第8話 累の過去
綺羅を連れて累はなんとか教室に到着した。
「…なぁ、あの黒須って奴となんかあったの?」
さっきぶりの綺羅の目には曇りがあった。いつもの輝かしい笑顔はどこへ行ったのやら…。
(――なんか話せるような気がする。月詠なら)
なぜか累の脳裏にはそんなことがよぎった。累は綺羅のことをあまり知らないはずなのに…。
「…わかった。全部話す。――だが、絶対に広めるなよ。」
累の目は見上げているのに真正面から見られているような、鋭い目だった。
*****
――中学時代
私は当時、演劇部に入部していた。理由は演劇部の先輩の姫の演技に心惹かれたから。
でも、入部すると真っ先に言われたのは――
「君気合い入ってんねぇ。いきなり女装なんてしちゃって。」
「あの、私女子なんですけど…。」
あまりにもショックだった。今思い返せば、あれが初めて”男子と間違われた発言”だったと思う。
「…あっ、ごめんね。顔がさ、ボーイッシュって言うか何というか。」
(…微妙なオブラートの包み方、というか包んでない)
失礼なコメントは演劇部で初めて山のように浴びせられた。「この場で退部してほしい」と言うような雰囲気だった。私の目から涙があふれそうになったそのとき――
「…やめろよ。この子に失礼だろ。」
金髪がかった茶髪の男子が声をあげた。その鶴の一声でピタリと発言は止んだ。
その子は私に向き直って手を差し伸べた。
「お前面白いな。俺は黒須北斗。お前は?」
「…に、二階堂累です。」
私は人とあまり話した経験がなかった、今もなんだが。だから敬語で話していたんだが黒須は気にしてなかった。それから中学初めての友達として黒須と仲良くなった。
「二階堂、今日の部活は休みだってよ。」
「そうなの?ありがとう。」
「黒須君、今度駅前の図書館でテスト勉強しようよ。二人だけで」
「…えっ?もうそんな時期?あー二階堂いてホント助かったわ。」
「…もう授業中に漫画読んでるからでしょ?」
「うわぁ優等生発言www」
「…ちょ、笑わないでよ~」
こんな感じで仲良しというか気づけば恋人未満の関係になっていた。黒須とならどんな障害でも乗り越えられるような気がしてたまらなかった。
――でも、そんな関係は2年生の夏にあっさり切られてしまった。
その日、演劇部で自分の役が全て男性であることに私は不満を感じていた。中学の演劇部は3年生がいなくて、リーダー的存在の黒須が部長を勤めていた。だから、私は思い切って黒須に話した。今まで仲良くしていた、優しくて信頼できる黒須だから言ったのだ。彼に会う前の私ならとっくに心を閉ざしていただろう。
「…ねぇ、北斗。私もさ――」
「…つまり、お姫様とかやりたいってこと?」
黒須の冷ややかな目が私の視界に入った。あんな目をする黒須は初めてだった。でも、私は黙って首を横に振った。
「ふーん、お姫様じゃなくてもいいから女性の役もやりたいって?」
「…うん」
私は絞り出すようにして頷いた。その冷たい目の奥に私の好きな北斗がいると思っていたから。
「無理だろ、その顔で」
「へ?」
全く彼は悩まなかった。即答したのだ。そのナイフのように鋭くて冷酷な目で。
「あのなぁ、今うちは大会目指してんの。だから個人の意見なんて要らないんだわ。」
そう言って黒須が取り出したのは『全国演劇ジュニア大会』と書かれたパンフレットだった。
そのときから悟ったんだ。
――もう私に味方はいない。黒須北斗は二階堂累を”ただの道具”としか見ていないんだって。
「…もういいよ。北斗――いや黒須君とはもう縁を切るから。」
「…なっ⁉お、お前さ漫画みたいな恋とか理想を押し付けすぎなんだよ。もう少し現実を――」
うろたえる黒須を私は躊躇なく切り捨てる。その言葉には苛立ちがこもっていた。
「あーそうですね。あなたのおっしゃる通りでございます。では私はこれにて。」
「おい待てよ!累!」
そのとき初めて黒須は私のことを下の名前で呼んだ。でも煮えくり返るような怒りが私を襲った。
その足で、私は『高校受験で忙しくなるので』と言って顧問に退部届を出した。誰も悪者にしたくなかった。それから黒須とは距離を置いて視界にも入れなかった。
そのまま中学を卒業した。
*****
「――というわけなんだ。」
累は何もかも話した。このことはゆりにも言ったことがない。
(ゆりは広めたがる癖があるからな…)
綺羅はしばらく黙っている。その硬い口はすぐに開かれた。
「…それって二階堂も悪いよな。」
綺羅の言葉は累が納得のいく答えだった。
「そうだよな。私が理想を求めすぎたのが全ての原因だ。私が抜けて元からギリギリだった部員数が基準を下回って3年になった頃には廃部になってたからな。完全な迷惑行為だ。」
「これはどっちも悪いよなぁ。」
綺羅の眉間にしわがよる。累は胸の奥の霧が濃くなるのを感じた。
「…ありがとう。もうすぐ授業だ。体育だから急がないと」
「あっ、やっべ!走ろう」
「…おい、廊下を走るな。ガキでもわかるだろ。」
「…あ、はい。すみません。」
二人は慌てて窓に雨が激しくぶつかる中、廊下を早歩きしていった。
※この物語はフィクションです。




