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復讐  作者: 南y
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17 抱擁

 用務員室はとてもすっきりとした清潔な空間だった。でもそれでいてとても居心地が良かった。この学校にも心地のいい部屋があるんだな、そう思うと僕はなんだかとても安心した。


「今お茶を入れてやるよ。そう言えばお前、お昼食べてないんじゃないか? なにか食うか? それともテレビでも見るかい?」


テレビ……、いやさすがに学校でテレビを見る気にはなれなかった。


「いえ、それと折角なのに申し訳ないのですが、僕お茶はあまり飲まないんです。水でも頂けますか? それから僕、今あんまり食欲がなくて。」


おじさんはキッチンからひょいと顔を出すと笑いながら言った。


「そうか、お茶は飲まないか。それにしても君は礼儀正しいんだね。俺の所を尋ねてくる他の生徒達は勝手に冷蔵庫を開けるわ勝手にココアを入れ始めるわで、テレビだって俺が聞く前に勝手につけて見てるしね。おまけにソファーに寝そべってしまったり、本当に好き勝手さ。でもこの学校はものすごく息苦しいだろう、ここでくらいゆっくりさせてやろうと思ってさ、好きにさせてるんだよ。だから君もかしこまる必要はないよ。どうだい? お茶が嫌ならココアでも入れようか?」


ココア……。忘れていたけれど、あの時マックスと僕が具合が悪くなったのはココアが原因だったのだろうか?


「いいえ、ココアはちょっと……。あれ以来ココアは飲みたくなくて。僕本当にお水がいいんです。」


僕がそう言うとおじさんは頷いて言った。


「そうだったな、君はココアを疑がっていたな。すまない、気の利かないことを言ってしまったね。」


さっきまで楽しそうに笑っていたおじさんは真面目な顔で僕に誤った。僕はそんなつもりではなかったのに、こんなに優しいおじさんを僕は傷つけてしまった気がしてとても申し訳なかった。


「いえ、僕の思い違いだったと思います。ただ、今はココアという気分ではなかっただけです。あの、折角だから僕やっぱりお茶を飲んでみようかな? ママはいつも緑茶を飲むんですよ。体にいいからって僕にもいつも飲め飲めっていうんです。まだ僕が小さかったころに飲んだことがあって、とても苦くってそれ以来お茶は避けてきたんですけど、何か今お茶を飲みたい気分になってきました。おじさんはどんなお茶を飲むんですか?」


僕がそう言うとおじさんはまた僕に微笑んでくれた。


「俺はお茶が大好きで世界中のありとあらゆるお茶を飲むよ。緑茶も大好きだよ。そうだ、緑茶を飲もうか、待ってな今入れるよ。」


そう言うと手慣れた手つきでお茶をいれてくれた。そしてなにやらお菓子でも入っていそうな箱も一緒に持ってきてくれた。


「さあ、どうぞ。お茶にはおともが必要だからね。君は食欲がないって言っていたけど、これくらいなら食べられるだろ? 実はこれ俺が焼いたんだ。家庭的なことが好きでね、だから用務員の仕事が楽しくてね、性に合うんだよ。」


そう言いながら箱を開けてくれるとバターをたっぷり使ったのだろう、とろけるようないい匂いがしてそこには大きなたくさんのクッキーが綺麗に並べられて入っていた。


「わあ、美味しそう。」


甘いものが大好きな僕は学校にいることも忘れておじさんの焼いたクッキーを頂いた。美味しい! 


「おじさん、すごくおいしいよ。用務員も素敵な仕事だけれど、おじさんパティシエにもなれるね。今度僕に作り方教えてよ。ねえ、いいでしょ? それでね、ママの所へ持っていくんだ。ママも甘いもの大好きだから、こんなにいい匂いを嗅いだらきっと目が覚めるよ。」


僕は自分でママの事を言っておいてなんだけれど、この後ママの事を思い出して涙が出そうになってしまった。僕は慌ててお茶を飲んだ。苦い……。


「やっぱり苦いね。」


すると僕の目から涙が出てきてしまった。


「ママとマックスが2人とも突然入院するなんて。」


僕がそう言うとおじさんは僕の肩を抱きよせてそっと僕に言った。


「つらいな。」


僕が声を立てて泣き出すとおじさんは僕をやさしく抱きしめてくれた。僕はなんだか子供にでも戻ってしまったかのように泣き続けた。おじさんは優しくて暖かい。おじさんの側にいるととても安心する、おじさんがパパだったら良かったのに。僕はパパにこんな風に甘えたことがなかった。ママが思う存分甘えさせてくれるからパパに甘える必要がなかった。ママが側にいてくれない今、こんな風に子供の自分をすなおに見せることができるおじさんに出会えたことを僕は心から感謝していた。しばらくして僕の涙は少しずつひいてきた。僕が涙を拭うとおじさんは僕を抱きしめていた腕を緩めた。


「大丈夫か、クリストファー。 少しは落ち着いたかな? 今はいろいろとあって辛いだろう。こういう時はな、人に甘えるのが1番だよ。俺は家族がいないから、何ていうか愛情を与える対象や守ってやる対象がいないんだよ。だからそれらが必要な人には何時でも与えてあげられたらいいなって思っているんだよ。だから君が誰かに甘えたくなったら何時でも俺の所へおいで。」


おじさんは少し照れくさそうに僕にそう言った。


「うん、毎日来るよ。」


僕も少し照れくさかったけれど素直に言った。そう、僕はこの人には素直になれる。まるでママと一緒にいるみたいだった。

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