第4話 いきなりの休日
始業式の翌日、休日だった。
まだ朝早く表も薄暗い頃、目覚まし時計が鳴って綺羅はベッドから起きた。
綺羅はすぐにスマホで昨日の累のチャットを読む。その目は寝起きと思えないほど開いていた。
――『勘違いしているようだが明日は休日だ』
『月曜から授業が始まるから忘れ物するなよ』――
「…二階堂と友達になれてよかったぁ」
綺羅はその内容を読み返すと高揚感に満ち溢れた。
文面の向こうの、頬を赤く染めて鼻の下を指でこする累のささやかな親切さが綺羅にはわかった。
綺羅は自分の部屋から出るとすぐに顔を洗って青いスポーツ用のジャージに着替えた。頭には黒いヘアバンドがある。そこまで地味ではないが、華美でもない丁度いいデザインだ。
冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出して飲むと玄関の使い込まれた白いスニーカーを履いて勢いよく外に飛び出した。足を伸ばして準備運動をすると思い出したように玄関の鍵をかける。
「よーし、この町に来て初のジョギングだ」
まだ吐く息が白く、体に自然と力が入る。
綺羅は輝かしい目で意を決して自宅を走り出した。
途中の最寄り駅にさしかかったとき、綺羅は見覚えのある顔を見て声をかけた。その顔は綺羅を自然と笑顔にさせる。
「ニーハオ!二階堂、ここで何してるんだ?」
駅前のベンチに座っていた累はその声に一瞬悪寒を感じたがいつものクールな笑顔を作って手を手首だけで振る。
累は前のボタンを閉めた黒いロングコートに赤いキャップ帽から一本に束ねた髪を出し、さらに薄いグレーのジーンズと大人びた光沢のある黒い革靴を履いている。
もちろん、黒いマスクと黒い手袋は欠かさない。
遠くからは大学生の男性に見えそうだが綺羅の目はたとえ寝起きでも誤魔化せなかった。
累は綺羅の格好ですぐに彼の目的を推察し、わずかに口角を上げる。
「…あぁ、おはよう。ジョギングか?月詠」
「まだ綺羅って呼ばないのかよ。――って、ん?」
綺羅は累の左手のリードに視線が止まった。その先には赤いバンダナを首に巻いたマイクロブタがいた。
「…なんだよこれ⁉子豚?」
綺羅は町中で累が豚を連れていたことに心底驚いた。
そんな綺羅をよそに累は顔色を変えずにマイクロブタを撫でる。
「こいつは私のペットのマイクロブタのポアロだ。私が中学に入った頃から飼っている」
綺羅の口は開いたままふさがらない。
「…なんだ、私がペットを飼ってるとおかしいか?」
累はキャップ帽のつばを持って視線をそらす。
そのあと、立ち尽くす綺羅を見て累はベンチの端の方にずれる。
「まぁ、座れ。この町には慣れたか?」
累がポアロを抱きかかえてベンチの空いたスペースに手を軽く添える。綺羅は笑顔で「ありがとな!」とベンチにゆっくり座った。
「…あれ?あの二人友達かな?」
「週末の朝だもの。きっとそうね」
辺りの視線が累に少しだけ安堵をもたらす。
(普段からよく男子と間違われるが…。今日はそれが返って変な目で見られなくていいな。)
綺羅は累に熱い視線を送る。その綺羅に累の背中には冷や汗が伝っていた。
(――ち、近い…。)
「二階堂、町はまだ慣れてないけど今日はお前に会えて本当に嬉しいよ。」
(…さっきの問いかけの答えか。それなら私も…)
「私も、休日に会える友達はゆりくらいしかいなかったから嬉しい。」
累の顔にはわずかな笑みがあった。今までは累の笑顔はかっこいいと称されていた。
――しかし、綺羅は…
「二階堂の笑顔はこの世の誰よりも可愛いな。」
「俺、すごく幸せだよ!」
綺羅の顔には他の男子のような嫉妬ではなく、この上ない幸福感で輝いていた。
「…なっ⁉か、可愛い?」
累の顔は昨日と同様にとても熱くなる。気が付いたら自分の顔の前にポアロを綺羅に差し出していた。
「…ぽ、ポアロを、な、な、撫でてみる、か?」
(…なぜだ。ろれつが上手く回らない。)
「いいのか?俺、マイクロブタなんて初めてだ!」
綺羅は満面の笑みを浮かべてポアロを抱っこして撫でる。彼とポアロの顔を見ると見ている累まで幸せな気持ちになる。ポアロのリードを握った手により一層力が入る。その痛みが累には伝わっていたがなかなかその手を緩めることができなかった。
(…なんとかこいつを私から離さないと、あの連中がな…。――そうだ。)
「月詠、お前はクラスでかなりの変わり者だ。」
「…え?」
累は綺羅の困惑した顔にマスクの下で口角を上げる。
(…ふっ、かかった)
累は足を組んで胸を張り、淡々と話す。
「なにせ、私と仲良くしたいんだからな。」
そして、わずかに目を細める。
「…私はいずれ必ずお前を不幸にする。注目に限った話じゃない。これだけは覚えとけ。」
累は内心ガッツポーズを取っていた。でも、それを微塵も表情には出さなかった。
今の累はどう見ても"上から目線の嫌な俺様男子"だ。これは累が編み出した人と距離を作るための手段である。これには累特有の深い理由があるのだが、それは後日お話しよう。
累の心の奥底には悪魔が確かに宿っていた。
――ピピピ…
累のスマホのアラームが鳴って累はポアロを呆然としている綺羅から奪い取るように抱きかかえて立ち上がった。その目にはわずかな涙があった。
(…もう、いいんだ。これでこいつも私から離れれば…)
累はベンチに座った綺羅に背を向ける。
「…じっくり考えろ。私のことを思う存分妬む前に…」
累は重い足取りでその場をあとにした。
※この物語はフィクションです。
この物語で登場する"マイクロブタ"ですが、こちらは法律上、保健所に届出が必要です。本来は未成年の累でも飼育は不能ですがそのあたりはフィクションなので目をつむってください。
もしも飼育を望むのであればご自身で調べてください。




