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怠惰な淫獣と変態契約者  作者: るなふぃあ
プロローグ
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プロローグ


 平凡でいい。

 平凡でいいからのんびり暮らしたい。

 そう願ったのはいつだっただろうか。

 おそらく今から一年前。

 俺がこの世界、獄園という名の死後の世界にやってきた日。

 その日に俺は短冊に願いを書き綴ったはず――。

 でも。

 運命なのか、はたまた必然なのか……日に日に希望から遠ざかっているのはどうしてなんだろうな。


 早朝、俺は街の外にある薬草を入手してくるという、非常に難易度の低い任務を遂行していた。

 いつものように契約者パートナーを引き連れて、対象物が大量に採取できる森へ入ったんだ。

 道中は特に問題もなく、あとは指定された薬草を見つけるだけ。

 これなら今回も順調に終了するだろう。

 そう思った、ほんの数分後である。

 生い茂る草木をかき分け、ちょっとした広場に出た瞬間。

 突然、目の前に赤黒い何かが飛び散ったんだ。

「――え?」

 一瞬、俺は自分の目を疑った。

 広場へ出た瞬間に聞こえてきたのは、ブチブチブチ。

 という、何かが引きちぎれる音。

 そして、目にしたのが――。

 人間が……そう、俺と同じ人間が、真二つに引き裂かれている瞬間、だったのだから。

「トノサマ!」

「――ッ!」

 後方から聞こえてきた契約者の叫び声によって、俺は我を取り戻した。

 一体どれくらいの間……いや、それよりもッ!

 前方で暴れている強敵を見据える。

 目の前にいるのは一体の怪物。

 体長は約四メートル。全身を毒々しい色の毛で覆い、おでこには銀色の光沢を放つ太い角。腕が四本ある、二足歩行の生き物。

 コイツは間違いない。

 亡霊。

 そう。たった今俺の目の間で誰かを引き裂いたのは、遥か昔からこの世界に存在する人間の天敵である。

 ソイツが今、黄色く濁った瞳で俺を睨みつけている。

 ……マズイッ。

 次のターゲットが自分であると理解した瞬間、反射的に身体が動き、敵と距離を取った。

 そしてあくまでも冷静に……そう、ゆっくり、焦らずに。

 まずは状況の把握を。

「――――」

 亡霊の下に転がっているのは無残な姿となった、人、人、人……。

 計五名の原形を留めていない死体がある。

 その中には俺の見知った顔も……って、梨音!?

 嘘だろ、おい。どうして亡霊一体ごときに!?

 通常ではあり得ない出来事に驚きつつも、周囲の確認を続行する。

 生存者は一名。

 大木の前で座り込んでいる少女のみ。

 よし、これならいける。

「ルナ、いくぞ!」

「はいっ」

 右斜め後ろに待機していた契約者の名を呼んだ俺は、彼女と手を繋ぎ、

「ボォオオオ」

 低い咆哮を上げながら襲ってきた亡霊の鋭い爪を避け、彼女を光の粒子に変換。自身の体内に取り入れる。

 そして、

「武装完了」

《漆黒の大鎌》を利き手に召喚した。

 武装。

 それは死後、日本から獄園へやってきた人間、迷人が扱える特別な能力のこと。

 ミフィールという種族の生き物と契約を結ぶことで使用できるようになり、武装時には身体能力が向上。さらに契約したミフィールが持っている能力を行使することができるようになる。

 見ての通り、俺の契約者の能力は自由自在にこの大鎌を召喚すること。非常にシンプルな能力だけど、俺はこの便利な能力を気に入っているんだ。

 なぜなら――。

「こっちだ!」

 扱いなれた大鎌を構えた俺は無防備な生存者を守るために、ブォン!

 召喚したての武器を亡霊に向けて放り投げた。

 そして新たに《漆黒の大鎌》を利き手に召喚する。

 そう。大鎌これを召喚できる数は無制限。

 すなわち、いくら自分の手元から離れようが相手に奪われようが、得物がなくなるなんて非常事態には陥らないんだ。

 ってなわけで、もういっちょ!

 怯んでいる亡霊に向けて再び大鎌を放り投げた。

 そして、指でちょいちょいと亡霊を挑発していると、

「なんで、武装できるの……?」

 生存者が唖然としながらそう呟いた。ってアイツ、まだあんな場所で突っ立ってんのかよ!

「そんなところでボーっとしてないで早く逃げろよな!」

「おかしいわよ。じゃあなんで悠奈は、悠奈はできないのよ……」

「おい聞いてんのか!?」

 何かごちゃごちゃ言ってるけど、そんなところで居られたら邪魔だ。

 悪いが大鎌こいつを投げさせてもらうぞ!

