白痴美
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僕には彼女が何を考えているのか見当もつかなかった。そういうミステリアスな所も素敵だと思う反面、彼女はことをもっと知りたいという気持ちもあった。何よりも大きかったのは好奇心だ。ポーカーフェイスにしてはあまりに起伏の少ない表情の裏で、一体何を考えているのかとても興味があった。だから僕はそれが危険な橋だということも忘れて彼女に声をかけたのだった。
「……何?」
どこかつっけんどんな彼女の声に、僕は少しだけたじろいだ。そして、決意固めて声をかける。
「いや、なんでいつも一人でいるのかなと思ってね」
「……」
軽く尋ねた僕に、彼女は小さく俯いて黙り込んだ。瞳を伏せて、眼差しを翳らす。
「放って、おいて」
彼女は短くそう言うと、憂いを帯びた視線を僕に向けた。心なしか怒っているような気がした。しかし、そんな素振りもほんの一瞬で、すぐにもとの無表情に戻ってしまう。
「つれないなぁ。少しぐらい教えてくれたって……」
「嫌」
間髪入れない即答に、僕はほんの少しだけむっとして眉を顰めた。気は長い方だと自負しているが、それでも難しい相手だ。
「まぁ、そんなツンツンすんなって、な?」
そう言って僕は彼女に同意を求めた。すると彼女はさっと立ち上がり、講堂から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと——」
僕は咄嗟に手を伸ばし、彼女を引き止めようとする。しかし、周りの人ごみに邪魔され届かなかった。僕は何だか悔しくなって講堂を出る。そして、必死で彼女の姿を探した。自分でも、なぜそこまで彼女に固執するのか分からない。それでも、視線は確かに彼女を追いかけていた。
「いた……!」
息を切らしてようやく見つけた彼女は建物の裏にいた。僕は意味なく建物の影に隠れ、彼女の様子をうかがう。どうやら、木から落ちた雛鳥を見つけたようだ。普段は見せない驚きをその整った顔に浮かべ、彼女はそっとしゃがみ込む。慎重に雛鳥を手のひらに乗せ、微笑む。その様子に、僕は言い知れない違和感を感じた。僕の中の彼女のイメージというのは、クールで冷静、または冷徹とも言えるようなものだったのだ。しかし、今僕の目の前にいる彼女はとてもそうは見えない。心優しい少女のようだった。僕は彼女に話しかけようか迷い、一歩下がる。その拍子に、足下の小枝が折れて音がした。
「やべ——」
「誰っ?」
転びかけて咄嗟に手をつく。やっと体勢が整ったときには、目の前に彼女の顔があった。恥ずかしそうに頬を赤らめ、ぱくぱくと口を動かしている。
「今、今の、見て——?」
「うん」
僕の返事に、彼女は更に慌てふためいた。もしかして、いつもこの鳥の巣を気にしていたのではないか、という発想が頭をよぎる。そういえばいつも時計を気にしていたし、いつもどこかぼーっとしていて上の空だった。表情の起伏が少ないのはいつも焦っていて話に身が入っていないためか、と、僕は彼女に対する認識を改める。
「いい? 絶対に誰にも言っちゃ駄目よ。約束よ?」
いつもの彼女とは少しだけ違ったその表情と口調に、僕は何となく微笑む。
「分かった、誰にも言わない。かわりに、もうちょっと仲良くしてくんない?」
僕が言うと、彼女は訝しげに眉を顰める。しかし、自分の態度を振り返った素振りを見せた途端納得した顔をしてうなずいた。彼女の手の上では、雛鳥が僕らを不思議そうに眺めていた。
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