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怠惰な淫獣と変態契約者  作者: るなふぃあ
第二章 再来
8/21

 緊急事態であるため、ルナに空を飛んでもらい、風紀部隊が管轄している女子寮まで運んでもらう。

 本当ならここは男性進入禁止だが、

「悪い、緊急事態だ。第三課副隊長の部屋まで案内してくれ!」

 と言って、受付嬢に案内させる。

 赤い絨毯を敷いた長いローカ。高級そうな壺。一度目にしたら時間を忘れてしまいそうなほど魅力のある絵画。少し場違いだが、壁に立てかけられた剣や槍、鉄製の防具類など。

 こうして女子寮に入ることは初めてだけど、残念ながら今は内装をゆっくり楽しんでいる余裕はない。

 それらを横目で見ながら受付嬢の後をついて行く。

「こちらです」

「ありがと」

 部屋まで案内してもらった後、俺は即座に、コンコンコンコン。

 急いでドアを四回ノックし、

「副隊長、俺だ! 入ってもいいか?」

「…………」

「おい、副隊長! 緊急事態なんだ!」

 おかしい、返事がない。

 まさか部屋に戻ってきてないのか!?

「なぁ、副隊長は帰ってきてないのか?」

「いえ、先ほどこちらに戻られてからは外出していないはずですが……失礼しますね」

 受付嬢がドアノブを捻る。

 が、開かない。鍵がかかっている。

「もしかして寝ているのか?」

「その可能性はありますが……よろしければ合鍵を持ってきましょうか?」

「え、いいのか!? でも不法侵入になるんじゃ」

「もちろん部屋に入るのは私だけです。とりあえず悠奈さんがいるか確認できればいいのですよね?」

「ああ」

「それでは少々お待ちください」

「ありがと。悪いけど急ぎで頼む」

「かしこまりました」

 と、受付嬢に合鍵を取りに行かせようとしたところで。

 カッ。

 突然、強烈な閃光がドアの隙間から漏れ出た。

 びっくりした受付嬢が立ち止まると、カチャリと鍵を開ける音がして、

「その必要はないわ」

 今朝とは様子の違う副隊長が部屋から出てきやがった。

「なんだよ、居るんだったらさっさと出てこいよな!」

「うるさいわね、悠奈にも準備ってもんがあるのよ。それで、何の用よ?」

「武装不可事件が起きた」

「……そう、場所は?」

「一度目と同じところ」

「わかった。行くわよ」

 至って冷静な副隊長。武装不可事件が再び起こったというのに全然驚いていない。

 今朝の調子なら平常心ではいられないと思っていたけど……さすがだな、一日といわずものの数時間で元に戻りやがった。

 女子寮を出て駆け足で現場へ向かう。

「詳しい内容は聞いているの?」

「武装不可の状況に陥った人数は三名。うち二名が死亡、一名が意識不明の重体だそうだ」

「隊長には連絡済?」

「おう。隊長は今上層部へ連絡中だ。あと、医務班にはすでに他の奴が連絡しに行った」

「それなら大丈夫ね、急ぐわよ」

 なんだろう、逆にこの冷静さが怖いくらいだ。

 まるでこうなることを予測していたかのようで――。

「それよりもあんた、早く武装しなさいよね。遅い、置いてくわよ!」

「悪い、ルナ!」

「はいっ」

 俺はルナと手を繋ぎ、即座に武装する。

 すると、副隊長の走る速度が一気に上昇した。



 目的地に到着した俺たちは戦闘痕がより激しくなった現場を見て息を呑んだ。

 周囲に存在していた大木は全てが薙ぎ倒され、地面には複数のクレーター。炎を操る能力を持った契約者がいたのか、地面には焦げ目が付いている。

 すでに負傷者は運ばれたらしく、現場に残っていたのは俺たちよりも先に到着した隊長と、

「だからあの時言っただろう!」

 ミレナース教!? どうしてこの人がこんな場所に!?

