真実
『部長は本当に尊敬するべき人でした。部長は本当にいい人でしたよ。部長の笑顔は天使でした』
突然語り始めた裕也さんに、あたしはどうしていいのかわからず、ただ黙って話しを聞いていた。
『部長・・・。今日僕がここに来たのは、今日が僕にとって思いいれのある日だからなんです』
『思いいれ・・・』
相手の言葉を繰り返すように呟くと、裕也さんは微笑んで頷いた。
『今日は4月21日ですね』
『そう、ですね・・・』
最後の日誌の日だということを、あたしはすぐには気づけなかった。
ただ、その言葉にはさまざまな思いが込められている気がして、あたしからは何も聞くことが出来なかった。
『部長と僕の記念日です』
『えっ』
その驚きは日誌を見た後だから来るものだった。
『そんなに驚かないでください。僕みたいな人がつりあわないとでも思いましたか?』
『いえ』
こういう質問は、あたしが部長のことを知っていて成り立つものである。
日誌を見ただけで、部長の細かい性格や容姿がわかるはずがない。
ただ一つ裕也さんが尊敬をしているということだけはわかったのだが・・・。
『部長』
裕也さんはまるで呼びかけているように呟いた。
『僕にはわかります。部長を誰よりも見ていたからわかるんです』
背筋を冷たいものが伝うのを感じた。
どうしてわかってしまったのか。
そう尋ねようか迷ったが、そんなことは聞いても意味がないと思った。
あたしが何とも言わないのを確認すると、裕也さんは一度目を閉じてまた語り始めた。
その話はあたしにも興味深いものであった。
『部長と初めて出会ったのは、僕が入学する前でした。僕には友達がいなかった。
一緒に来てくれる親もありません。学校見学に向かった時、優しくしてくれた人が部長なんです』
裕也さんは一人遠くを見つめながら語り始めた。
『僕はその時に決めたんです。本当は第一志望はここではなかったんです。ただ家の近辺という理由だけで見に来たんです。
それが部長がいたから、僕は迷わずにここの学校に入ることを決めたんです。部長は本当に僕にとっての光でした。
だから部長を手に入れたかったんですよ。だから殺したんですよ』
『えっ』
あまりにもあっさりと吐き出された言葉には、軽い重みを持っていた。
日誌の、部長だけが感知していた事実しか知りえない私にとっては、その言葉はあまりにも想定外であった。
『部長も気づかなかったみたいです。驚いていましたよ。今のあなたみたいに可愛い顔でした』
『なんで・・・』
喉の奥底から吐き出された言葉は、自分が思っている以上に掠れていたに違いない。
裕也さんはそんなあたしの恐怖をも気にしない素振りで、ただただあたしの言葉に首を傾げていた。
その笑顔は天使などとは表せなかった。
『なんで・・・。なんで殺したか。ですか?言ったじゃないですか。部長が欲しかったからですよ。
他の部員を傷つけたのは前章戦ってところでしょうかね』
『欲しい?』
さっきの記念日という言葉を思い出した。
その言葉が思った以上に頭の中を支配していた。
『ええ。部長を手に入れるには和也先輩は邪魔でした』
裕也さんの何の悪びれもない自白に、あたしはもう何も感じることが出来なかった。
ただ、記念日という言葉がどうしても頭から離れず、好奇心からか全ての謎を問いただしたくなった。
『リレー小説』
その言葉に裕也さんはぴくりと反応を示した。
『どうやってみんなを?』
『ああ。その言葉ですよ。その言葉が聞きたかった・・・』
裕也さんは初めて悲しそうな顔をした。
あたしに言われている言葉ではないことはすぐにわかった。
『そうですね。あなたでもいい。いや、あなただからいい。話しますよ』
裕也さんはまた立ち上がって窓の方へ向かった。
あたしは体だけを窓の方に向けて、裕也さんが次に放つ言葉を待った。
『リレー小説の2週目になります。僕は最初に怪我をしました。それはご存知だと思います。
あの怪我は・・・自分でやりました。やり方は想像におまかせします。自分のことはあまり覚えていないというのが事実なのですがね。
次に玲菜先輩のときですね。僕は自分が怪我をしたと言って帰った後に、部室が終わる時間を見計らって玲菜先輩の元に行きました。
玲菜先輩に先にリレー小説を書いてもらったんですよ。何でもいいから、あなたが動かしているキャラクターを車の事故に合わせてくださいってね。
玲菜先輩は何の疑いもなく書いてくれましたよ。こういうときに普段いい子をしていると役に立ちますよ。
その後で僕は頼んであった人に玲菜先輩をはねてもらいました。それが誰かはまた想像に任せておきます。
実際それが誰かとあなたに言ったところで、何の意味ももちませんからね。
次に沙耶先輩ですが、僕は部長達を校門で待ち伏せしていました。その前に沙耶先輩が出てきてくれたのは好都合でしたよ。
簡単に頼むことが出来ましたからね。沙耶先輩は誰の言うことでも従ってくれる人です。
