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武装不可事件。
その真相が今、明らかになろうとしている。
まだ何点か謎は残っているが、最重要といえる問題は解決した。
共犯者の存在。
そう。これによって武装不可の状況を作り出した犯人が亡霊以外の種族であることが判明したのだ。
しかし、これについてはまだ上層部に報告していない。
もちろん、その理由は――。
「ええ、悠奈は脅迫されているわ」
病院に辿り着いた後、悠奈=リリエットの姿をした共犯者を問い詰めると、意外なことにあっさり白状してくれた。
罪を重ねていたことが辛かったのか、はたまたこうなることを予想していたのか……どちらにせよ、告白したことで胸に溜め込んでいたつかえが少しとれたようだ。
「それで、真犯人は誰なんだ?」
「わからないわ」
「――は?」
「わからないのよ。悠奈は……脅迫内容に従っただけ」
「脅迫内容?」
「これよ」
と、制服の内ポケットから便箋を一つ取り出す共犯者。
「妹を返してほしければ、この指示に従えってね……どういうわけか、犯人は悠奈の能力を知っていたみたい。別にその時は簡単だし何も害はないから素直に従ったけど……まさかあんなことになるなんて」
書かれていた内容は至ってシンプルだった。
妹を返してほしければ、今後の命令に従うこと。
ミッションその一、現時刻から一時間後、街の外から西方へ一キロ地点にいる第三課副隊長、悠奈=リリエットが率いるチームと接触し、全ての人間に対して貴様の能力を発動させる条件を満たすこと。その後、第三課副隊長、悠奈=リリエットになること。
以上。
P.S.わかっていると思うが、このことを他の人間に知らせた場合は――。
「悠奈の能力は見ての通り《完全再現》。今は悠奈になっているけれど……もう、必要ないわね」
カッ。
女子寮で見たときと同じような閃光が視界を埋め尽くした後、一人の少女が現れた。
ツーサイドアップに結った薄紫色の髪。鮮やかな緑色の瞳に透き通るような白い肌。細身の体にも関わらず出ているところはしっかりと出ており、背中には髪よりも少し色の濃い羽が計四枚。
ミフィール。
そう。なんと彼女は人間の姿をしたミフィールだったのだ。
「ティグリス!?」
共に話を聞いていたルナが驚愕の声を上げた。
「なんだお前、知り合いなのか?」
「はい。彼女は小さい頃からよく遊んでいた親友です。コピー能力と聞いて少々嫌な予感はしていたのですが……ティグリス、詳しく話してもらえますか?」
「ええ。といっても犯人が誰か特定できるような情報は何もないけど。……今から一週間以上前よ。いつものように妹と遊んでいたら突然何者かに襲われたのよ。ほんの一瞬、殺気すら感じなかったわ。いえ、むしろ気配すらなかったという方がいいかしら。気づいた時にはもう妹は袋の中。それで慌てて追いかけて来たのだけれど、その結果がこれよ」
「相手の顔とか覚えてないんですか?」
「フードを被っていたから全くわからなかったわ。身長は……そうねえ、あなたのご主人様よりも少し低いくらいかしら。相手の目的はわからないけど、とにかくわたくしは従うことしかできなかった」
悔しそうに唇を噛みしめる共犯者、もといルナの親友ティグリス。
「なぁ、一つ訊いてもいいか?」
「なにかしら」
「俺とチームを組んだ翌朝、一体何が起きたんだ? 元気がなかったみたいだけど」
「えっと、それは……」
少々躊躇った後、ティグリスはピンク色の便箋を取り出した。
「これがその日に届いた命令よ」
彼女からそれを受け取る。
どれどれ……。
今までのミッション御苦労様。
これが最後の命令だ。成功すれば妹を返してやろう。
ミッションその五、第二回目の武装不可事件後、第三課隊員に化け、第三課隊長の田高野信哉に報告する。その後、チームメンバーと共に現場へ赴き、武装できなくなった二人が死ぬのを黙って見届けること。
以上。
P.S.メンバーの中に貴様の親友がいるようだが……妹と親友、どちらを選ぶのか楽しみだねぇ。
グシャグシャグシャ。
「ちょ、トノサマ!?」
「悪い、思わず握り潰しちまった」
非常に腹が立った。
この犯人、ティグリスで遊んでやがる! どれだけ彼女が苦しんでいるのか……それをわかっているくせに、平気でこんな文章を送りやがった!