 そう。なんと驚くことにミレナース教が隊長と口論していたのだ。

 彼の隣には護衛が二人。

 一人が剣を二本、もう一人が銃と……ん? あの手袋どこかで――。

 と、見覚えのある黒の皮手袋が何だったのか思い出そうとしていると、

「ですから、まだ武装不可の状況を作り出した犯人が確定できないため」

「言い訳はやめい! 実際に二度目が起きてしまったことは事実だろうが! それなのになぜ迷人のみでチームを編成しようとする!?」

 しまった、話に加わるタイミングを失ってしまったじゃないか。

 様子を見る限り、隊長が苦戦しているようだけど、ここは少しだけ見守るべきか。

 と、俺が黙ったまま様子を窺っていると、何を思ったのか副隊長がズカズカと二人へ近づいて行き、

「ちょっとあんた、仕事の邪魔だからどっか行きなさい!」

 えええ!? それはあんまりだろ!?

 なんと二人の間に割って入り、ミレナース教にそんな命令をしやがった。

 不意の闖入者にミレナース教がムッとなる。

「なんだね君は」

「第三課副隊長、悠奈=リリエットよ。さっきチーム編成がどうのこうのって聞こえたけど、部外者は風紀部隊の編成に口を出さないで」

「部外者だと!?」

「当然でしょ。何言ってんのよあんたは。バカなの?」

「…………」

 無言のままこめかみに青筋を浮かべたミレナース教。

 すごいな、俺だったら絶対に怒って口喧嘩へ発展しているぞ。

 冷静な神父が隊長の方を向いた。

「部下の指導がなってないのではないのか?」

「……すみません。口が悪いもので」

「はぁ!? なんで隊長が謝るわけ!? 悠奈は正論を言っただけでしょ!」

 と、グチグチと文句を言い始めてしまった口悪女。

 なんか面倒くさいことになってきた。

 ここは第三者である俺が介入して、この場をなんとか収めるように仕向ける方がいいのかもしれないけど――。

「だから、部外者は口を出すなって言ってるでしょ!」

 さぁて、現場に何か情報が落ちてないか調べようかな。

 絶対にうるさいの一言で一蹴されるため、俺はおとなしく情報収集へ。

 もし武装不可の状況を作り出した犯人が亡霊以外だったら何か細工が施されているかもしれない。

 そう思いながら俺は隊長たちから少し遠ざかり、周辺に怪しいものや跡が残っていないか注意深く捜していると、

『今回は運が良かったかもしれないですね』

 先ほどまで俺と同じく静かにしていたルナが話しかけてきた。

 今は武装中であるため表情はわからないが、ちょっぴり安堵しているご様子。

 確かにそうだな。もしあのまま調査任務を続けていたら犠牲になっていたのは俺たちだったかもしれない。

 武装不可。

 俺はまだこの状況に陥ったことがないため、どれほど恐ろしい事態なのかはわからない。

 しかし、またも武装チームが崩壊したことは事実である。

 しかも二名が死亡、一名が意識不明の重体。亡霊がそのような能力を扱えることが確定したわけではないが、対峙した亡霊が相当強かったことは確実だろう。なにせあの事件以降、全く対策をしていないわけではないのだから――。

 俺はホルスターに収めている銃に手を伸ばした。

 そう。俺たち迷人はいつ何時武装不可の状況に陥ってもいいように帯銃することを義務付けられている。

 当然、訓練済みだ。亡霊の弱点である結晶はほんの小さなものであるため、非常に狙いにくいが……それを一発で撃ちぬくほどの技量は皆習得済み。

 なのに今回の三名は最悪といえるような結果を残している。

 訓練不足、ではないと思うけど……うーん、どうすれば俺たち迷人は武装なしで亡霊に打ち勝つことができるんだ?

