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The Three Themes

風見鶏

作者: 黄黒真直

「パソコン」「折り紙」「天気予報」の3つのお題で書いた三題噺です。

 ここ、折り紙王国は全てが折り紙でできている。建物はもちろん、飛行機、車、そして生活する全ての住民たちも、全て折り紙。街には折り紙の侍やイヌ、ウサギが行き交っている。

「今日は良い天気だにゃ」

 家から一歩外に出て、ネコは伸びをした。空は青々とした快晴で、気持ちのよいことこの上ない。

 しかし、天気予報によれば今日は午後から雨だと言う。憂鬱なことだにゃ、とネコは思った。

 ここ、折り紙王国は全てが折り紙でできている故、雨は天敵である。あらゆる建造物、生活必需品は、雨に濡れると使い物にならなくなってしまうからだ。街中にはいくつも地下シェルターが用意され、雨をしのげるようになっているし、多くの家庭が地下に自宅を持っている。そうでなければ、雨が降るたびに家を建て直さなければならないからだ。

 だから、この王国では天気予報が最重要視されている。国を挙げて、天気予報に注力しているのだ。そしてその天気予報プロジェクトの中心にいるのが、風車(かざぐるま)氏その人だった。

「明日は、今日午後の雨が続きますが、午後2時ごろから晴れる予想です」

 風車氏は天気予想のノウハウを身に付けており、天気予報のほとんどを彼が発信している。もちろん、彼の仕事はそれだけではない。新しい天気予報士を育成すべく教育活動も行っているし、水対策として国中に降った雨を最短時間で川に流す下水道を設計したのも彼である。とにかく、この国で最も多忙な人物だ。

「明後日は?」

 国王の兜の御前で、風車氏は恭しく答える。

「明後日は、一日中晴れると思われます」

「ふむ、そうか。よし、発表するぞ!」

 風車氏の天気予想は、すぐさまあらゆるメディアを通じて王国全土に発信される。多くの国民がこの天気予報を信頼し、雨を避けて行動している。


 しかし、問題も大きかった。

「今日も雨だにゃ…」

 自宅の地下シェルターで、ネコがため息を吐く。

「おかしいわねぇ」

 と、妻のツルがつぶやくように言った。

「天気予報では、今日は1日晴れるはずだったのに」

「天気予報だって、たまには外れるのにゃ」

「たまに? しょっちゅうよ」

 ツルは憮然として主張した。

「3日に1日ぐらいは外れてる気がするわ。雨と言ったのに晴れたり、晴れと言ったのに雨が降ったり」

 確かに、よく外れるような気はする。気のせいだ、とも思うのだが、天気予報を信じたばかりに死にかける人が、毎月何十人も出る事を考えると、ツルの考えも正しいのかもしれない。

「こんなに外れる天気予報って、問題よね。何か100%的中する方法はないのかしら?」

 もちろん風車氏もそのぐらい考えてるだろうよ、とネコは思った。

 雨の音を聞きながら、ネコは大きなため息を吐いた。


 事態が一変したのは、それから数日後のことだった。

「王様。こちらをご覧下さい」

 風車氏は、1つの箱のような物を国王の兜に献上した。

「なんだ、これは?」

「はい。このたび我々が開発したもので、パソコンと言います。以前にも、開発過程を何度かお伝えいたしました」

「パソコン…ああ、計算がとてつもなく速いという箱か」

「はい」

 兜はパソコンを持ち上げると、

「して、これで何が出来るんだったかな?」

「的中率100%の天気予想ですよ、王様」

 風車氏は手にした資料を兜に渡し、パソコンについて説明を始めた。兜も初めは胡散臭そうにしていたが、次第に納得し始め、最後には風車氏を賞賛するに至った。

「素晴らしいではないか、風車氏」

「お褒め頂き、ありがたく存じます」

 風車氏は恭しく頭を下げた。

 それから早速、パソコンの導入が始まった。風車氏たちの仕事場にはもちろん、王国内の各市町村にも次々と導入されていった。その影響は計り知れないものがあり、パソコンの存在はすぐさま全国民に知れ渡った。