「――ッ!? あ、危ないじゃない! どこ狙ってるのよ!」

「やっと気づきやがったか。そんだけ喚く元気があるんだったら早く逃げろよな! ボーっとしていたらお前まで喰われちまうぞ」

「わ、わかってるわよ、そんなこと!」

 これで大丈夫だろう。

 ぎゃーぎゃーと足元にある大鎌を指さしながら喚いている彼女は放っておくとして。

 問題はこっちだな。

 大鎌が直撃したにもかかわらず、ケロッとしている亡霊と向き合う。

 さすがにタフだ。遥か昔から獄園を支配してきた怪物ってことはある。

 そう。この亡霊という種族。

 俺たち人間のように言葉を話すことはないけど、この世界が存在している時からずっと獄園を支配してきた種族なのだ。文献によると、環境への適合力が高いから絶滅せずに生き残っているとかなんとか。

 ま、そんな生物学的な話なんて今はどうでもいいことだけど――。

『トノサマ、前!』

「――ッ!」

 突然、脳内に響いてきたルナの声により、亡霊の突進をすれすれで回避。

 危ない危ない、油断してる場合じゃねえ。

『ボーっとしてるのはどっちですか、まったく』

 悪かったって。それよりも助かったよ。

 武装していなかったら頬を膨らませてプンスカと怒っていたであろうルナに向けて胸中でお礼を言いつつ、体勢を整える。

 狙うは胸部にある結晶。それを破壊さえすれば、奴は消滅する。

 気味が悪いほど大量の毛に覆われた胸部に存在する、直径五センチメートルの結晶を見据える。

 人間の天敵といっても亡霊を倒せないわけじゃない。いくらこの世界を支配している種族であろうが、奴にも弱点は存在する。

 血塗られた鋭く長い爪による連撃を躱しながら、辛抱強く好機を覗う。

 下手に近づくわけにはいかない。決めるなら一撃。一回の攻撃で奴を仕留める。

 そして何度目だろうか、亡霊が振り上げた角を避けた瞬間。

 ……きた!

 ついに奴が失態を演じた。

 振り上げた角が太い木の枝を折り、それが一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが亡霊の視界を遮ったのだ!

 これはまたとない好機。俺は即座に亡霊の懐へ潜り込む。

「梨音の仇、取らせてもらうぜ!」

 かつてチームを組むほど仲が良かった、今は亡き友の名を呼んだ俺は――ズバンッ。

 亡霊の弱点である結晶へ向けて大鎌を下から振り上げた。

 が、

「あ、れ?」

 避けられた!?

 切裂いたのは、毒々しい色の体毛のみ。

 弱点である結晶には掠りもしていない。

 確実に仕留めていたはずなのに、どうして!?

 予想外な出来事に思考が停止しそうになる。

 無防備なまま宙に浮いてしまった身体。このままではマズイと頭では理解しているのに、何もできずに宙を彷徨っていると、

『手前に《漆黒の大鎌》を五つ同時召喚。早く!』

 お、おう!

 脳内に響いてきたルナの声に応えるや否や、ガキンッ。

 甲高い金属音と共に強い衝撃が俺の身を襲った。

 亡霊に突き飛ばされた俺は地面をゴロゴロと転がる。

「……いてて」

 右足を庇いながらゆっくりと起き上がる。助かった。ルナが指示を出してくれなかったら間違いなくあの角で貫かれていたぞ……。

「ボォオオ」

 完全に仕留めたと思っていたのか、亡霊が咆哮を上げ、こちらを睨みつけてきた。

「そんな怖い顔するなって。予想外だったのはお互い様じゃねえか」

 そう。先ほど好機と見た場面。

 あれはまさしく奴の策略だったのだ。

 わざと隙を作り、自身の懐に俺をおびき寄せたのだ。

 そうじゃなきゃあのタイミングで俺の攻撃を避け、その反動によってできた隙をつくなんてできるわけがない。

 なかなか頭のまわる亡霊だ。今までに亡霊と対峙したことは何度もあるけど……これほど賢い奴に出会ったのは今回が初めて。おそらくコイツは亡霊という種族の中でも上位の存在なのだろう。