 と、一人で考えながら地面を注意深く見ていると。

 ボコォッ。

 突然、足元が陥没した。

「――ッ!?」

『トノサマ!』

 ルナの悲鳴が脳内に響き渡る。

 刹那、俺は跳び退るが、

「くっ……」

 しまった、捕まってしまった。

 地面から這い出てきたのは、一本の巨大な腕。

 初めてこんな光景を見れば新種の怪物が出現したと思うだろう。

 しかし、コイツはこの森に生息する植物でもなければ、新種の怪物でもなんでもない。

「ボォオオオオオ」

 そう。亡霊なのだ。

 俺を握り締めたまま徐々に地面から這い出てくる一体の巨体。

 こうして亡霊が地面から出現することは別に珍しいことではない。

 むしろこれが普通なのだ。

 なぜなら亡霊には活動時間というものが存在し、活動し始める時にはこうして地面から這い出てくるからだ。そして活動時間が終了すると、ふっと消えていなくなる。

 まさに名前が体をなしているとはこのことだ。

「真志君、大丈夫か!?」

 いち早く俺のピンチに気づいた隊長がこちらへ駆けつけてくれた。

 すでに武装しているらしく、隊長の右手薬指には紫色に輝く指輪が嵌められている。

 ……ふぅ、助かった。

 俺は安堵のため息を吐いた。

 今回は運がいい。副隊長以外にも隊長という心強い味方がいる。

「今助けるから!」

 隊長が拳を握りしめ、亡霊に向かっていく。

 武器は一つも持っていない。普通に考えれば無謀だと思えるかもしれないが……シアの能力は《絶身体強化》。通常の武装時よりも身体能力が遥かに上昇する、いわば近接特化の能力だ。

 間近で始まった凄まじい攻防。

 身動きが取れないため、俺は見ていることしかできないけど……おそらく亡霊が倒されるのは時間の問題だろう。

 なぜなら――。

「その程度か?」

 見るからに戦闘力の差が圧倒的なのだ。

 初手は隊長。右ストレートで亡霊の腕をカチ上げ、懐に潜り込んで強烈なアッパーを繰り出した。

 それに対して亡霊は腕を振り上げたが……隊長はその隙を逃さず、回し蹴りで足場を崩す。続けて地面に着けていた手を利用して飛躍。空中で三回転してからのかかと落とし。

 地面に顔を強打する亡霊。

 ついでに俺も顔面を強打。

「すまない真志君。どうも力の加減ができなくて」

「い、いや、いいですよ。好機を見つけ出して抜け出しますから」

 その後も一方的な暴力が振るわれる。

 こうして隊長の戦闘シーンを間近で見るのは今回が初めてだけど……さすが第三課の隊長を務めているだけはある。これなら亡霊相手に無双しているという話にも納得できる。

「ボァアア!」

 防戦一方だった亡霊が漸く隊長の隙を見つけ出したらしく、咆哮を上げながら渾身の一撃を繰り出した。

 さすがにこれはマズイ。

 そう思って俺は避けるように声を出しかけたが――。

「軽い」

 なんと隊長は避けるわけでも受け流すわけでもなく、真正面から受け止めやがった。

 俺でも受け流すことしかできない攻撃をいとも簡単に!?

 これにはルナも驚いたらしく、

『さすが、シアの能力は絶大ですね』

 素直に称賛の声を漏らす。

 自身の戦法が上手くいかないことに苛立ちを覚えたのか、亡霊が低い咆哮を上げ、体勢を低くした。

 そして行われた攻撃は、突進。

 そう。頑丈な角を活かした亡霊の十八番だ。

 これも容易に避けてしまうんだろうなぁ。

 なんて思っていた、その瞬間だった。

 パァァァァンッ。

 不意に脳を揺らすような甲高い音が響き渡ったのだ。

「――ッ!? なんだ!?」

 予想外の攻撃に顔をしかめる。

 こんな音聞いたことがない。一体どこから――。

 と、音がした方向を向こうとした直後。

「え?」

 血飛沫が舞った。

 一瞬、頭が真っ白になった。

 俺の目に映っていたのは、血の色に染まった亡霊の角と――。

 それに貫かれた隊長。

 ……なんで? どうして!?

