Early Morning Happening
短編なので、さらっと読めます。
目が覚めたらまだ薄暗かった。時計を見る。……5時半。
別にトーストくわえて学校へ走る趣味はないけれど、どちらかというと遅くまで寝ている私にしてはありえないくらい早起きをしてしまった。なぜだろう? 夢見が悪かったのだろうか、と目を閉じて頭の奥をまさぐってみる。……アイツの顔が浮かんだ。朝から人の脳裏に出てくるなんてどういうつもりよ。寝返りを打って枕に顔をうずる。……頭が冴えてしまった。アイツのせいだ。しかたがない、起きよう。
カーテンと窓を開ける。外気がひんやり透き通っている。蒼い部屋。セカイにわたし一人しかいない感覚。でも階下には両親が寝ているし、お向かいさんの老夫婦は早起きだからきっともうテレビでも見ているんだ。それにアイツも……私は軽く頭を振った。あんな寝坊助、それこそこんな時間には存在しないに等しい。
今、少しだけ、わたしとアイツの生きる時間がずれている。寂しくなんてない。アイツと過ごす時間なんて誰かに売り払ってしまいたいくらいなんだから。でも……誰かからもらってしまったこの時間、どうすればいいんだろう。パジャマの前をあけたままぼんやり考え、窓の向こうを雀が横切ったのを見て、ふと、外に出ようと思った。夜と朝のあいだのあいまいなセカイへ踏み出してみよう。
もちろん、早朝だからといって世の中にわたし一人なんかじゃなかった。牛乳配達のオートバイや、ジョギングする人、犬を連れて散策中のご老人などとすれ違って、急に周りが色づいていくのが感じられた。色褪せるのではなく、逆に活気づくのだけれど、それがひどく惜しく思われる。もう少し蒼いままでいて。わたしは伏目がちに歩を進めた。アイツにこんな頭の中を覗き込まれたらどうしよう、と思った。似合わねぇ、って笑われるだろうか。そしてわたしも、いつもどおりにかばん振り回して追いかけるんだろうか。アイツ、青好きなのにな。
アイツの家の前まで来てしまった。公園へ行く途中にあるんだからしかたがない。アイツの部屋を見上げる。カーテンは閉まっている。どうせ布団を跳ね除けて寝こけているに違いない。夢の中にはたぶん可奈先生とかがすごい格好で出てきているんだ。山田がまたヘンなマンガ持ってきてたからなぁ。アイツの趣味だと、由利とか綾乃とか時浦さんとかも出演しているだろう。時浦さんはコンタクトじゃなくて眼鏡で。あたしは……出番なし。
なんというか、いろいろ足りない。別に悔しくなんてないけれど、アイツの夢に出られなくたって……
「何が悔しくないって?」
「ひえっ!?」
飛び上がった。後ろにアイツがいた。
「な、何してんのよこんなところで!?」
「こんなところって、ここ俺ん家なんだけど」
「……あ……」
「お前こそ人ん家の前で何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「べ、別にあたしは……たまたま、たまたま早く起きて! 外に出て、公園行く途中にアンタの家なんかあるから、だから……」
声が揺らぐ。どうしてだろう、私服姿なんていくらでも見ているのに、会う時間がちょっとイレギュラーなだけでこんなに具合が違うものなんだろうか。身長のわりに大きな足、手、最筋肉がついてきたって自慢していた首と肩、シャギーに失敗した前髪、どれもいつものアイツなのに、なんで、なんで動揺しているんだろう、わたし。
「家なんかって言うけど、これでもローン25年組んでるんだぜ?俺の城だ」
アイツが笑う。
「アンタが建てたんじゃないでしょ」
「建てる人と住む人は別だからな。現代は」
沈黙。
「いいよな、こういう時間」
「え?」
アイツがポツリと口を開いた。
「なんでだろうな、わけのわかんねぇ時間に目が覚めちまってさ、もう少し寝かせろよバカヤローと思って布団かぶってたけど、眠気はもう逃げちまってて。根負けして目開けたらさ、なんか、蒼いの」
「…………」
「カーテン少し開いてて、外が見えてさ。なんていうか、外も部屋も、空に浸したみたいで……、何言ってんだろ俺。まあそれで、ちょっと出てみたくなってさ。ひょっとして俺しかいないんじゃないかみたいな、そんな気分味わいたくて。んでも、こんな時間からでも町は動いてて、やっぱりいつもの続きで、なーんだって思って帰ってきたら……」
「あたしがいた?」
「そ」
アイツは笑った。反則モノの、笑顔。
「……アンタさー」
「なんだよ」
「そんな柄にもなくポエマーぶってんじゃないわよ! 似合わないっての!」
肩をバンバンと叩く。
「痛ぇな! なんで怒るんだよ!」
「怒ってないわよ!」
「怒ってるだろ! わけわかんねぇよ、こんな時間でもお前はかわんねーな!」
「アンタだって、どーせ夢で可奈先生のおっぱいに挟まれでもして目覚めたんでしょ!」
「は、はぁ!? なんで可奈先生が出て来んだよ」
「アンタの夢なんて大体想像つくのよ!」
「ついてない!夢に出たのお前だったし!」
「……え?」
手が止まる。
「よく覚えてねぇけど、お前だったのは確かだ。なんか一人でどっかにいて、声かけようと思ったら、目が覚めた」
「……そうなんだ」
「お前、夢の中まで出しゃばってくんのな。せめて起きている間だけにさせてくれよ、お前に付き合うのは」
「つっ……」
頬が熱を帯びるのがわかった。わかってしまった。
「知らないわよ! バカ!」
わたしは踵を返して駆け出した。
「遅刻するんじゃないわよ!」
精一杯の、それが抵抗。
いつもは知らない蒼いセカイを、アイツと共有した。今日一日アイツと過ごす時間が、普段より少しだけ増えた。
別に嬉しくなんてない。明日も早起きしてみようかなんて、思わない。
このころツンデレがマイブームだったので、我もしてみむとてするなりとツンデレSSを投下してみました。それなりに好評だった気がします。最近はあんまりツンデレ、ツンデレ言わなくなりましたね。