 毎月何十人も出ていた雨による死傷者が毎月何人に減った頃、「風車氏に、折り紙国王賞授与」のニュースが、各メディアをにぎわせた。

「スゴイのにゃ。この国で最も栄誉ある賞で、最後に授与されたのは200年前らしいのにゃ」

 ツルも「もっとスゴイ賞でもいいかもしれないわよね」とはしゃいだ。

 全国民が、風車氏とその同僚たちの偉業を称えていた。


 しかし。

 雨による死傷者が毎月何人から毎年何人に変わる頃、風車氏に衝撃の言葉が告げられた。

「解雇…!?」

「そうだ」

 兜が厳かに言う。

「我輩としても避けたかった事態なのだが、仕方がない。天気予想は全てパソコンが行うし、その予想は100%に近い。しかもパソコンの操作は誰でも簡単に出来るように改良が加えられた」

「それは…その方が、誰でも天気予想が出来て良いと思ったから…」

「うむ。本当に誰でも天気予想が出来るようになった。つまり、風車氏でなくてもよくなってしまったのだ」

「私は用済みなのですか」

「………」

 兜は風車氏から視線を逸らすことなく、

「端的に言うと、そうなる」

 はっきりと伝えた。

「申し訳ない。我輩としても何か良い方法がないかと考えたのだが」

 兜は本当に申し訳なく思っているようだった。風車氏にもそれは伝わり、そのことが逆に、彼が憤りの矛先をどこに向ければいいのか、わからなくさせた。

 一体誰のせいなのか。パソコンのせいなのか。しかしそれを作ったのは紛れもない自分自身なのだ。自業自得だ。

 どうしようもない。

 こうなってしまっては、どうしようもない。

 国民たちはすっかりパソコンにも慣れ、風車氏の偉業など忘れている。

 風車氏はパソコンを開発したが、そもそもそれは、自分の天気予報があまりにも外れるからだ。

 今頃、国民たちの感覚では、風車氏は「パソコン開発者」ではなく「外す天気予想士」になっているだろう。

「これから私はどうしたら……」

 あと30分後には雨が降る。パソコンの予想を裏付けるように、空は一面雲で覆われ、湿った風が風車氏の風車を回した。


 風車氏の苦悩を他所に、国民たちは雨に怯えることのない、気ままな生活を送っていた。

 そして誰もが風車氏の偉業など忘れ去った頃、それは起こった。

「あれ、雨だにゃ」

「ウソ。今日は1日降らないはずよ?」

「じゃあ気のせいかにゃ?」

 ネコが空を見上げる。パソコンの導入以来、天気予報が外れたことは一度もない。曇り空で雨を心配したのもいまや昔、天気予報が雨は降らないと言えば、雨は降らないのだ。

「…あら、でも本当に雨のようね」

「やっぱり…やっぱりそうだにゃ! 急いでシェルターに入るにゃ!」

 周りの折り紙たちも、パラパラと雨が降ってきていると感じていた。しかしその多くが気のせいだと思い込んでいた。天気予報を信じきっていたのだ。

 だがネコの一声で自分の感覚が間違いではないと気付き、一斉にシェルターを目指して駆け出した。

 街は一気に、パニックに陥った。

 すぐに雨はパラパラからザーザーに変わり、土砂降りになった。シェルター内に不安と不満が募った。

「なんだ! 天気予報が外れたぞ!」

「これは夕立か? 夕立は予想できないってのか?」

 事態を聞きつけた兜はすぐに現地に調査員を派遣し、原因究明に当たらせた。

 初めは天気予報の読み間違いが疑われた。しかし、すぐにそれは誤りだと判明した。今朝パソコンが出した予想は、確かに1日曇りだった。

「10日後ならいざ知らず、10時間後の天気をパソコンが外すわけがないであろう!」

 兜は再調査を命じたが、何度調査しても結果は同じ。パソコンのミスだ。

「どうしてこのようなことが起こった?」

「現在のところ、全くわかりません!」

 兜たちが混乱する中、同様の事件が王国各地で次々と起こり始めた。

 パソコンが壊れた。

 それが明らかな原因だった。

 事態が全く収拾を見せない中、兜は1つの妙案を思いついた。

