15 医師
「さあ、そこの角を曲がれば病院だ。」
車を運転しながらおじさんが僕に言った。あれ? ここは!? この病院はママが入院している病院じゃないか。そうだ、この病院は急患が運ばれて来る所だったっけ。僕がそんなことを考えているとおじさんは手慣れたように駐車場に車を止めた。
「さあ、急患へ行ってみよう。君の友達はとっくに運ばれているはずだから。」
おじさんは僕の腕を取り、地図も見ないで早足で歩いて行った。
「おじさんこの病院くわしいの? 急患がどこか知っているの?」
僕がそう聞くとおじさんは振り向いて微笑みながら言った。
「ああ、医者の友人がいるってさっき言っただろ。この病院の医者なんだよ。」
そう言うとよりいっそう早足で歩いて行った。そんなおじさんに僕は付いていくのがやっとだった。急患のある建物に入ると、おじさんは迷うことなく急患の受付の前に来て小窓をノックした。
「やあ、デイジー、急患でこの子くらいの男の子が運ばれてこなかったかい? 」
おじさんは受付で書類を作成していた看護師さんに尋ねた。
「まあ、ルイさん。ええ、つい先ほど運ばれて来たわ。えっとマックス君ね。第2手術室に運ばれているわ。ここに着いた時には意識があったからそれほど心配はいらないと思うわ。」
ああ良かった、マックスは無事なんだ。看護師さんの言葉を聞いて僕はなぜか泣き出してしまった。
「あら、どうしたの? お友達が無事で安心したのね?」
看護師さんは心配そうに僕を覗き込んで聞いてきた。
「あのね、ママも昨日ここに運ばれたんだ。それだけでもとても辛いのに今度はマックスが……。」
僕がそう言うとおじさんは優しくこう言ってくれた。
「俺はあの子の様子をみてくるけど、君はママさんの所へ行くかい? デイジー、この子に付いて行ってあげる時間はあるかい?」
看護婦のデイジーさんは書類を片付けながら頷いた。
「ええ、誰かにここへ来てもらうわ。誰かしらこの受付にいないとね。この子のことは私にまかせてルイさんはマックス君の所へいってあげて。」
デイジーさんがそう言うとおじさんは頼んだよと言い残して受付を後にした。
「あなた、名前は? そうクリス君ね。とてもいい名前ね。じゃあクリス君、私達はあなたのお母さんの所へ行きましょう。」
こう言うとデイジーさんはテキパキと同僚へ連絡し、そしてママの病室の事を調べてくれた。
「お母さんの病室は5階の503室で担当はバーリー先生ね。さあクリス君行きましょう。」
こうして僕はママの部屋へ再び様子を見に行くことになった。ママの病室のドアを開けると眠っているママが目に入った。
「ママ? まだ眠っているの?」
僕は目を閉じているママに向って話しかけた。もちろん返事は帰ってこない。デイジーさんはママの側に行きママの脈を計り始めた。
「脈もしっかりしているし、とても落ち着いているわ。顔色もいいわね。」
ママの様子をチェックしながらデイジーさんは僕にそう言った。
「どうしてママは目を覚まさないの?」
どこも悪くないのならどうして眠ったまんまなのだろう。デイジーさんがいくらポジティブな事を僕に言ってくれても僕には不安しかなかった。
「たまにね、こういうことがあるのよ。人間ですもの。ロボットならどこが故障していてどうすれば治るってのは簡単にわかるけどね。 私達人間は複雑なのよ。」
そう言うとデイジーさんは優しく僕に微笑んだ。
「さあ、お母さんのことは先生方にお任せしましょう。先生方や担当看護師達が頻繁にあなたのお母さんの様子をチェックしているわ。目が覚めたらすぐに君に連絡するわ。あなたのお友達の様子を見にいきましょうか?」
僕はマックスのことも気がかりだったのでデイジーさんの言う通りにした。ママの病室を出てデイジーさんと2人で歩いていると白衣を来て眼鏡をかけた医者が反対側から歩いてきた。
「やあ、デイジー、元気にしているかい?」
その医者がデイジーさんに話しかけた。
「ええ、モーリ先生。ああ、この子はクリス君よ。503号室の患者さんの息子さん。」
そう僕を紹介してくれた。
「こんにちは、先生。ママの様子はどうですか?」
僕はママの様子を聞いみた。
「503号室の患者さんか。僕の担当ではないから詳しくはわからないな。たしかバーリー先生の担当だったかな。どれ、このあと覗いてみるよ。そして詳しいことをデイジーに伝えておくよ。デイジー、そのあとクリス君に連絡してお母さんの様子を伝えてあげてくれるかい?」
そう言うと先生は僕をじっと見つめた。
「君の黒髪と黒い瞳はとても美しいね。」
先生が優しくそう言うと僕はなんだか恥ずかしくて黙ってうつむいてしまった。
「あら、モーリ先生ったら。じゃあクリス君のお母さんをくれぐれもお願いしますね。」
うつむく僕のかわりにデイジーさんがそう答えてくれた。
「ああ、大丈夫だよ。クリス君、君のお母さんの事は何にも心配しなくていい。なんにもね。」
そう言い残して先生は僕達と反対の方へ歩いて行ってしまった。なんとなくデイジーさんは嬉しそうだった。そして少し興奮したように僕へ言った。
「あの先生はね、とても優秀なのよ。医者の腕だけではなくてなんて言ったらいいのかしら、患者さん達の心の支えっていうのかしらね、あの先生にならなんでも相談できるって言う患者さんも多いのよ。 モーリ先生さえ付いていて下さればあなたのお母さんの事だって何にも心配いらないわ。」
デイジーさんはそう言ってくれるけど、でもママの場合は……。
「でも相談したくてもママは寝ていて目を覚まさないんだよ。」
僕が悲しそうにそう言うとデイジーさんは僕にウィンクしてこう言った。
「ええ、さっきも言ったけどママは人間でしょ。人間って不思議なのよ。本気になれば心でもお話できるの。あの先生ならそれが可能なのよ。」
僕にはさっぱりわからなかったけど、デイジーさんはモーリ先生をとても信頼しているのだろう。ならば僕も信頼しようと思った。だってデイジーさんはあの優しいおじさんの知り合いだし、デイジーさんもママの様子をとても丁寧に親切に見てくれた人だ。僕はママの側に優しい先生や看護師さん達が付いていてくれることが嬉しかったし心強かった。ママの事はとても心配だったけれども少なくともここにいればママは大丈夫だと思うことができた。今度はマックスだ。僕は彼の事も勿論とても心配だった。あの学校で僕にできた始めての友達だ。保健室での真っ青で冷たくなっていたマックスのことを思い出すととても辛かった。早く彼の元気な顔が見たい。僕とデイジーさんがマックスのいるはずの第2手術室へ行くとすでに手術は終わっていたらしくそこには誰もいなかった。デイジーさんが側にいた別の看護師さんへ第2手術室の事を聞くと手術は無事に終わりマックスは307号室へ運ばれたことがわかったので僕達はマックスのいる部屋へと向った。




