3
「武装不可の状況を作り出した犯人は絶対に亡霊じゃないわ」
なぜか拗ねていた契約者を引き連れてきた後に放たれた第一声は、副隊長らしからぬ発言だった。
「どうしてそう断言できるんだ? まだ確認すらしてねえだろ」
「確認する必要なんてないわよ。実際に対峙した悠奈がそう言ってるんだから」
「根拠にすらなってないんだが……」
「うっさい、悠奈の言葉が信じられないわけ?」
「いや信じてほしいのなら、せめて亡霊が犯人じゃない証拠を言ってくれないと」
「証拠ねえ……」
ふうむと考え込む副隊長。確かに第一課隊長もそんなことを言っていたけど……やはり俺とは頭のデキが違うのか? どう考えても亡霊が新たな力に目覚めたとしか考えられないんだけど――。
「ないわ、証拠なんて」
「ねえのかよ!」
「だって仕方ないじゃない。勘なんだから」
「さすが、胸だけに脂肪がいっている女ですね」
「なっ!?」
いきなり話に割り込んできたルナに驚く副隊長。いや俺もびっくりだよ。いつからそんな毒舌キャラになったんだ。
ルナが副隊長を睨みつける。
「第三課副隊長とは思えない思考回路の持ち主ですね。こんな脳みそがスッカラカンで胸だけが取り柄の女とトノサマを組ませるわけにはいきません。命がいくつあっても足りなさそうですし」
「あんた今なんて言った?」
「身体だけが取り柄のあなたとはチームなど組めないと言ったのです。この泥棒猫!」
「はぁ!?」
「トノサマを誘惑するなんて許せません! 私がいない間、一体何をしていたんですか!」
凄まじい殺気を副隊長へ向けるルナ。
なるほど、そういうことか。
拗ねていた理由はそんなことだったのか。
「おーい、ルナ」
全てを理解した俺が宥める様に声を掛けると、ルナはこちらを向き、優しく微笑んだ。
「安心してください。すぐにこの女狐の呪縛から解放してあげますから」
「必要ねえよ。そもそも勘違いだし」
「何を言っているんですか。いつも私をそばから離さないトノサマが、二人きりというなんとも羨まし……じゃなくてですね、なんとも妬ましい状況にしたんですよ? この愚鈍で卑劣な女狐が何かしたに違いありません」
言い直せてないんだけど……思いっきり欲望丸出しじゃねえか。
「だからこの女狐には制裁が必要なんです。トノサマの正妻は私であると身体に教え込む必要があるんです」
「いつからお前は俺の嫁になったんだ?」
「もう、トノサマったら何を言っているんですか。契約したその日から私がトノサマの正妻に決まっているじゃないですか」
「え?」
若干、寒気を覚えた。
気のせいかな? 俺、コイツと契約したこと……人生において最大の選択ミスだったんじゃねえのか?
「それではトノサマ。少しだけ待っていてくださいね」
「あ、ちょっと」
ルナが再び副隊長の方を向く。
「さてと、この泥棒猫をどう料理しましょうか」
「なんか勘違いしているみたいだけど……悠奈を侮辱したことは絶対に許さないから」
「それはこっちの台詞です。トノサマをたぶらかしたこと、後悔させてやります。さぁ答えなさい! トノサマと二人きりで一体どんなえっちぃことをしていたんですか!」
「えっち……はぁ!? 何言ってんのよ! 悠奈はこんな奴に興味なんてないわよ!」
「ツンデレですか。あくまでもツンデレを貫き通して事実を隠そうとしているわけですね」
「ツンデレってなによ!?」
「でも残念でしたね、私には無駄です。さぁ早く観念しなさい!」
「だから何もやってないって言ってんでしょ!」
「嘘です! じゃあなんでトノサマは私を席から外したんですか!」
「知らないわよそんなこと。そこにいるバカに訊けばいいでしょ!」
「……バカ? 今トノサマのことを侮辱しましたね!?」
「ふんっ、こんなやつバカに決まってんでしょ。あんたもあんたで意味わかんないし!」
「言ってくれますね、この泥棒猫!」
「うっさい、貧乳!」
あ、それはマズイ。
特定の単語に反応したルナが尋常ではない殺気を彼女へ向けた。
「……貧乳? 今貧乳って言いましたか?」
「言ったわよ、この無い乳」
「そーですか、そーですか。どうやらここで始末されたいようですね、このデカ尻女!」
「デカじ――ッ!? 言ったわね? 言ってはならないことを言ったわね!?」
どうやらルナも触れてはならないことに触れてしまったらしく。
ジャキッ、ガシャン。
すでに武装していた副隊長が《光の拳銃》を召喚すると、ルナも《漆黒の大鎌》を召喚した。
さすがにこれはマズイ。たとえ契約者であっても公衆の面前で私闘なんて問題を起こしたら俺がクビになっちまう!
