16 安堵
「あー、腹が減ったよー。」
これが僕達が部屋に入った時のマックスの第1声だった。腹が減っただって? 毒を盛られたかもしれないのに腹が減っただって? と思ったが、気がつけば僕もお腹がすいていた。それにマックスはどうして倒れたか知らないのかもしれない。それにまだ毒を盛られたとはかぎらないんだ。
「残念だな、24時間何も口にしちゃいけないと医者からの命令だ。」
僕よりひと足はやくこの部屋へ来ていたおじさんは笑いながら言った。
「24時間も? そんなに食べなかったらおれ死んじゃうよ。」
死と言う言葉を聞いた僕はとても気分が悪くなった。真っ青になって倒れた奴が死なんて言葉軽々しく使うなんて、僕はマックスに対してものすごく腹が立ってきた。
「マックス、死なんて言葉簡単に使うなよ。」
僕はマックスに掴みかかるようにして言った。彼は僕が部屋に入って来たのを見ると安心したように言った。
「ごめん、そうだね。病院で使う言葉じゃないよね。」
そう言うマックスは反省したのか少し落ち込んでしまった様に見えた。お見舞いに来たのに元気付けるどころか落ち込ませてしまうなんて……。僕はマックスに申し訳なくなってしまい、明るく振る舞うように努力することにした。
「いや、いいよ気にしないで。それより具合はどう? どこか変じゃない?」
そう僕が聞くとマックスも笑顔に戻り僕に答えてくれた。
「いや、お腹がすいているだけ。それにしてもいったいおれどうしたんだろうな。」
マックスはすこし不思議そうな顔で言った。
「お前さん倒れたんだよ。しかも保健室でな。この子がお前の様子がおかしいって気がついたんだ。それでここへ運ばれたんだよ。」
おじさんは僕とマックスを交互に見ながらそう言った。マックスは頭を掻きながらつぶやくように言った。
「うん、急に気が遠くなる気がしてさ、気がついたら担架で運ばれてて手術室へ連れていかれたって感じ。」
もっと意識がなかったのかと思ったけど、マックスは僕が思っていたより結構覚えていたんだ。それに元気みたいだし、僕は安心したと同時にマックスが倒れた理由を見つけたいと思った。
「じゃあさ、気が遠くなる前って何をしてたか覚えている?」
僕はマックスが倒れたのと僕が具合が悪くなったのは何かしらの共通の原因があると思っていた。僕には心当たりがないのだけれど、もしかしたらマックスは僕の気づかなかったことに気がついているかもしれない。
「ああ、保健室でお前とエドワード先生と話してたんじゃないか。」
マックスはくだらねえと言った感じでそう言った。
「その時なにか変な匂いとかしなかった?」
そうおじさんがマックスと僕に聞いた。おじさんも気になっているらしい。
「変な匂いどころがココアのいい匂いがしてたよ。おれお手製のココアのね。」
ココア? そうだココアを飲んでいたんだ。まさかココアに何か入っていたのか? それじゃあエドワード先生も倒れたのか?
「あのね、マックス……。」
僕はココアが怪しいと思ってマックスに聞いてみようと思ったが、その時におじさんが僕の会話を遮ってきた。
「そろそろおじゃましないとな、マックスには休養が必要だろ。クリストファー、君も学校に戻らないといけないだろ。さあ、帰ろう。」
こう言うとおじさんは僕の背中を押した。そうか、そうだ。マックスは元気に見えて病み上がりだ。今変な心配なんかさせる必要なんかない。
「そうだね。じゃあマックス、明日また来るよ。詳しいことはまた明日話すけど、僕のママ今ね、この病院に入院しているんだ。ママのお見舞いのついでにここにもよってあげるよ。」
そう言う僕の顔はきっと意地悪そうにニヤリとしていたんだろう。マックスは僕に言い返してきた。
「はいはい、君の愛しい大好きなママのついでにね。ついでで結構ですけど、でもさ、明日何か美味しい物持ってきてよ。病院食ってなんか不味そうなイメージない?」
又、食べ物か……。でも元気な証拠だ。僕がため息をつくとおじさんが笑いながらマックスへ言った。
「ここの食事はまあまあだよ。俺も以前ここに入院したことがあってね。まあ、俺は怪我で入院したからマックスとは違う病棟だったけどな。病棟が違えば食事の内容も違ってくるだろうけど、でも作っている人達は同じだからな。だから別にクリストファーが食べ物を持ってくる必要はないよ、どっちにしろこの病棟は食べ物の持ち込みは禁止だと思うよ。それよりも宿題でも持ってきてもらったらどうなんだい?」
おじさんの最後の1言で僕は笑ってしまった。このおじさんはとても優しいしとても楽しい。こんないい人もあの学校にいるんだ。アームストロングやホーワードのようなクズばかりではないんだ。僕は心なしか元気が出てきた。そんな僕とは対照的にマックスは沈んだ声で僕に言った。
「いいよ……。学校の事はせめてここにいる間は考えたくもないよ。宿題なんて持ってくるなよな。 」
今度はマックスがため息だ。するとおじさんがまたも笑いながら言った。
「もっともだね、ゆっくりするのがいい。じゃあ帰ろうか。」
僕とおじさんはマックスの病室を出て、そして1階にある受付でデイジーさんとお別れをした。僕とおじさんが2人きりになるとおじさんが僕に言った。
「あの時は空気を読んでくれて助かったよ。ココアの話はしないほうがいい。今マックスによけいな心配をかけさせることはないからね。」
僕の思ったとおりやっぱりおじさんは僕の会話を止めたんだ。
「そうなんだよ、ねえ、ココア怪しいと思わない? あのココアを飲んだ後に気分が悪くなったような気がするんだ。そういえばエドワード先生も飲んでいたんだけれど先生は大丈夫なの?」
こう言う僕におじさんは少し考えながら答えてくれた。
「ああ、俺が知るかぎりでは顔色ひとつ悪くなかったようにみえたよ。大人だからな、同じ量を飲んでもたいしたことなかったんじゃないかな。」
同じ量? いや、エドワード先生は1口も飲んでいなかった。偶然? それともまさかこれはエドワード先生がしかけたこと? エドワード先生がマックスと僕に毒を盛った? 僕はまた気持ちが悪くなった。間もなくするとおじさんと僕は駐車場へ着き、車に乗り込んだ。
「今日はいろいろあってもう教室へ戻る気分じゃないだろ? 俺の方からアームストロングに話してあげるからよかったら用務員室で残りの時間を過ごすか? 実は俺の所生徒がよく来るんだよ。ほら、今ひとつ学校や授業が好きではない生徒達の自習の場って言えばいいかな?」
そう言うとおじさんは車をスタートさせた。僕はこのおじさんともっと仲良くなりたかったし、アームストロングの待つ教室にも行きたくなかった。
「お願いします。パパが迎えに来るまでお邪魔させてください。」
僕がこう言うとおじさんは運転しながら頷き言ってくれた。
「もちろんだよ。」




