8 相棒
「君が新しくこの学校へ入学したクリスかしら?」
僕が振り向くとそこには眼鏡をかけた背の高い女性教師が立っていた。
「私はフィン、ここの校長よ。ようこそ我がディーロッジ小学校へ。前の学校からあなたのこといろいろと聞いているわよ。とても優秀なんですって? 期待しているわよ。」
校長先生はそう言うと僕へ微笑んでくれた。とても優しそうな校長先生だ。僕はこの校長先生が一度で好きになってしまった。
「それから、新しい環境になれるのってとても大変よね。なにか相談ごとがあったらいつでも校長室へいらっしゃいね。それじゃあ、がんばって。」
そう言うと校長先生は別の生徒の所へ行き話しかけ始めた。アームストロングとは大違いで上品で優しくて知性的な校長先生みたいだな、そんなことを考えてぼおっとしていると僕の隣の席の奴がやって来て僕をからかった。
「おいお前、校長が好きなんだろー。こいつは校長が好きだ。」
なんだこいつ、なんてガキくさいことを……ってか、俺達まだ9歳だしガキか……。そう思いながら僕は言い返した。
「なんだよ、校長先生は僕が新しい生徒だから気を使ってくれたんだよ。お前こそ校長先生が好きなんだろー。校長先生がちょっと僕に優しくしてくれたから僕に嫉妬してるんだろう。」
そういうと隣の席の奴はムキになって興奮しながら僕にこう言った。
「なんだよ、お前新入りのくせに生意気だぞー。校長に優秀とか言われていい気になってんじゃないの?」
怒らせたかな? そう思ったけどよくよくこいつの顔をみたら目が三日月みたいになっていた。そして僕の首にふざけて腕を絡めてきた。なんだよ、人なつっこい奴だな。僕はこのお隣さんと仲良くやっていけるような気がしてなんだかとても嬉しかった。
「なにじゃれ合っているの? やめなさいよ、アームストロングに怒られるわよ。」
そう言いながら僕達の間に入ってきたのは同じクラスの女の子だった。顔は覚えているけど名前までは覚えていない。
「おえーっ、アームストロング、イージーその名前出すなよ、しらけるじゃん。」
そう言うと隣の奴は僕の首をしめていた手を緩めた。そうか、この子の名前はイージーだったっけ。
「マックス、そんなに大きな声をだすとアームストロングに聞こえるわよ。気をつけてよ。」
眉を潜めながらあわててマックス、そう隣の席の奴はマックスって名前だったな、を止めるイージーに僕は尋ねた。
「アームストロングって怖いの?」
「怖い? 怖いというかね、アームストロングってすごく陰湿なのよ。とくに美形な子と優秀な子が大嫌いなのよ。自分が恐ろしいほどの不細工でバカだから無理もないけどね。だから目をつけられたら最後、自殺に追いこまれるわよ。」
自殺? 何言ってんだこいつ? ちっとも面白くもなんともない冗談だな、ふざけるにも限度ってものが……と僕は思ってイージーの方を見た。でもそう言う彼女の目は少しもふざけてなんかいなかった。僕はマックスの顔へ視線を移した。マックスからも笑顔が消えていた。自殺なんて言葉を学校で聞くとは思わなかった。そして僕はなぜか今朝のママの変な様子を思い出していた。ママが変だったのとイージー達の話はなにか関係があるのではないか? ママは僕を家に置いておきたかった。僕は始めてこの学校に来てアームストロングに会った時のことを思い出していた。アームストロングがこの国意外の人間を好きではないことは子供の僕にでさえもよくわかった。僕はこの国の人間ではない。アジアとヨーロッパのミックスだ。もしかして僕はアームストロングに目をつけられているのではないだろうか?