自身の身の按じた俺は即座に二人の間に割って入った。
「ちょっと待った! ここではマズイ。二人とも場をわきまえろ」
「うっさい、指図すんな!」
「トノサマがそこまで女狐に魅了されていたなんて許せません!」
バチバチと火花を散らす二人。
……頼むから人の話を聞いてくれ。
「周り見ろって! ここは公共の場。一般人もいるんだぞ!?」
「それが何?」
「それが何ってお前な……それでも第三課副隊長か!」
「なっ!? あんたまで悠奈を侮辱するわけ!?」
「場をわきまえてくれって言ってんだ。とりあえず周りを見ろ!」
「うっさい、指図すんなって何度言えば」
「いいから!」
「あぁもうなによ、周りを見ろって一体…………あっ」
そこで漸く自身が演じていた失態に気づいたのか、周囲から寄せられた視線により副隊長が固まった。
それに対してルナは、
「ふっふーん。私の能力を前にして怖気づきましたか」
コイツはダメだ。こんな奴が契約者だなんて恥ずかしすぎる。
調子づいたアホの子が《漆黒の大鎌》を構えたままゆっくりと副隊長に詰め寄った。
「ここまで近づいたのに何もできないなんて、もしかしてちびってしまいましたか?」
「おーい、ルナ」
「言葉すら出ないとは拍子抜けですね。吠えたわりには呆気ないものです」
「おい、ルナ!」
「もうなんですかトノサマ。今いいところなので黙っていてください」
「それはこっちの台詞だ!」
「ふぎゃっ!?」
頭をチョップされたルナが《漆黒の大鎌》を消失させた。
「なにするんですか!」
「なにするんですかじゃねえよ! お前こそなんてことしやがるんだ!」
「うぅ、なんてことだなんて……ひどいです。せっかく私が女狐の呪縛からトノサマを解放してあげようと」
「だからそれは勘違いなんだって」
「……ふぇ?」
ルナが涙目で俺を見上げた。
「勘違い。俺は副隊長に何もされていない」
「何もされてないって、でもどうして私を置いて二人きりに?」
「それは……はっきり言わせてもらうけど、お前がいたら話が進まないと思ったからだ」
「……さすがの私でも、今の言葉には傷つきましたよ」
「でも事実だ」
「あぅ」
しょんぼりとした顔でルナが見つめてくる。ったく、ちょっとは反省しやがれ。お前のせいで大変なことになりかけたんだぞ。
どうやら反省しているのはルナだけではないらしく、副隊長も気まずそうに佇んでいた。
幸い大事には至っていない。しかし、風紀部隊の副隊長を務める人間が公衆の面前で恥ずかしい失態を演じたんだ。そりゃ言葉もでなくなるだろう。
しょうがない、ここは――。
「場所、変えるか」
「そうね、そうしましょ」
一声かけると、すぐさまスタスタと歩き始めた副隊長。
大丈夫だろうか、このままで。
もちろん、チームとしてだ。これからチームを組む身としては不安でしょうがない。
だってルナと副隊長の仲は最悪だし、まさか副隊長がヒートアップすると周りが見えなくなるタイプだなんて思ってもいなかったし――。
よし、ここは俺が頑張るか。
と、気合を入れたのだけれど。
「こらぁ! 逃げるな!」
「いやだって、俺までくらっ……つわぁっはいっ!?」
副隊長はやっぱり副隊長だった。
というのも、すごく立ち直りが早いのだ。
結局、場所を移した後、連携がどうのこうのって話になって試しに簡単な訓練をすることになったのだ。
それで亡霊が武装不可の状況を作り出した犯人であるかという調査を兼ねて、街の外で徘徊している亡霊一体をターゲットにしたのだが。
「だからやめっ、その攻撃は俺まであた――」
「はい避けて!」
「いぃやぁあああああ」
作戦は至って単純なものだった。
俺が前衛で敵を引きつけ、副隊長がその隙を狙って亡霊を撃破。
それだけなら簡単で尚且つ連携を意識した戦闘方法といえるだろう。前衛が得意な俺にとってはまさに理想だった。
しかし、これには一つの欠点が存在する。
「邪魔! そんなところにいたらそいつ殺せない!」
「ちょ、敵を引きつけろって言ったのはアンタでッ!?」
「あぁもう、変な方向に逃げるから当たんなかったじゃない! もっと寸前で避けなさいよね!」
「無茶言わないでくれ! 今のタイミングでもギリギリだぞ!?」
「じゃあなんで当たんないのよ!?」
「知らねえよそんなこと!」
そう。副隊長の作戦は俺ごと敵を狙うというあまりにも非情なものだったのだ。
《光の拳銃》から放たれる光弾をひたすら避けなければならない。
当たったら即死。致命傷では済まされない。
「ほら、さっさと引きつける!」
「いや、その前に俺を狙うのはうぉっと!」
もちろん亡霊のターゲットは俺だ。
今回相手にしている奴はそれほど賢くないけど、凶暴であることにかわりはない。
俺が全然攻撃しない、というかできないせいでバカにされていると感じたのか、怒り狂った亡霊が凄まじい形相で向かってきた。
「よし、いい調子よ。あんた囮役としては最高ね」
「今なんて言った!? 囮役って言わなかったか!?」
「前衛なんてそんなもんでしょ」
「違うだろ! 前衛っていうのはただの肉壁なんかじゃねえよ! チャンスを作り出して、いざという時は自分で」
「だったら武器くらい召喚しなさい」
「その隙を全然与えてくれないのはアンタだろーが!」
「ごちゃごちゃとうっさい。ほら、いくわよ!」
「人の話を聞いてくれええええええええ」
その後も俺は容赦なく飛んでくる光弾を避け続けるのであった。
これが新チームの戦闘スタイル。
俺は一体いくつ命があればいいのだろうか……。
正直もう、解散したいです。