついて授業を続けていた。僕が頭を上げたのを見つけるとアームストロングは僕の髪の毛を汚い手で掴み引っ張りあげた。
「いつまでも座ってないではやく席につけよ。」
そう言うとアームストロングは僕を突き飛ばした。僕はよろけて机に足をぶつけてしまった。
「ほらほら、よろけて転んだりするんじゃないよ。アザでも付けられたら私が困るんだ。」
アームストロングはそう僕に囁いた。僕は恐怖で席に戻るのがやっとだった。僕は家に帰りたかった。とにかく誰か別の先生に具合が悪いとでも言おう、そうしたらきっと家へ返してくれる。ああ、でもママは病院でむかえに来てはくれない。パパの会社は車で30分だ。それまでどうする? 保健室には絶対に行きたくない。そうだ、用務員のおじさんの所へ行けばいいんだ。どうしておじさんのことを忘れていたんだろう。僕は算数の授業が終わるのを辛抱強く待った。そして終わりのチャイムと同時に教室を飛び出そうと考えていた。長い長い授業がようやく終わりに近づいた。もう少し、もう少しでアームストロングから逃れられる。あと1分、僕が教室の壁に掛かっている時計を見上げたその時、アームストロングの嬉しそうな声が教室中に響いた。
「クリス、話があるからお前は教室に残れ。」