「そうだ、風車氏を捜せ! そもそもパソコンを作ったのは彼だ。彼なら解決できるはずだ」

 すぐに王国中のメディアを通じて、彼の捜索が始まった。1度は全国民が顔を覚えた人物である。捜し始めれば、見つかるのは早かった。

 国民から忘れ去られ、浮浪者のようになった風車氏が、兜の御前に現れた。

「風車氏、なんと言う姿に。本当に、申し訳ない事をした」

「そんなことより、私は何故呼ばれたのですか?」

 どうやら、風車氏は何も知らないようだった。兜は事の次第を掻い摘んで説明すると、風車氏の反応をうかがった。

「つまるところ、私にパソコンを直して欲しいと」

「そうだ、そういうことだ。やってくれるだろうか?」

 風車氏は複雑な表情をした。

 これは喜ぶべき事態だ、と風車氏は考えた。また仕事が出来る。必要とされる。

 同時に、煮え切らない思いが募った。

 相手は一度自分を捨てた者たちだ。彼らを救えというのか。自分のことは助けてくれなかったのに! 追放されてから今日まで、自分がどんな生活を送っていたか知ってのセリフなのか。

 考え始めると、仕事が出来る喜びよりも、怒りの方が増していった。

「………私には、無理です」

 震える声でつぶやくと、王室を飛び出して駆け出した。兜が後ろから呼ぶ声がしたが、構わず城の外へ飛び出した。

 空は曇っていた。

 パソコンは1日晴れと言っていた。

 雨が降ってきた。

 風車氏の体が濡れる。

 すぐに風車氏は倒れ、意識を失った。


 目覚めると病室だった。体の節々が痺れる。風車氏は何とか上体を起こした。

「あら…目覚めたんですね。よかった」

 ちょうどドアを開けた看護師が、ニコリと笑いながら歩み寄ってきた。

 壁の電話でどこかに連絡する。それを終えると、風車氏の枕元に椅子を寄せて座った。

「初めまして、風車さん。あ、わたし、ツルって言います」

 ツルは風車氏をベッドに横たえると、

「風車さん、わたし、あなたにとっても感謝しているんですよ」

 どういうことです、と尋ねようとしたが、声を出すこともままならない。なるほど雨は危険だな、と風車氏は思った。

「この仕事をしてると、雨が降るたびに患者さんが運ばれて来るんですよ。毎月毎月何十人も。…でも、それは昔の話。今はそんなことないんです。風車さんがパソコンを作ったから」

 雨による死傷者が激減したことぐらい、風車氏も知っていた。そしてそれは、風車氏自身も喜んだことだった。

「国王賞を受賞してましたよね。わたしは、もっと凄い賞でもいいと思ったんですよ。だって、風車さんのおかげで本当に患者さんが激減したんですもの」

 自分は何がしたかったのか。天気予報で人々を守りたかった。だからパソコンを作った。そして成功した。

 ツルが深々と頭を下げて言った。

「本当に、ありがとうございます」

 守りたかった人から直接お礼を言われたのは、これが初めてだった。


 それから、風車氏の第2の人生が始まった。

 パソコンが壊れた原因は、使い続けたことにより各部品が傷んだことだった。

「これを防ぐには、定期的なメンテナンスが必要です」

 と風車氏は訴え、彼は天気予想の仕事から一転、各地のパソコンのメンテナンスを手がけることになった。

 パソコンは全国各地にある上に、その仕組みを熟知しているのは、この国では風車氏だけだ。彼はパソコンのメンテナンスに加え、新しい整備士を育てるべく新人教育も行い、パソコンの更なる性能向上のための仕事も始めた。

 風車氏は再び、この国で最も多忙な人物として名を知られるようになったのだ。

 晴れ渡る空の下、カラカラと風車を回しながら彼はつぶやいた。

「一時はどうなることかと思ったが、明日は明日の風が吹くのだな」


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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