「ねえ、その話、もう少し詳しくしてくれない? 今日の朝ね、僕のママなんだかおかしかったんだよ。泣きながら僕が学校に行くのを嫌がってね。ママは大げさなほど心配性だから僕はあんまり気にしなかったんだけど、なんか2人の話を聞いていたら心配になってきちゃったよ。」
僕は今朝のママの様子をマックスとイージーに伝えた。
「あなたのママのことはよくわからないけれど、でもあなたはきっとアームストロングの嫌いなタイプだと思うわ。とてもかわいいもの。」
イージーはちょっと悪戯っぽく僕にそう言った。女の子にかわいいなんて言われたのは始めてだったから、僕はものすごく恥ずかしくなってしまってうつむいてしまった。きっと顔が真っ赤になっていたと思う。かわいいって、もしかしてイージーは僕に気があるのかな? せっかくちょっとした幸せを感じていたのにマックスにぶち壊されてしまった。
「おまけに優秀なんだってよ、こいつ。ついでに言うとアームストロングは外国人が嫌いだったな。どうするよ、お前。なあ、お前が美形ってことはおまえのママも美人なんじゃないの? だとしたらアームストロングがお前のママとお前を嫌うのも当然だよな。」
マックスの言う通りだ。僕の顔はともかくママは美人だ。もしかしたらママは何かアームストロングに嫌がらせでもされたのだろうか? それで僕のことも心配になったのかもしれない。
「まったく、あの不細工のデブス教師、クリス気にするなよ。でも今日家に帰ったらママときちんと話をしたほうがいいよ。僕もママとパパに学校が変だって言ってみるからさ。」
マックスは何だかんだ言ってもさり気なく優しいんだな。僕はマックスとイージーにむかって頷いた。授業開始のチャイムが鳴った。突然だったので僕達3人共びっくりして飛び上がってしまった。
「早く教室にもどらなくちゃ、アームストロングに怒鳴られるわ。」
イージーはとてもアームストロングを怖がっているかのように僕には思えた。僕だって怒鳴られるのは嫌だし、話の続きは後にして教室へ戻った方がいい。
「続きは給食の時間にでもしようよ。とにかく教室へ戻ろう。」
僕がそう言うとマックスとイージーはそっと頷いた。僕達はどことなく重い足取りで教室へ向かった。
給食の時間になり、クラス全員で列を作って食堂へ歩いて行った。しかし席はどうやら自由に決めていいらしい。マックスとイージーと僕はあまり人のいないテーブルで食事をとりながら話を続けることにした。
「去年ね、アームストロングの生徒の1人がアームストロングの机の上で首をつったのよ。あっ、でもこのことは秘密よ。ほとんどの生徒が知らないし、そもそもなかったことになっているしね。校長と副校長がいろいろなところに顔が聞くみたいでね、もみ消されたのよ。でも私のお友達のリサの所にその自殺した子からお手紙があってね、えっと、遺書っていうんだっけ? そこにいろいろと書いてあったらしいのよ。それで心配になったリサがママに手紙を見せたらリサのママが警察に連絡してね、その子が首をつっているのが見つかったらしいの。警察の人がリサにお話ししてくれたそうよ。でもね、そのことが公になることはなかったわ。警察でももみけしたのよ。その亡くなった子は急に転校したことになったわ。リサが言っていたけどその子のパパとママも急にいなくなってしまったんですって。気持ち悪いでしょ。」
そう言うとイージーの目には涙がたまっていた。
「君とその亡くなった子は仲が良かったの?」
僕はイージーの肩を優しくたたきながら聞いた。するとイージーはちょっとばかり答えるのに戸惑ったみたいだったけれど、それでも僕達に言った。
「特別に仲良しってわけではなかったの。でも私とリサは席が近かったこともあってね、よく一緒にお昼を食べたりしたのよ。リサとその子が近所に住んでいたらしくて、リサを通じて少しお話したりしたことはあったわ。そして事件がおきてしまって……。でもリサを見ていればあの子が嘘をついていないのは十分にわかるわ。リサはその出来事があってからここに転入したばっかりだったのに学校へ来なくなってしまったの。担任がアームストロングの今となってはもう2度と来ないと思うわ。」
可哀相に、イージーの目からはついに涙が溢れ出してしまった。
その時この3人の会話を盗聴しているものがいた。その人物はニヤリと笑いながら1人言を言い出した。
「リサ、やっぱりあのガキは知っていたんだな。処分しなくてはいけないな。それと警察……、いったいどの警察官があの時あのガキの死体を発見したんだ? 警察に圧力をかけるのは少し難しいんだ、やりすぎるとヤバいしな。まあいい。まずはガキから始末しよう。それからクリスの母親だ。あいつを始末しておかないといろいろと厄介になる気がする。今度はどんなお遊びにするかな?」
3人の会話を盗聴していた奴は大きく声を立てて笑っていた。僕達の会話が何者かに盗聴されているとはこの時は誰も少しも気がつかなかった。誰が学校中に盗聴器がしかけられているなんて考えるだろうか?