ティグリスが小さく息を吐いた。
「別にいいわよ。もう手遅れだから……それを取っておく必要なんてないもの」
「手遅れってどういうことだよ?」
「ミッションの失敗。イコール、妹の死」
「ミッションの失敗……?」
「ええ。形は違うけど、現にあなたと第三課隊長は生きている。それにわたくしが第三課副隊長の姿をした偽物だったことがバレてしまったから……これは二通目の脅迫内容に反するのよ。だから――」
「まだ妹の生死を確認したわけじゃねえだろ」
「……っ」
ティグリスが唇を噛みしめた。
「だったら諦めるのはまだはえーよ。犯人が妹を生かしている可能性はあるんだ。どうして最初から諦めようと――」
「トノサマ! ティグリスを追い込まないでください!」
不意にルナが声音を落として予想外なことを言ってきた。
「別に追い込んでねえよ。確認もしないで勝手に決め付けるのはよくないって言いたいだけだ!」
「それが追い込んでいるんですよ! ちょっとは考えてみてください。大切な人が自分のせいで死んでしまったかもしれないんですよ。そんな状況だというのに生死の確認なんてできますか!?」
珍しくルナが強気だ。
しかし、言っていることは間違っちゃいない。確かに自分のせいで大切な人が殺されてしまったのではないかと思うと、怖くて確認なんてできないだろう。
でも、それじゃあ前には進めない。
「だったら俺が確認してくる!」
「どうやって確認するんですか」
「どうやってって、そんなの俺が」
「犯人が誰なのかすらわからないんですよ。少しは冷静になって下さい。トノサマの悪い癖です、カッとなって周りが見えなくなるのは」
まさかルナにそんなことを言われる日が来るなんて――。
でも、今の一言のおかげで少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「悪い、ちょっと熱くなりすぎた。とりあえずこの話は内緒にしておこう。あからさまな行動に出れば可能性がゼロになる。それに……この便箋を残してくれたおかげで重要なことがわかったぞ」
「重要なこと、ですか?」
「あぁ。犯人は風紀部隊に所属している可能性が非常に高いってことだ」
通常、風紀部隊の内部情報が外に漏れることはない。
すなわち、誰がどんなチームを組んで、どんな任務を遂行しているのかなんてわかるはずがないのだ。
しかし、この犯人は副隊長たちのチームがどこにいるのかを把握していた。
その上、二回目の武装不可事件が起こった後、隊長が現場へ赴くとは限らないのに、まるでそうなることが当たり前のように書かれていたのだ。
「ひとまずティグリスには副隊長の姿でいてもらおう。元の姿を他人に晒したらそれこそ妹を助け出せる可能性がゼロになる」
「……生きていれば、ね」
「大丈夫、元気出せ。必ず俺が妹を助け出す」
「真志さん……」
「だからさ」
コンコンコン。
「第一課隊長、アリシア=リゼットだ。入るぞ」
ってマズイ!
突然聞こえてきた第一課隊長の声により、その場に緊張が走った。
ベッドの上に座っているティグリス。椅子に座っているルナ。
双方が同時に開きかけたドアを見る。
ドアに一番近いのは俺だ。
今はティグリスの姿を誰にも見せるわけにはいかない。
それがたとえ、第一課隊長であっても――。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺はすぐさま開きかけたドアを閉めた。
「ん、なんだ? 戸野差、貴様いたのか」
「あ、はい。副隊長が目を覚ましたと聞いたので――」
と、適当に答えている間に顎でティグリスに向けて、くいくいっ。
「(こくこく)」
どうやら今のでわかったらしい。
首を縦に振ったティグリスが布団へ潜んだ。
「で? なぜ入ってはいけないのだ」
「ええっと、それはですね……」
必死に頭を悩ませる。
何か、何か第一課隊長が入ってくるのを躊躇わすような理由は――。
ガサガサ。シュルシュル。
不意に衣擦れの音が後方から聞こえてきた。
「貴様、中で何をしている!?」
「べ、別に何もしていないですけど」
「嘘をつくな、入るぞ!」
「あ、ちょっと!?」
《完全再現》し終えたかどうかわからないため、ドアを押さえる。
十秒、五秒……いや、一秒でもいい。少しでも時間を稼がないと!
そう思って力を込める。
が、武装していない俺が獄人である第一課隊長の力に勝てるはずもなく、ガラガラガラ。
あっけなくドアが開いてしまった。
頼む、頼むから副隊長の姿に――。
「ほォう、中に入れたくなかった理由はそういうことだったのか」
部屋の中に入るや否や、妙に納得したような声を上げた第一課隊長。
くそう、間に合わなかったのか。
嫌な汗が背中を伝った。
「どういうことかきっちり説明してもらおうか」
「ええっと、それはですね……」
終わった。第一課隊長にティグリスのことがバレちまった。
そう思いながら、ゆっくり後ろを振り返ると、
「ごめんなさいトノサマ。間に合いませんでした」
ナース服を脱ぎかけたルナが謝ってきた。
って、ナース服!? いつの間に!?
「……バレちゃったらしょうがないですね」
てへっとわざとらしく自分の頭を小突き、脱ぎかけた服を着直すルナ。
彼女の隣ではティグリスが――もとい、《完全再現》で副隊長になったティグリスが寝たふりをしている。
どうやら間に合ったらしい。
そのことにホッと安堵したが、ポン。
第一課隊長が俺の肩に手を置いた。
「悠奈=リリエットが眠っているのをいいことに二人でゴッコ遊びか? あァン?」
「あ、いや、えっと……その、これはですね」
おそらくルナは第一課隊長の視線をティグリスから外させるために気を利かせたつもりだったのだろうが、正直言って余計なお世話だった。
「黙っていないでさっさと答えろ」
「ええっと、その、ですね……」
ちらりと問題児を横目で見ると、こくり。
何も言っていないのに何かを悟ったルナは、
「じゃあ私がトノサマの代わりに答えます」
「ほォう? 嘘は許さんぞ」
「もちろん嘘など吐きませんよ。そう、あなたの言う通りゴッコ遊びです! 患者は私で、トノサマの硬くて熱くて太いお注射を、私の大事なところに打ち込む寸前で」
「いらんこと言うんじゃねえ!」
「ふぎゃっ!?」
頭をチョップしてルナを黙らせる。
一体何を言っているんだコイツは!? そんな羨まし……じゃなくて、そんな不埒なことなんて一度もやってねえよ!
と、俺がルナに憤慨していると、第一課隊長がにこやかな笑顔を見せ、
「なるほど。公共の場で不純性交友を楽しもうとしていたのか。そうか、わかったわかった……ちょっと表へ出ろ!」
「ぐえっ!?」「あぐっ!?」
首根っこを掴まれた俺とルナが第一課隊長に引き摺られ、退出。
あぁ、やばい。
いろんな意味でやばい。
一難去ってまた一難。
まさにそれを体感した瞬間であった。