僕がそういう方向の小説を書いてみたいから。って言ったら逆に嬉しそうでしたしね。
沙耶先輩を襲った犯人も、僕が頼みました。
まあ、玲菜先輩の時の人と同じような人なのですが。僕には疑われる予知も、その人達との繋がりを聞かれることもありませんでした。
本当に世の中は甘いと思いましたよ。
玲菜先輩も、沙耶先輩も犯人というよりもリレー小説のキャラクターになった恐怖でいっぱいだったみたいですからね。
だから僕は思いを果たせることが出来たんですよ』
まるで世の中そのものをあざ笑うように話していた裕也さんが、最後の言葉だけは悲しげだった。
後悔している。そんな思いが勝手に伝わってきた。
『あなたは今僕の話しを聞いて軽蔑しているかもしれません。それでも僕はかまいません。
誰になんと言われても、僕はやってしまったのですから。
その事実は今までずっと胸に刻み込んできましたよ。僕は・・・』
『裕也さんは・・・』
後悔の真相を話してあげようかと思ったが、それは誰よりも裕也さん自身がわかっていることだと思い口を噤んだ。
『あなたはいい人です』
まるであたしの言いたいことがわかっているかのように、裕也さんは呟くように言った。
そしてまた、元に戻すような呼吸の違いを感じると、再び話し始めた。
『和也先輩だけは・・・僕がやりました。和也先輩だけは自分の手で終わらせたかったから。
ですが、僕は本当に和也先輩を尊敬していたのです。あなたにはこの事実は伝わっていないと思いますが、部長はこの事実にだけは理解してくれていました。
僕は部長が好きです。だけどそれと同じぐらいに和也先輩のことも好きだったんです。
だからこそ殺す必要があった。和也先輩に身を引けと言えば、あの人は笑顔で身を引いたでしょう。
部長が好きだと言えば、迷わず背中を押したに違いありません。だから嫌だったんです。そんな気を使われて僕が部長の傍に行っても、僕は部長を手に入れられない。
それで僕が部長と付き合っても、部長は永遠に和也先輩のものとなってしまうのです。
結局僕にとって和也先輩は邪魔な存在なのです。存在してはいけないものなのです。
だから・・・』
『でも・・・』
『でも・・・』
何度口を開いても、それ以上の言葉は出てこなかった。
『あなたのように部長も勘が良ければ・・・。と言っても、あの状況で客観的に見ること自体不可能でしょう。
現実部長は狂ってしまったようですしね』
握り締めている日誌を見つめながら、裕也さんは日誌を全て読んだのだと了解した。
一ページに大きく記された部長の思いを見て、裕也さんは一体どう感じたのだろうか。
愛している人。愛し合いたい人が自分の行いで苦しんでいることを、彼はどう感じていたのか。
『部長はこの部活がもっと画期的になればいい。もっと皆が仲良くなればいい。
部長としてもっと部をよくしたい。そうずっと願って、部長の職を務めていました。
今日僕がここに来たのは、あなたを見つけたからですよ』
『えっ?』
『先輩達がいなくなってから二年間。僕には生きている感覚自体がありませんでした。
どうして生きているのか。それさえもわからなかったんです。でも、今日やっとその答えがわかりました』
振り返った裕也さんには、天使という言葉がとても似合う笑顔を浮かべていた。
ああ。部長さんはこれを見ていたのか。
天使はゆったりとした足取りであたしの元へ再び近づいてきた。
その笑顔に惹きこまれそうになっていると、本当に彼の方へ引き寄せられた。
『ああ。ぬくもりは同じだ』
『裕也・・・さん?』
突然の出来事に理解できずにいると、裕也さんはそれが答えだというように言った。
『そこで、今日出会えたあなたにお願いがあります。あなたにしか出来ないお願いです。
部長の、姉の願いを叶えてあげてください。お願いします』
裕也さんはやっぱり気づいていた。
おそらく最初からだろう。
あたしの顔を見て部長と言った裕也さんには、きっと重ね合わせていたに違いない。
だからあたしに全てを告げたのだ。
お姉ちゃんに伝えたかった事実を、せめてあたしにだけでもって・・・。
『これはあなたに預けておきます』
腕から解放されると、一冊のノートを取り出してきた。
そこには綺麗な字で<文芸部 リレー小説>と書かれていた。
裕也さんが大切に持っていた先輩達の形見の小説。
それを一体どうして、あたしになど手渡したのだろうか。
リレー小説をじっと見つめつつ、このノートの中には姉や、先輩達の様々な思いが込められていることを感じた。
『どうして・・・』
そこには既に裕也さんの姿はどこにもなかった。
まるでずっと一人だったかのように、彼の跡は何もなかった。
窓を見つめていた彼が開けたであろうカーテンもきちんと閉められていた。
廊下に出ても、誰かいたとも感じさせぬ静けさであった。
窓の外はもう夕闇に染められており、時間の経過だけがさきほどのことを現実だと知らせてくれた。




