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怠惰な淫獣と変態契約者  作者: るなふぃあ
第二章 再来
6/21

 風紀部隊が管轄している男子寮にて。

 夜も更け、ギーギーという奇妙な鳥の鳴き声を聞きながら、俺はとてつもない疲労のせいで布団の上に寝転がっていた。

 ……ったく、ほんと最悪だよ。

 結局、あれだけ頑張ったのに成果は得られなかった。

 副隊長曰く、武装不可の状況に陥った場合、突然指輪の輝きが失われるとのことだったが……そうなることは一切なかった。

 相手にした亡霊の数は計五体。

 もしかしたら、亡霊の中でもできる奴とできない奴がいるのかもしれない。

 すでに殲滅してしまったあの一体だけがその能力を有していたのか、はたまた副隊長の勘通り、そもそも亡霊がそのような能力など持っていないのか――。

「わかんねぇ」

 俺は大きくため息を吐いた。

 こんな調査がこれから続くのかと思うと引きこもりたくなる。どうして糞面倒くさい上に危険な任務を命じられてしまったのだろうか――。

 任務内容は、亡霊が武装不可の状況を作り出した犯人であるかの調査。

 そう。亡霊が、である。

 すなわち、他の種族が犯人であるという情報を得られない限り……いや、その能力を持っている奴が見つからない限り、この任務は永遠に続くだろう。

 亡霊なんて数えきれないほど存在するんだ。コイツらが新たな能力に目覚めたかどうかなんて亡霊がその力を使ってこない限り証明の仕様がない。

「せめてこの尋常じゃない疲れを癒す何かがあればなぁ」

「呼びましたか?」

 癒しという言葉に反応したのか、布団の上でゴロゴロしていたルナが近寄ってきた。

「呼んでねえよ、あっちいけ」

「もう、そんな寂しいこと言わないでくださいよ。ほら、見てくださいこの恰好」

 とかなんとか言ってきたので、ふいっと横を向いて彼女の方を見ると。

 おぉ、猫天使だ。俺の隣に猫天使がいる!

 いつの間に入手したのか、ルナが白猫の着ぐるみパジャマを着用していた。

「にゃぁ」

「あぁ、癒される……じゃなくて! お前その着ぐるみパジャマ一体どこから持ってきたんだよ!?」

「貰いましたっ」

「誰に?」

「そこにいる隊長に」

「そこにいる……って隊長!? いつの間に!」

「やぁ」

 ルナがドア付近に置いている椅子を指さしたのでそちらを見ると、第三課隊長の田高野信哉が手を上げた。

「五分前くらいかな。ドアをノックしたらルナ君が出てきてね……っと、それよりも真志君、大丈夫かい? ずいぶん疲れているように見えるけど」

「大丈夫です」

 俺は即座に正座をした。

「そんな畏まらなくていいよ。今日は友人としてちょっと話をしに来ただけだから」

「友人として……あぁ、それよりもこちらへどうぞ」

「すまないね」

 隊長を客人用の豪奢な椅子へ案内する。

 その間にルナはキッチンへ。

 俺が対面に当たる席に座ると、隊長は、

「どうだい、あれはあれでなかなか似合っているだろう?」

「さすが隊長、わかっていらっしゃる」

 俺はぐっと親指を上げた。

 そう。この人はかなりの変態だ。

 彼の趣味はミフィールにコスプレをさせること。

 どうやらルナが着ている着ぐるみパジャマは隊長が作り上げたものらしい。ルナ専用である証拠として背中には四つの穴があり、羽が飛び出る仕様になっている。

「褐色猫天使……まさかついに実現できるなんて」

「初めて見ました」

 キッチンでティーカップを用意しているルナを見つめる。

 顔以外の全身を覆う白猫の着ぐるみパジャマ。頭の部分はフードになっており、背中には本物の羽が四枚。手の部分までしっかり再現されているため、物を扱うのにやや苦労しているようだが……そういう仕草がグッとくる!

