エピローグ
若干蒸し暑いと感じさせる夕方。
俺はベランダに置いてあった笹の前で悩み込んでいた。
「トノサマっ! 決まりましたか?」
俺の隣で喜々として笹に短冊を吊るしているのは俺の契約者。
この日のために新調した赤と白で彩られたミニ丈仕様の浴衣を着用したルナだ。
「まだだ。てかお前は一体いくつ吊り下げる気だ」
「叶えたい願いがあるだけ全部です!」
「御利益ねえなぁ……」
相変わらず思考回路が残念というか、こういうイベントの決まりごとがわかっていないというか……そんなルナに嘆息しつつ、短冊と睨めっこ。
今日は七月七日。
七夕。
そう。俺がこの世界、獄園という死後の世界にやって来てちょうど一年が経ったのだ。
前回は『平凡に暮らせたらなんでもする』なんて書いたんだっけ?
などと、一年前の自分を思い出しつつも、ブンブン。
首を横に振って脳裏に浮かんだ光景を消し去る。
危ない危ない、嫌な出来事を思い出しちまうところだったぜ。
過去は過去。今は今だ。
「――――」
結局、武装不可の状況を作り出したのは風紀部隊が開発した兵器だった。
カオスタトゥーとはまた別のものらしいが、ミフィールを利用して作られた兵器には違いないため、全て処分。ついでに俺の知らないところで拘束されていたミフィールを全員開放した。
どうやら裏事情に関しては飛鳥さんが秘密裏に追っていたらしく、証拠も揃っていたため、告訴してからは早かった。あっという間に悪だくみを考えていた奴らが捕まり、おまけにそれに加担していた、もとい利用されていた契約者のいない迷人もすぐに捕まった。
ちなみに隊長は無事だった。仲間の何人かが武装不可の状況に陥って軽傷を負ったそうだが……同じ手は二度喰らわないのがモットー。
耳栓という俺でも思いつかなかった簡単な方法によって武装不可の状況を回避した隊長が無双。亡霊の巣窟から俺たちを助け出すという目的はあったが、仲間の状況を見て入り口付近で待機していたのだ。
そのせいでティグリスは大変だったけど……結果、俺たちは無事街へ辿り着くことができた。
そして、最後の最後で素晴らしい活躍をみせたティグリスといえば、
「ほらっ、真志さん早く」
なぜか俺の部屋に居座っている。
妹を取り戻したら自分たちの住処へ帰るのかと思っていたんだけど、どういうわけか妹を住処まで送り届けた後、こっちに戻ってきやがった。
何を考えているのかは知らないけど、
「って真志さん? おーい、真志さん? おかしいわね……」
顔のニヤケが止まらねえ。
だって、美少女二人に挟まれてんだぞ。
ルナはちょっとアレだけど、ハーレムであることは事実なわけで――。
むにゅんっ。
ティグリスが俺の腕を引っ張った。
「ちょ、おま!? 一体何やって」
「やっと気がついたのね。何を考えていたのかは知らないけれど……くふっ、これはわざとよ」
「なッ!?」
耳元で囁いたティグリスの色っぽい声に、どくん。
ひときわ強く鼓動が跳ね上がった。
それに対して、目ざといルナは、
「何をやっているのですかティグリス!」
と、すぐにムキになって。
ごつり。
「だからその顔はやめてくださいってばあああああああ」
何も言っていないのに地面に手を着いて落ち込んでしまった。
勝ち誇った顔をしたティグリスがふふっと笑う。
「ねえ、真志さん。あの約束、覚えているかしら?」
「あの約束って?」
「……まさか忘れたの?」
「あ、いや、忘れたってわけじゃないけど」
なんだっけ?
俺、ティグリスと何か約束してたっけ?
「ほら、一つだけなんでも言うことを聞くっていう約束」
「あぁ!」
思い出した。
そういえば俺、《完全再現》で副隊長になったティグリスとそんな約束をしたんだった。
「いやでも、あれってさ……あくまでも副隊長と約束を交わしたわけであって」
「そういう逃げは、ずるいわ」
しょんぼり顔になるティグリス。
……なんだろう、この罪悪感は。
ルナだったら平気なのに、なぜかティグリスには申し訳ないという気持ちが――。
「わかったよ。言ってみろよ」
結局、押し寄せてきた感情に負けてしまった俺はティグリスの願いを聞くことに。
すると、ティグリスは、
「じゃあ、わたくしと契約するっていうのはどう?」
「なッ!?」
そこで反応したのはルナだった。
復活が早い。契約という言葉が出た瞬間に立ち上がったぞ。
「絶対に許しませんからね! ただでさえトノサマの唇を奪いましたのに!」
「あれは緊急事態だからしょうがないでしょ」
「嘘です! 《完全再現》を発動させるための条件は唇を奪う以外にもあるはずです!」
「そ、それは……と、とにかく、あなたは部外者なのだから契約に関して口出しする権利なんてないわ」
「部外者じゃありません! トノサマと私は今や運命共同体。トノサマがティグリスと契約するということは、私の身体にもいろいろな影響が出てくるんですよ!」
「例えば?」
「例えば……」
沈黙するルナ。
何もない。
契約した際に発生するデメリットは、自分から制約を増やす儀式をしない限り一つだけ。
武装時に死亡した場合、契約者も死亡するということ。
「どうしたの、ルナ? 黙ったままだけど?」
「うわーん! ティグリスが、ティグリスが私を苛めます!」
「いいぞ、もっとやれ」
「トノサマ!?」
まさかの追い打ちに驚愕するルナ。
「冗談だ、冗談。今のところティグリスと契約するつもりはねえよ」
「そうですか。よかったです」
安堵のため息を漏らすルナ。
それに対してティグリスは、
「今のところ、ね。くふっ」
妙に含みのある笑い方をする。
「ま、いいわ。別にわたくしも本気ってわけじゃないから」
「じゃあどうするんだよ、約束は」
「んー、そうねえ。それじゃあ……」
と、少々考えそぶりを見せてから。
「しばらくの間、あなたたちと一緒に暮らしてみたいわ」
「……だそうだ、ルナ。どうする?」
「私は別に構いませ……あ、いやでも、トノサマと二人きりになれる時間がなくなってしまうのですから――」
「わかった。一緒に暮らそうか」
「私はまだいいとは言ってませんよ!?」
「よろしくな、ティグリス」
「よろしくね、真志さん」
と、ルナを無視して握手を交わすと、
「私の意見は無視ですか!? 無視なんですか!?」
哀れな子が何か喚いているけど……放っておいても問題はないだろう。
再び舞い戻ってきた平穏な日々。
獄人と迷人の差別なき共存という問題はあるが、それについては今後、隊長や飛鳥さんを含め、風紀部隊全員で対策を考えていけばいいだろう。
「……よし、願い事が決まったぞ」
俺は鉛筆で短冊に願いを書き綴り、さっそく笹に吊るした。
「どんな願いを書いたんですか?」
ルナが興味心身に訊ねてきた。
「一年前とほぼ同じ。『平穏な日々が暮らせますように』。やっぱりそれが一番なんだよ」
そう。俺の願いは一つだけ。
契約者と……いや、今はティグリスを含めたこの三人で。
ゆったり、まったりとした平穏で楽しい日々を送ることだ。
END