 でも。

『まだ何かありそうな気がしますよね』

 あぁ、俺もそう思う。

 ルナに同意する。

 そう。これだけじゃないはず。いくらコイツが賢くても亡霊一体だけに武装できる集団のほぼ全員がやられるなんてあり得ない。

 不測の事態へ陥る前にコイツを倒したいところだけど――。

「ちっ」

 まるで亡霊が攻撃させまいと言わんばかりに攻めてきやがる。

 四本ある腕を最大限に活かした攻撃。

 その太い木々をいとも簡単に薙ぎ倒す連撃をギリギリのところで躱し、時には大鎌で防御しつつ……全ての攻撃を凌ぎ切る。

 そして、

「仕方ない、アレを使うか……」

 俺は覚悟を決めた。

 するとルナは、

『え、いいんですか?』

 いいよ、別に。

『でも一時的とはいえ、身体を譲るんですよ?』

 わかってるよそんなことは。

 そりゃあ身体を譲るのは嫌だよ。できることなら自分の力で倒したい。

 でも――。

 脳裏をよぎったのは、殉職した五名の同志。

 残念ながら出し惜しみしている余裕なんてない。このまま戦闘が長引くときっとマズイことになる。

『そう、ですね。わかりました。余裕ぶって窮地に陥ったら元も子もないですからね』

 そういうこと。だから――。

 すーはー。

 俺は深呼吸をし、精神を研ぎ澄ませる。

 自身の内に潜む闇。

 精神を極限状態まで研ぎ澄ませた時、あるいはとある感情が爆発的に高ぶった時にのみ出現する裏の姿。

 ソイツを、俺は今――。

『お目覚めですね、殿様っ』

 嫁が弾んだ声で真名を呼んだ。

 殿様化。

 俺の嫁はそう呼んでいるが、あながち間違ってはいないだろう。

 この人格は嫁と契約した時に生まれた新たな人格。

 そう。先ほどの俺とは全くの別人なのだ。

 待たせたな、ルナ。一撃で決める、行くぞ!

『はいっ』

《漆黒の大鎌》を利き手に召喚した俺が全力で亡霊に立ち向かうと、

「ボォ」

 俺の雰囲気が一転したことに気づいたのか、亡霊は俺から距離を取った。

 そして頭を突き出し、一直線に突進してくる。

 とりあえずは様子見といったところか。

 あの銀色の光沢を放つ太い角。

 硬度が非常に高いため、おそらくあの角を断ち斬ることは俺でも不可能だろう。

 それを考慮した上での突進。

 やはり今までの奴等とは違うな。

 だが――。

「《漆黒の大鎌》はこういう使い方もできるぞ」

 避けるわけでも受け止めるわけでもなく、俺は亡霊の頭上に《漆黒の大鎌》を召喚し、突進の軌道を逸らした。

 そして奴の背中を蹴って宙へ跳び上がる。

『殿様!?』

 自分から回避できない状態へ陥らせたせいか、ルナが驚愕の声を脳内に響かせた。

 大丈夫、これが狙いだ。

『狙いって、一体どういう』

 まぁ見てろって。

 嫁を宥めていると、案の定好機と見た亡霊が再び俺に向かって突進してきた。

「残念ながら、それの弱点はわかったぞ」

 角を利用した突進。

 先ほどからアイツが何度もその攻撃を避けていたおかげで俺は確信していた。

 一直線。

 そう。その攻撃は軌道を変更させることが困難。

 だからこそ……この一撃で倒す!

 俺は利き手に持っていた大鎌を下段で構え、

「黒雨陣奥義《烈――」

 と、一撃必殺の技を繰り出しかけた。

 その、瞬間だった。

「やっといけるッ!」

 生存者の怒気を孕んだ声が亡霊の真後ろから聞こえてきたのだ!

「なっ!?」

 予想外の出来事により、一瞬にして全てが霧散してしまう。

『あぁん、殿様が……』

 ルナが残念そうな声を上げるが、今は構っている場合じゃない。

 亡霊が……そう、あの猪突猛進野郎が急ブレーキをかけ、標的を変えやがったんだ!

 唯一の生存者へ向けて腕を振り上げる亡霊。

 避けるそぶりを見せない生存者。

 マズイ、ここからじゃ間に合わない!

「何やってんだ! 早く右へ跳べ!」

「うっさい、指図すんな! 悠奈が今からそいつを始末するのよッ!」

「はぁ!?」

 訳のわからんことを言う奴だな。始末するって一体どうやって――ッ!?

 少女の手元が神々しく光り始めたのを見て、俺は唯一の生存者が誰なのか漸く理解した。

 真紅の瞳に桃色のツインテール。キリっとした眉毛が特徴的で前髪につけている髪止めは十字架。黒を基調とした風紀部隊第三課の制服を着こなしており、腕部には見覚えのある紋章。

 そして、何よりも目を惹くのは――。

 武装時に現れる右手薬指に嵌められた水色に輝く指輪!

 間違いない、彼女は――。

「悠奈を侮辱した罪、重いわよッ」

 これから行われることを理解した瞬間、俺は横へ跳んで亡霊と距離を取った。

 ……ダメだ、これだけじゃ足りない。もう一度。

 と、念のために再び地面を蹴った直後。

 ピシッ。

 何かが砕ける音と共に、凄まじい閃光が俺の視界を埋め尽くした。


 あぁ、なんてことだろうか。

 数時間前の自分に伝えたい。早朝に簡単な任務なんて受けてはならないと。

 なぜかって?

 そんなの単純な理由さ。

 俺が所属する風紀部隊第三課の副隊長、悠奈=リリエットとここで出会わなければ……否、この場面にさえ遭遇していなければ、この後大々的に発表される『武装不可事件』に関わることなんて一切なかったのだから――。

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