「実はあれ、ちょっと特別製の素材を使っているんだ」

「特別製の素材?」

「うん。こうやって見る分には普通の着ぐるみパジャマにしか見えないけど、伸縮性がものすごくいいんだよ」

「ってことは、二人で着用することも可能ってことですか!?」

「その通り! さすが真志君、わかっているじゃないか。だから一度でもいいからシアと一緒に着用、なんてこともやってみたかったけど……シアはルナ君みたいな羽が生えていないからねえ。あれはルナ君専用だ」

「相変わらず変な所にこだわってますね……でも、あの着ぐるみパジャマならたとえ羽がなくてもシアに似合うと思いますよ。ってあれ? そういえばシアはこないんですか?」

 ふと隊長の契約者がいないことに気がついた。

 いつも隊長の服の袖を掴んでちょこちょこと後ろをついて歩いているはずなのに――。

「シアは今、買い物へ行かせているんだよ。もうすぐここへ来ると思うんだけど」

 コンコンコン。

「っと、噂をすればなんとやら、だね」

「どうぞ」

 ルナが危なっかしい手つきでスペアミントティーを丸テーブルに二つ置いた後、ドアを開けに行くと、

「こんばんはですっ」

 祭りでもなんでもないのに、ミニ丈仕様の浴衣を着たシアが入ってきた。

 今日のコスは浴衣か。

 隊長は毎日シアにコスプレをさせている。

 種類は問わない。ナース、スクミズ、警察官、セーラー服、その他諸々。

 隊長が普通の服をシアに着せているところなんて今までに一度も見たことがねえぞ。

「待っていましたよ、シア」

「私も会えるのを楽しみにしていたですっ」

 入って来て早々ルナとシアが話し始めた。

 体形(胸の大きさ)が似ているためか、はたまた契約者を思う気持ちが強いことに共感しているためか、とにかくこの二人は仲が良い。

 浴衣といえばお団子ヘア。それを理解しているシアがルナと一通りおしゃべりをした後、黒髪お団子を崩さないように気をつけながら、てててと小さな体を動かして、

「はい、お兄ちゃんっ。持ってきたです」

「偉いねえ、シアは。ちゃんとお買い物できたんだね」

 買い物袋を受け取った隊長が頭をなでなでする。

 この通り隊長は契約者に自分のことをお兄ちゃんと呼ばせている。

 くぅ、なんと羨ましいことか。こういうプレイを一度でいいからやってみたい。

 そう思いながら頭をなでられて気持ちよさそうに目を細めているシアを見つめていると、

「お兄ちゃんっ」

「お前には言われたくねえよ」

 なぜかルナが変なことを言ってきたので、一蹴。

「うぅ、ひどいです。どうして、どうして私だとダメなんですか!」

「悪いけど、お前を妹として見ることなんて絶対にできねえ」

 だってこんなアホの子が妹だなんて嫌だろ。もっとお利口さんな……そう、シアみたいな小さくてかわいい子じゃないと受け付けられない!

「つまりトノサマは……そういうことですかっ。私を正妻ポジからは絶対に外せないと!」

「お前はポジティブすぎんだよ」

 それに正妻にした覚えはねえし。

 そりゃまあ、ルナは可愛いと思うよ?

 我が儘だし、アホだし、痴女で変態だし……って、あれ? コイツ良いところ全然ないんじゃ――。

 まぁともかく、契約者は契約者だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 と、改めて契約者という関係について考えていると、

「そういえば真志君。任務の方はどうだい?」

 隊長があまり好ましくない話題を振ってきた。

「残念ながら、進展はゼロですね」

「そうか……アリシア君も意地が悪い」

「ほんとですよ。なんで亡霊限定なんですか。証明の仕様がないじゃないですか」

「僕もそれについては意見してあげたいところだよ。せめて期限を設けてほしいと、ね。でも、あの人は言い出したら人の言うことを聞かないからねえ」

「副隊長と同じですね」

「そうそう、悠奈君と同じ……え、まさかさっそく何かやらかしたのかい?」

 隊長が気まずそうな顔をした。

「やらかした……というか、やらかしかけたという方が正しいですね。ちょっとしたことからルナと言い合いになって。危うく一般市民を巻き込んだ私闘を繰り広げるところでしたよ」

