第7話 心の古傷
翌朝、累は一人で教室へと繋がる廊下を歩いていた。雨のせいで校舎が全体的に暗い。
(…今日は普通に授業で、放課後に昨日の配役決め…。)
累がバッグから黒いスケジュール帳を取り出していつものように日程を確認していると…。
――ドン!
「――グフッ!」
突然、背中に衝撃が伝わり、累は肺にたまっていた空気を全部吐き出してしまった。体も若干前のめりになり、片足でバランスをとる。
――振り返ると、綺羅がいた。
「あ、ごめんな。驚かせるつもりはなかったんだ。」
綺羅は申し訳ない顔で両手を合わせていたが、累は冷たい目で綺羅を睨む。
「…嘘つけ。だったら黙って後ろから背中を叩かないだろ。」
「やっぱバレるか…。」
「当然だ。」
綺羅は自分の頭の後ろに手を添えて輝かしい笑顔を浮かべていた。その様子に累はため息が出る。このとき、累は綺羅の身長が自分より高いことに肩をすくめた。
(…背、高いな。何思ってんだ、私。ずっとわかってたろ。相手は男子だぞ。)
累は自分の気持ちの解析ができなかった。
沈黙のあと、綺羅が口を開いた。
「…そういや、二階堂ってさ。言葉遣いが…何て言うか、変わってるよな。」
(は?今更かよ。)
累は綺羅の問いかけにツッコミたかったが、我慢した。
累は一瞬、中学時代の演劇部のことがよぎったが、首を横に振って決意を込めて話す。
「…昔はゆりのように話せてた。でも、中学のとき――」
――そのときだった。
「よぉ!二階堂、この高校だったんだな。」
累と綺羅の前には金髪がかった茶髪の短髪にピアスをばっちり決めた褐色の男が立っていた。制服は着崩していて綺羅と同じ背丈のはずなのに筋肉質な体で大柄に見える。
「…っ!ぶ、部長」
累は思わず声を出した。しかし、その声と体は震えている。
「なんだ?二階堂の知り合い?」
訳のわからない綺羅は累に問いかけるも、累は下を見たまま黙っている。綺羅からは見えなかったが、このときの累は追い詰められた顔をしていた。
見かねた男は言葉を継ぐ。
「初めましてだな。俺は黒須北斗。中学時代に二階堂の入っていた演劇部に所属してた。今じゃ二階堂の隣のクラスだ。」
「…あ、ニーハオ。俺は月詠綺羅。二階堂のクラスメイトで、友人…。」
綺羅は累の怯えた表情に気づいていた。
(…この黒須って人となんかあったのか?)
そこでふと先ほどの累との会話を思い出す。
――『…昔はゆりのように話せてた。でも、中学のとき――』
(”中学のとき”?黒須も中学時代から関係あったみたいだし…。なんだ?)
綺羅の頭の中はグルグルしててなかなか点が現れない。
「…二階堂、そのマスクと手袋なんだ?中二病かよ。」
北斗はお構いなしに累に話しかける。累の心臓は高鳴っていたが冷や汗が止まらない。
「…お前には関係ないだろ。」
「その言葉遣い、まさかあのときのこと、まだ引きずってんの?」
北斗の顔はふざけた感じから急に引き締まった顔になる。
「…あんときは悪かったよ。俺も自己中だって気づいたからよ。」
「…だから?」
累は拳を握って北斗をにらみ返す。
間髪の沈黙も入れずに累は綺羅の手を引っ張って北斗の横を早歩きで通り過ぎた。
「おい、二階堂!今日の昼休みに屋上で待ってっからなぁ⁉」
「…」
累は黙って歯を食いしばり前を向いたままひたすら歩いた。
――そのときの綺羅の表情を知らないまま…。
※この物語はフィクションです。




