1 予感
旦那の転職のために楽しかった都会暮らしと別れを告げ、刺激の一つも無さそうなつまらない町へ引越してきた。この町は異常だ。始めて来た時から私はそう感じた。ここは白い人間が沢山住む町だった。私の肌は黄色だ。白い人達がじろじろと私を見ていた。白い人達が私をちらちらとみながらひそひそと話をしていた。
「国へ帰れ、黄色め。」
白い人達は狂っていた。そして私もこの時を境に少しづつ狂い始めていった。私には9歳の息子がいた。いや、今では彼も大学生だ。つまり当時はまだ9歳だったということである。いつも笑顔が絶えないかわいい男の子で、誰からも愛されて可愛がられ、沢山いる友達の中でも人気者だった。引越し前のお別れパーティーではお友達がみんな泣き出したほどである。私はそんな息子を連れて新しく通うことになる小学校へ挨拶をしにいくことになった。学校? いや、学校という名のロボット製作所だ。製作所ではホーワードという名前の副校長だという白い人が対応した。私には第六感なんてものはないが、ホーワードを見た時になんともいえない嫌なものを感じて気分が悪くなってしまった。
「私どもの小学校はこの町で1番の素晴らしい学校です。子供達の成績は国の平均レベルをはるかに越え、お行儀もとてもすばらしくて有名です。それもこれも私を含んだこの学校の教師達の素晴らしい能力と努力の上に成り立っているのです。」
ホーワードの自慢話は永遠と続き、私はうんざりしていた。出来の悪い人間ほど自慢するものである。私はこの学校に対して不信感に近いものを持ち始めていた。自慢自慢自慢、ある意味白い人が一番だと思っている白い人特有だ。私は黄色いし、友人には黒い人も茶色い人もいるし当然白い人だっている。彼らは素晴らしい能力をもっているが、自慢話など1度も聞いたことがない。自慢する必要がないからだ。自ら自慢などしなくても、彼らをみていれば優秀なのはすぐにわかる。ちなみに私の旦那だって白い人だが自分の自慢話など聞いたことはない。まあ、この人に限っては本当に何にも自慢できるものがなかったのだろうけれど。それにしてもホーワードはバカだな、こんなのが副校長をしているなんてこの学校は良くないのではないだろうか? 別の学校を探したほうが良いのではないか? 私の頭と心はますます不安でいっぱいになった。息子は新しい学校を楽しみにしていたためか、なんの不安もなさそうだ。いや、9歳児にはバカを見分ける能力などまだ備わってはいないのだろうから当然かもしれない。まるで私達は金魚のフンにでもなったかのようにホーワードの後ろに従われて学校の見学をさせられた。なんて殺風景な学校なんだろう。都会の学校には生徒達のカラフルで楽しい作品で壁が埋め尽くされていたのに、この学校の壁にはなにも飾られていない。真っ白だ。ちょうど掃除がおわったのだろうか? 鼻がまがりそうなほどの消毒のにおいがしていた。図書室をのぞいてみると、誰も開いたことが無さそうな綺麗な本がきちんと並んでいた。あまりにもきちんとしているので、少しも落ち着けない。こんな所で本当に読書なんてできるのだろうか? 図工室にはゴミのひとつも落ちていなかった。それどころか作品を作る場所であろう机にキズ1つ、シミ1つとしてついていなかった。本当に使っているのだろうか? もしあやまって机にキズでもつけてしまったらどうなるのだろう? そして最後に案内された多目的ホールには、使ったことのなさそうな体育道具がきちんと並べられていた。ここに通う生徒達はよっぽど綺麗好きなのだろう。私はこの国の人によく ”あなたの国は病的なほど清潔なんでしょ?” と言われるがそれどころではない。この綺麗さは異常だ。その辺の病院よりもよっぽど綺麗だった。そしてホーワードと言えば3歩あるくと自慢をはじめるといった具合で自慢話が途切れることがなかった。私はこのエンドレスな自慢話と気持ちが悪くなるほどきちんとしすぎる教室や設備に吐き気すら感じていた。これから息子が通うことになるこの学校にいればいるほど、設備を見れば見るほど私はなんともいえない嫌な予感に包まれた。そう、ここに居てはいけない、ここにいたら必ず不幸になる。予感というよりは確信に近かった。どうしてこの時に自分の気持ちを信じなかったのだろう。この時に嫌な予感を信じてすぐに息子を別の学校へ入れなかったことを今でも後悔している。いや、あいつらに復讐ははたしたけれども、息子の苦しみは3匹の物体を痛めつけたところで消えることなどないのだ。そして私の憎しみもどんなにどんなにどんなに3匹の物体を虐めぬいても消えることなどありえないのである。どんなにきたない物体を指差してあざけ笑おうと消えることなどないのだ。