「そうか、よく止めてくれた。感謝する」

「いやいや、そんなとんでもない。当然のことをしたまでですから」

 どうやら隊長は副隊長の行動に手を焼かされたことが何度もあるようだ。感謝の気持ちがひしひしと伝わってくる。

「ところで、悠奈君の様子はどうだった?」

「様子、といいますと?」

「今日は調査任務で外へ出たんだろう? あの日以降一度も外に出ていなかったはずだからさ……亡霊を見ても平気だったのかなと思って」

「心配ないですよ。怖がっているどころか、むしろ恐ろしいくらいいつも通りでしたからね。俺なんか酷い目に逢いましたし」

「酷い目に?」

「そうなんですよ。調査も兼ねて亡霊と何度か戦闘したんですけど、毎回副隊長が俺を囮にするだけでなく、俺ごと亡霊を抹殺しようと攻撃してくるもんで……逃げるのに必死でした」

「それはなんともまあ……彼女らしくない」

「――え?」

 隊長の返答が意外だった。

「らしくないってどういうことですか? むしろこれがいつもの副隊長だと思っていたのですが」

「普段ならそんな酷いことなんて決してしないよ。もっと連携を意識してスマートに亡霊を撃破するはずだ。前衛を殺す動きなんてあり得ない」

「たまたま俺と二人だったからそういう行動に出ただけなんじゃ……俺のこと嫌っているみたいですし」

「戦闘においてはそういう個人的な感情を表に出す子じゃないんだけどね。やっぱりトラウマがあるのか」

「トラウマ、ですか」

 おそらくそれは三日前に起きた事件のせいだろう。

 突然武装することができなくなって、何もできずに目の前で次々と仲間を殺されてしまった、あの最悪な出来事のこと。

 最初からいたわけじゃないけど、俺もあの時は目の前が真っ白になりかけたからな。一応あれくらいのえげつない光景は何度も目にしたことがあるから大丈夫だったけど……副隊長が体験したのはそれ以上だったのだろう。

「もしかしたら直接亡霊と向き合うことができないんじゃないのかな。戦闘中に突然武装が解除されてしまったら……当時の光景を目の当たりにしたわけじゃないけど、そう思わせるような出来事を体験してしまったのかもしれない」

「なるほど」

 今思い返すと、副隊長は毎回俺を盾にするようにして動いていた。

 つまり、亡霊と真っ向から戦闘したことは一度もなかったということだ。毎回亡霊と副隊長の間には必ず俺という肉壁が存在していたのだから。

「悠奈君は素直じゃないからね。それにプライドが高いから。まぁ、おそらく彼女のことだから自力でトラウマを克服すると思うけど……それまでの間でいい。彼女を守ってほしい」

「もちろんですよ」

 俺は素直に頷いた。

 いくらむかつく奴だと思っていてもチームメンバーの一人であることにかわりはない。

 いや、それ以前に同じ人間だ。

 助けられる人間がいるのなら助けるのが当然ってもんだろう。

 そりゃあ、今日みたいな酷い戦闘を続けられたら堪ったもんじゃないけどさ。

「ところで真志君。今回の事件についてどう思っている?」

「んー、そうですねぇ……亡霊が新たな力に目覚めたとしか思えません」

「どうしてだい?」

「根拠はないですけど、亡霊ってほら、環境への適合力が高いらしいじゃないですか。それで本来捕食対象だった人間に抵抗されて危機感を覚えたからそのような力に目覚めたのではないかと」

 獄園にやってきてからいろいろな文献を目にして得た情報。

 それが亡霊の環境への適合力の高さだ。

 寒さや暑さはもちろんのこと、例えば約百年前に存在していたといわれる寄生虫。ソイツが亡霊の身体に入り込むと、内部から細胞を喰いつくし、弱点である結晶を破壊せずとも命を奪ってしまうという、まさに亡霊にとっての天敵が存在していた。

 しかし、絶滅の危機にさらされた亡霊はすぐに天敵である寄生虫に抵抗できる身体へと変化した。

 端的にいえば、内部細胞が硬質化したのだ。それにより、寄生虫は亡霊の細胞を喰うことができなくなり……最終的には絶滅。

 おそらく今回の武装不可事件も似たようなものだろう。

 俺たち迷人がこの世界に存在するようになったのは数十年前。さらに武装という新たな能力を発見したのは五年前だ。そろそろ武装に対抗できる能力を持った亡霊が出てきてもおかしくはない。

