第2話 透き通ったスカッシュ系の男子、月詠綺羅
――教室に一人の男子がやってきた。
クラス全体は彼に視線を向ける。二階堂累も本越しに僅かに視線を向けた。
その男子は茶色の短髪でバスケでもやっていたのではないかと思うほどの高身長で顔も整っている。浦島高校の赤いネクタイのスーツ型の制服もよく似合っている。さらに太陽のせいか瞳が輝いているように見える。彼は黙って黒板に向き直りチョークで『月詠綺羅』ときれいな字で書いて前を向いた。
そして、息を吸って教室全体に通るようなはっきりした声を出した。
「ニーハオ!今日から転校してきました!月詠綺羅です。"あきら"じゃないぞ?"きら"だ!」
累は綺羅の様子を見て思わず視線を窓に向けた。
(……ぐっ、まぶしすぎる…っ!こういうの苦手なんだよな…)
累はできる限り綺羅とは距離を取ろうと思っていた。綺羅の席が累と結構離れていたので累は内心安堵していた。
――そして、始業式が終わると放課後になった。
綺羅の席に男子が集まっていた。その中に若干茶髪の小柄な男子の井上煌がいた。
煌は去年の累のクラスメイトであり、高校の『絶対告白したい人ランキング』で2位のナルシストである。もちろん1位は累であった。
煌は綺羅に我先にと話しかける。
「僕は井上煌。この浦島高校で2番目の王子様さ。」
「初め『ニーハオ』って言ってたけど、中国にでもいたのかい?」
綺羅は煌のナルシストさに驚いたが、すぐに機転をきかせる。
「…いや、ずっと日本だよ。でも挨拶のときは『ニーハオ』が落ち着くんだ。」
累は自分の席で先に帰る支度をしていた。そして、いつものようにゆりを誘おうとしたとき――
「やっほー、月詠君!私は早乙女ゆりだよ。それであの窓辺の黒マスクの子が私の大親友の二階堂累だよ。」
(ゆり、後で覚えとけよ……)
累の手は手袋にしわが寄るほど強く握られていた。
累の予想通り、煌が嫌な顔をしてわざわざ大きな声で綺羅に話す。
「…あいつはね、この僕よりモテる――つまりトップクラスの王子様さ。」
「…この学校は男もセーラーを着られるのかよ⁉」
綺羅の累を見た反応も累にとっては想定内だ。よく男と間違われるのは累のコンプレックスの一つだ。
ゆりは腹を抱えて笑って修正する。
「違う違う!…あはは、おかしい。累はボーイッシュだけど女の子だよ。」
(…ゆり、今笑っていい空気か……?)
このとき累は腹の中の溶岩が噴火しそうなほど怒りに燃えていた。そして、支度を済ませて席から立ちあがり、話し合うためにゆりを誘おうとした。
(…どうせあの月詠とかいう奴も私を毛嫌いするだろ)
累はもはや体の力が抜けていた。逃げる気力もわかなかったのだ。
累が綺羅の方に目をやると綺羅は下を向いて黙っていた。僅かだが体も震えている気がする。
累はそれを確認すると席に座り桜を眺めるフリをして綺羅の口から出る悪態を聞こうと思った。元はと言えば、ゆりのせいだが、もうここまで来ると聞かないで帰った方が印象を悪くする。
(…早く言えよ。なんだ?)
(『転校して早速モテ期を奪われた』か?それとも単純に『気持ち悪い』か?)
あれこれ考えていたが思わず累はため息を漏らした。
(どれも別の男から山ほど聞いてる。悪いが今の私にどんな痛烈な一言も響かん)
――ついに綺羅の顔が上がって固く閉ざされた口が開く。
(…来るぞ)
累は酷い言葉だと思っていたので、大して身構えていなかった。
「通りで可愛いわけだな!是非とも仲良くなりたい」
綺羅は一点の曇りもない笑顔だった。
一瞬、教室が静まり返った。どうやらクラスの皆も累と同じ考えだったらしい。
「――はぁぁぁああああ!!!!⁉」
累も含めた大きな声が教室、いや廊下にも響き渡った。すかさず煌が綺羅を問い詰める。
「なんで悪く思わないんだよ⁉」
「悪く?どうしてだ?こんな可愛いのに」
「そこだよ!今まで誰も二階堂を"可愛い"だなんて思ったことなんてないんだ!」
綺羅と煌の会話にゆりが小さく「私は思ってるよ…」と何度か言っていたが、二人にはこの際どうでも良かった。
綺羅の言葉を聞くと累は無意識に鞄を持ち教室から出ようとした。
(……今のは幻想だ。きっと気を利かせたんだ)
しかし、累の肩にポンと手を置かれた。振り向くと笑顔の綺羅がいた。
(…まずい、捕まった)
累の背中には冷や汗が流れていた。さっきの一言からどう来るのか全く読めなかった。
「今日は一緒に帰ろうな。近所のカフェにでも行こう。」
累はその言葉に困惑した。
「…それは、悪口として受け取っていいのか?」
「悪口?そんなわけないだろ?俺はもっと二階堂を知りたいんだ。」
累は深呼吸をして少し考えて冷静になる。そして、いつものクールな累に戻る。
「…それなら、ゆり――早乙女も誘っていいか?ゆりもお前を知りたいそうだ。」
その累の冷静な答えに綺羅は一瞬言葉を探した。
「…えっ⁉まぁいいが…」
累はこのあとゆりの「あちゃ~」という顔を綺羅の後ろから目視した。しかし、今の累にはその理由がわからなかった。
それよりも累はゆりにさっきまでの己に対する態度についてきっちり話しておきたかった。
(…ただで済むと思うなよ…?"親しき中にも礼儀あり"って言葉を教えないとな)
累は影の落ちた笑顔でただゆりを見ていた。
――そのときの綺羅の気持ちを知らないまま……。
※この物語はフィクションです。




