01 最初の朝
いつもの朝だった。でも。ほんの一瞬だったのだけど。いつもと何かが違っていた。
夏休み。
高校生初めての夏休みで、部活は中学でヤメにした。
よく我慢出来たなーと、去年までの俺にちょっと感心。
だらだらと階段を降り、あくび混じりにリビングのドアを開ける。
入るとリビングと逆方向へと歩き、キッチンの奥の冷蔵庫からパックの牛乳を取り出した。
それを飲みながら、焼いてあった食パンを持ってリビングのソファへと歩く。
一歩一歩進めるたびに、裸足がペタペタと音を出す。
「くぁ・・・」
またあくびが出る。
ムニャムニャと目を擦り、リモコンでテレビをつける。
芸能人が何か料理を作っていた。
なんでも夏バテ解消だとか。
俺はそれには興味を示さず、他の番組へと切り替える。
今大ブーム中の芸人がバンジージャンプをしている。
まだマシかな・・・と、それを食パンを齧りながら見る。
ガチャ
ドアの開く音がした。
ちらっと覗き見る。
「あぁ、姉貴」
「『おねぇちゃん』って呼べって言ってるでしょ?」
「おはよう」
「無視すんなっつの」
姉貴だった。
「昔はもっと可愛げがあったのになー」
「俺今何歳だと思ってんの?」
「『和希おねぇちゃん』って呼んでどこまでも着いて来てくれてたのになー」
「・・・・・」
無視返しを更に無視で返し、姉貴から視線を外す。
そしてテレビに集中した。
「ねー浩介」
「あ?」
姉貴に呼ばれて振り返る。
そーいやマトモに姉貴の顔を見ていなかった事に気付いた。
その時に見た顔は、女としては許せない顔の象徴だった。
眠たさと不満を浮かべ、髪の毛はボッサボサ。
目の下にはクマときた。
・・・口元の跡は、よだれだろうか。
「・・・・・・」
俺はそれに思わず溜め息。
「何よー」
「なんでもねー」
俺は
「これが華の18歳の顔かよ・・・」
というセリフの飲み込んだ。
「あたしの分のトーストは?」
「知らねー」
「あッ!しかもお前・・・牛乳まで!」
「育ち盛りなんだよ」
俺はそう言いながら牛乳を飲み干す。
俺、今田 浩介と今田 和希はキョウダイだ。
つっても、姉と弟じゃああんま似てない。
「浩介今日は暇なの?」
「んー宿題今日中に終わらせる予定ー」
「は!?まだ7月中じゃん!つかまだ夏休み3日目だし!」
「俺はねー、姉貴とは違って嫌な事は先に済ましちゃう主義なんですー。嫌いなオカズも先に片付けるんだよ」
それと対照的に、姉貴は好きな事を先にするタイプ。
飯でも、好きな物を先に食って、最後に地獄を見る羽目になるのだ。
俺は空になった牛乳パックを持ってキッチンへ行く。
姉貴は冷蔵庫を漁っていた。
「そんなに開けっ放しだと冷気が逃げるぞ」
「しょーがないじゃーん」
俺は着替えようとキッチンを出る。
「ねぇ浩介」
「ん?」
呼ばれて、姉貴を見た。
姉貴は俺を見てはいなかった。
そして、うつむいていた。
「アンタ、彼女いたっけ?」
なんだろう、と思いつつも、質問には答えた。
「いねーけど」
その答えに、姉貴の顔が、パッと上がる。
「・・・・・そ。なァんだ。夏休み中にラブラブデートでもするモンだと思ってた」
ハハハと笑いながら、姉貴はそう言った。
そう。
この一瞬。
この一瞬だけだったのに。
何かが、音をたてて
崩れていく気がした。