 隊長がなるほどと頷いた。

「その意見は一理あるね。確かに亡霊が武装に対抗できる力を手に入れてもおかしくはない時期だ。でも、ちょっとピンポイントすぎやしないかい?」

「……と、いいますと?」

「武装のみっていうところが気になるんだ。僕ら人間には武装以外にも大砲や銃などの武器がある。でも亡霊はまだ対応しきれてないだろう? 銃で視界を奪うことができるし、大砲を当てて致命傷を与えることもできる」

「確かにそうですけど、それほど脅威だとは感じていないんじゃ……」

「それを言われるとどうしようもないんだけどね。でも亡霊は犯人じゃない。僕はそう思っているよ」

 自信ありげに答える隊長。

 これはきっと何かある。

「副隊長もそう言ってましたけど、亡霊が犯人じゃない根拠でもあるんですか?」

「残念ながらまだないね。でも、最近不穏な動きを見せる輩がいるだろう?」

「不穏な動き?」

「真志君も知っていると思うけど、ミレナース教のことだよ」

「あぁ、そういえば――」

 ミレナース教というのはこの街で神父をやっている獄人のことだ。

 隊長が言った不穏な動きというのは、武装不可事件が住民に報告されてから始まったデモ活動のこと。

「獄人の地位がどうのこうのって話でしたよね。俺たち迷人が現れたせいで差別が始まったとかなんとか」

「そうだね。特に武装という新たな力を発見してからはそれが顕著に表れ始めたからね。武装できる迷人は決して多くないけど、銃や大砲といった武器を作り出したのが彼らであることに違いはない。僕らの見えないところで獄人が酷い扱いを受けていることは事実だろう」

 なんとも醜い話である。獄人だろうが迷人だろうが、みんな仲良く暮らせばいいのに。

「でもどうしてミレナース教たちが怪しいと?」

「強いて言うならタイミングだね。武装不可事件を報告してからのデモ活動がいくらなんでも早すぎる」

 デモ活動が始まったのは、武装不可事件が報告された翌朝。

 隊長が怪しいと思うのも無理はない。

 なにせ、あの短時間で人を集うことは不可能に近いのだから――。

「それじゃあ隊長は、今デモ活動を行っているメンバーを調べているんですか?」

「そうだね。まだ何も有力な情報を得ていないけど、きっと彼らに手を貸している怪しい人物がいるはずだ。契約者のいる迷人なのか、はたまた自由気ままに動いているミフィールなのか。どちらにせよ、まずはデモ活動の規模が大きくならないようにしないとね。犯人探しは重要だけど、それに気を取られるわけにはいかないよ」

「隊長も大変ですね」

「真志君よりはまだマシさ。亡霊の相手は好きじゃないし」

「何言ってんですか。いつも一人で無双しているって聞いてますよ」

「買被りすぎだよ。僕は強くない。すべてはシアのおかげさ」

 そう言ってやさしい視線をシアへ向ける隊長。

 シアの能力は身体能力を強化すること。ルナみたいに《漆黒の大鎌》を召喚することができなければ、副隊長のように《光の拳銃》を召喚することもできない。

 まさに頼れるのは自身の体術のみ。それだけで亡霊相手に圧勝できるのは間違いなく隊長の優れた武術があってこそ。生前の話は聞いていないけど、何らかの武道を極めていたに違いない。

「そういえば副隊長はミレナース教のことを知っているんですか?」

「もちろんだよ、一応悠奈君にも先ほど話したことは伝えてある。でも、真志君と同じ任務を命じられているからね。本当なら彼女にも調査の手伝いをしてもらいたいところだけど――」