 今まで優勢だった隊長が、なぜこんな単純な一撃を!?

 ヌチョ。

 空いた手で隊長を抜き取った亡霊が、彼を高々に上げた。

 足元から滴り落ちるのは夥しい量の血。

 それを満足げに眺めた亡霊は大木に向けて隊長を投げ捨てやがった。

「……っ」

 早く治療をしないと隊長が死んじまう!

 そう思うが……生憎俺は拘束中。拳を強く握りしめることしかできない。

 それならばと思い、隊長と同じく戦闘態勢を取っていたはずの副隊長の方を見ると、

「どうしたんだよ!?」

 副隊長はびくびくと身体を震わせながら地面に座り込んでいた。

 なに、やってんだよ。

 応急手当てしないといけないのに、何で座り込んでんだよ!?

「副隊長! しっかりしろ!」

「…………」

「おい副隊長!」

 ダメだ、完全に我を忘れている。

 へたり込んだまま動こうとしない副隊長。

 何かぼそぼそと呟いているが……ここからでは全く聞こえない。

 亡霊が俺を握り締めたまま、ゆっくりと副隊長へ近づいて行く。

 このままではマズイ。何か、何か俺にできることは――。

 と、必死に思考を巡らせていたところで。

 パンパンッ。

 突然、乾いた銃声が響き渡り、一瞬だけ、ほんの数秒だけだが……亡霊が俺を握り締める力を弱めたのだ!

「今のうちに早く!」

 ミレナース教だ。すかさず逃げたんじゃないのかと思っていたけどやるじゃないか!

 彼が作ってくれた好機を活かし、俺は身をよじって亡霊の拘束から逃れる。

「大丈夫か!?」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「礼はいい、それよりも早くこの場から脱出しないと。私は重傷者を手当てするから、君はあの子を頼む」

「はい!」

 と、俺が即座に《漆黒の大鎌》を利き手に召喚し、副隊長の元へ向かおうとしたところで。

 パァァァンッ。

 再び脳を揺らすような甲高い音が響き渡った。

「くそう、なんだよ!?」

 鬱陶しい、一体この音はどこから鳴っているんだ!?

 音の根源を探したい思いながらも……最優先は副隊長。

《漆黒の大鎌》を亡霊の頭上へ放り投げ、足止めをする。

 そして、奴が怯んでいる隙に副隊長の元へ駆けつけ、

「副隊長、逃げるぞ!」

「…………」

「おい副隊長! いい加減目を覚ましやがれ!」

 パァンッ。

「――ッ!?」

 頬を引っ叩くと、副隊長はびくりと肩を震わせた。

 そして俺の方を向き、

「え?」

 なぜか唖然としやがった。

「どうしたんだよ!? ほら、さっさと逃げるぞ!」

「……ねえ、なんで武装できるの?」

「は?」

 いきなり何を言い出すんだコイツは。武装できるのは当然だろ。

 副隊長が俺の服の袖を強く引っ張った。

「ねえどうしてよ!? 答えて!」

「あぁもう、なんなんだよ!? 今はそんな場合じゃねえだろ! 立てないんだったら担ぐぞ!?」

「あ、ちょっと!?」

 副隊長の気持ちを無視して俺は無理やり彼女をお姫様抱っこする。

 残念ながら亡霊と闘っている余裕はない。本当なら隊長がやられた分の仕返しをしているところだけど、俺一人ならまだしもこの場には守らなければならない存在が多すぎる。

 そうして離脱を余儀なくされた俺は戦闘不能になった副隊長を抱っこしたまま、隊長を担いだミレナース教たちと共に街へ戻るのであった。


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