 そこで隊長は肩をすくめた。

「任務優先だからね。無理に手伝ってもらって任務に支障をきたしたら大変だ。命にも関わることだから。悠奈君はそれでも手伝うと言ってくれたけど、そこは断っておいたよ」

「そうですか」

 正直、意外だった。もちろん副隊長が隊長の手伝いをすると言ったことに対してだ。

 副隊長なら任務優先、それに支障をきたすようなことは絶対にしないと割り切りそうだけど……へぇ、案外優しいところもあるんだな。

 隊長が残っていたスペアミントティーを一気に飲み干した。

「さてと、あんまり長居しても悪いからそろそろ戻ろうかな」

「時間なんて気にしなくていいですよ」

「でも明日の朝は早いんだろう?」

「うっ……」

 副隊長に命じられた集合時間は、俺が普段起きる時間より二時間も早い。

 つまり、俺はそれよりも早く起きなければならないということだ。早く寝たいという気持ちがないわけじゃない。

「あまり悠奈君を嫌わないでほしい。ああ見えても彼女は考えて集合時間を決めているはずだから」

「そうなんですか? 俺が聞いた時は「早く始めるに越したことはないわ」って言っただけで、理由すら教えてくれなかったんですけど」

「ふふっ、悠奈君らしいね。でも間違いなく時間帯を考えているよ。武装不可事件が起こったのは早朝だからね。もしかしたらその時間帯に出現する亡霊が例の力を持っているかもしれない、そう考えて決めたはずだ」

「本当にそこまで考えているんですかね? まあ、隊長がそういうのなら間違いはないのでしょうけど……それにしても隊長、よくそこまでわかりますね」

「悠奈君には長年僕の下で働いてもらっているからね。もちろん、真志君が考えていることだってお見通しだぞ?」

「そんなまさか……」

 と、俺が肩をすくめると、隊長は少し考えるそぶりを見せてから、

「例えば、シアにお兄ちゃんと呼ばれてみたいとか」

「――ッ!?」

 なぜわかった。そんなに俺、わかりやすい行動をとっていたか?

「どうやらその様子だと当たりみたいだね。でも残念、シアは僕だけの妹だよ」

「……隊長もとんだ変態ですね」

「君が言えることかい? 風の噂だけど、今朝真志君はルナ君にフ――」

「わあああああ! それ以上はナシ! ストップストップ!」

 慌てて隊長の口を塞ごうとする。

「大丈夫だよ、別に誰かに言いふらしたりなんかしないから」

「本当ですよね?」

「本当だよ、約束するさ。……さてと、それじゃあ帰るよ。シア、行こうか。挨拶を」

 隊長が立ち上がると、シアがてててとこちらへやって来て、ぺこり。

「ルナさん、真志さん。今日はお邪魔したのです。また遊んでくださいですっ」

「ええ、こちらこそ」

「またいつでも来てくれ」

 そうしてルナと共に二人を見送った後、俺たちは明日に備えてすぐに就寝するのであった。



 そして翌朝。

 チュンチュン、チュンチュンという夜とはまた別の鳥の鳴き声を聞きながら、俺は噴水がある中央広場で、

「それっ」

「きゃっ、やりましたね!」

 白スクール水着を着たルナとイチャついていた。

「――――」

 いやね、本当はこんなことしている時間じゃないんだよ。

 本来なら今頃、街の外で亡霊と激しい戦闘を繰り広げ――否、また昨日みたいに副隊長の凄まじい攻撃をひたすら避ける作業をしている時間なんだ。

 それなのに。

「ほら、いくぞっ」

「もう、やめてくださいってばぁ」

 俺たちは噴水で水遊びをしている。

 というのも、副隊長が集合時間を過ぎても来ないからだ。五分前に必ず集合って言ったのはアイツなのに……一体何をやっているんだか。

 ちなみに、この水着をルナに渡したのは俺ではない。隊長である。きっとルナ君なら似合うはずだ、なんて言っていたけど……さすが隊長! 完璧じゃないか。

 俺は水に濡れたことでより色香を増した契約者を舐め回すように眺めた。

 すべすべの褐色肌を引き立たせる白スクール水着。胸元にある『3―2 るな』と敢えて平仮名で書かせた名札。背中から生えた純白と漆黒の羽がコスプレ感を増幅させ、そんな恰好をさせているという背徳感を煽っていくスタイル。

 ヤバイ、変な趣味に目覚めそうだ。契約者は着せ替え人形なんかじゃないのに……あぁ、どうしてそんな――。

 と、副隊長の事情よりも自身の趣味嗜好について気にしていると、

「あ、トノサマ見てくださいあれ!」

 着せ替え人形が俺の後方を指差した。

「ん? あれって……うわ!? すごい人だな」

 ざっと見たところでは約三十人。

 その人たちが中央広場へつながる大通りを練り歩いている。

 先頭集団が何かを持っているように見えるけど、ここからじゃよくわからないな。

「こんな朝から何をするつもりなんですかね?」

「さぁ、何かイベントでもあったかな? この時期にハロウィンのような仮装パーティとかはなかったはずだけど――」

 って、やばい。そんな場合じゃなかった。

「ルナ! 武装するぞ!」

「いきなりどうしたんですか?」

「敵だ敵! 敵が現れたんだよ!」

「一体どこに――」

「いいから!」

「むぅ、わかりましたよ」

 ぷくっと膨れ面になりながらもルナが左手を差し出した。

 俺はすぐさま彼女の手を握り――。

「よし、これでなんとか危機は去ったか」

《漆黒の大鎌》を召喚するのではなく、安堵のため息を吐いた。

 いやぁ、危なかった危なかった。あの姿のルナを見られていたら大問題に発展しかねなかったからな。武装という緊急手段があって本当に助かったよ。

『トノサマ! 嘘つきましたね!?』

 なんかとげとげしい声が脳内に響いてきたけど……きっと気のせいだろう。

 と、その後もやたら俺を批判してくる声を無視し続けていると、先ほどの集団がこちらへやってきた。

「差別反対! 人種差別反対! 獄人も迷人も平等に!」

 この集団は例のデモ活動だったのか。

 大きな白い布に赤字で『人種差別反対』と書かれたスローガンを掲げている。

 朝早くからよくやるものだ。しかも昨日より参加人数が増えているし。

 迷人である俺はその集団からそっと身を遠ざける。

 暴力を振るわれるなどといった事態にはまだ陥っていないようだけど、いつそれに発展するかはわからない。それにあまり関わりたくないのも事実だし……。

 でも、一応主謀者の顔だけは拝んでおくか。

「人類は皆平等である! 差別反対!」

 先陣を切って大声で訴えている人物。

 おそらく彼がミレナース教だろう。

 普段は神父にふさわしい恰好をしているのだろうが、今は無地のTシャツに短パンという非常にラフな恰好をしている。

 その後も俺は右手を隠しながら花壇のそばにあるベンチに座り、彼らがこの場を過ぎ去るまでひっそりとやり過ごす。

 あの時すぐに武装したことは正解だったかもしれない。獄人と迷人の見た目は大差ないから大丈夫だけど、ルナがミフィールであることは一目瞭然だ。白スク水ってだけでも大問題なのに、ミフィールだってばれていたら間違いなく絡まれていたぞ。

 そうして何事もなく、その場をやり過ごしたところで。

「ごめん、遅れたわ」

 なぜか元気のない副隊長がやってきた。

「何かあったのか?」

「ううん、何もないわよ」

 平気そうに振る舞う副隊長。

 明らかに無理をしている。口ではそう言うものの全然隠し切れていない。

「嘘つくなよ、なんかあったんだろ」

「うるさいなぁ、別に悠奈に何かあったとしてもあんたには関係……なくはないけど、気にしないで」

 なんだろう。副隊長の様子がやけにおかしい。

 いつもならうるさいの一言で跳ねのけるはずなのに――。

「とにかく、あんたは気にしないで。ほら、仕事するわよ」

「大丈夫か、そんな調子で」

「大丈夫よ。それよりも今日は行きたい場所があるから。はぐれずにちゃんとついてきなさいよね」

「……了解」

 あまりにしつこいと絶対に機嫌が悪くなるのでこれくらいにしておく。

 様子が変なのは明白だけど、副隊長が大丈夫だと言うのだから素直に従っておこう。

 それに何かあったら俺が全力で彼女を守ればいいだけだ。これは隊長との約束だからな。今日はより注意しながら行動するか。


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