水中に佇む要塞
雨は土砂降りで、プルーリがどこか気持ちよさそうだった。スライムは水を吸うと気持ちいいのだろうか。シップと俺はすっかり仲良しで、雑談を聞いたり話したりを繰り返していた。
「今度は弟のフラッグの話なんですけど」
「うん、それでそれで?」
「男の子は思えないくらい可愛くて…みんなから、女の子と間違われるんですって」
シップが兄弟の話を続けている。おかげで俺は指文字をマスターしていた。この世界でも手話の類は通用するんだな。
「へー…会ってみたいなぁ…」
「あぁ…フラッグは6歳でガールフレンドがいて、将来結婚して、一緒に王と女王を目指すそうですよ」
「いつか世界9大王国に変わるかもね」
俺も話を振ろうとした。シップと俺以外は全員寝ていたので、小声で。
「そうなってくれると嬉しいですね! 自分の弟が王だなんて誇らしいですよ! フフフッ…」
「アハハ…そうですね」
俺は、シップに、俺がフェロウ王国の王だということをなんとなく伝えたくなかった。シップを悲しませてしまうと思ったからだ。さて、この段階で話を振るとしよう。少し緊張するな。
「最近トランプ買ってさ、800チャリンで買ったものなんだけど、頑丈だし、4セット入っているから使い勝手がいいんだよ」
「へー、800チャリンで4セットのトランプはお得ですね」
「そうなんだよ…いい買い物したわ……それでさ…」
俺は、思っているよりも長時間にわたって話していたようだ。まだフェロウ王国にはついていないがな。疾風迅雷でアルデスト諸島まで来たが、とんでもない距離だったことを今初めて知った。
「ん? ていうか、シップ」
「どうしたんですか?」
俺は、慣れた指文字を使ってそう表した。
「前のあれは何?」
「……え? あっ…ちょっ! やばいですやばいです! 今すぐ衝撃に備えて! 非常食と、ガード魔法の用意と…と、とにかくやばいです! 巻き込まれるー!!」
シップは語彙力をなくしていた。竜巻を前にしたからだろうか…顔が青く、声を発していなかった。それは俺もだ。
「竜巻が来ます!」
「瞬間移動が7人分も使えない…あっ…もう来るー!」
俺たちは、竜巻に流されてしまった。体温が下がっていく、背中が寒い、ついさっきまで意識がなかった、なにより、皆がいない。そう、俺たちは気づけば水中にいたのだ。俺たちはバラバラの場所に飛ばされた。水中にいるのは間違いないだろうがな。
背中に何かがぶつかったり。海底か? それよりも疑問だったのが目を開けることができたことだ。
「あれ…? 息ができるし喋れる…というか普通の建物の中みたいだ!」
俺がいた場所は、建物だった。建物が広すぎて、俺が勝手に水中だと思っていただけなのだ。もしかして、皆この建物の中だったりしてな。
「とにかく探索してみるか…」
俺は、この水中要塞を探索することにした。俺が最初に見つけた建造物らしきものは、マリンパワーというものだ。
「マリンパワー? ステータスを見ようとする時みたいな感覚があるな…もしかして…マリンパワーという建造物について知れるのだろうか…やってみよう」
俺は、ステータスを見ようとする時と同じように、全身にぐっと力を入れて"知りたい"と強く念じた。
「あっ! できた! えっと…なになに? "マリンパワーは水中要塞で呼吸と歩行を許すための建造物で、衝撃ダメージ軽減以外の効果が地上と同じになります"と…こんな水色の丸1つにそんな力が…?」
"鑑定"の魔法ではないから詳しいことはわからなかった。だが、マリンパワーがなくなると、普通の水中と同じような感覚になるらしい。俺が次に見つけたのは、水中兵器たちだ。
「水中兵器? 3体いるな…アルヴェシア、ダガーナイフ、フィアサルトと書いてある…多分名前だな」
俺は広大なこの建物を歩き続けた。あと1つの建造物を見つけたのだが、それ以外は見つからなかった。せいぜいあるのは、海藻や珊瑚、サラサラした砂くらいだ。あと1つの建造物というのは、マリンパワーキャロットの種というものが入っていた宝箱だった。
「この宝箱、やけに大層だな…ただの野菜の種…いや、貴重なものなのか?」
俺は、魔法を使ってこの野菜を育てることにした。仲間も見つからないし、家を建てて水中生活をするか。要塞の中に家を作る……なんだか変な感じだな。
「魔力は満タン…最低限の木の家を材料なしで作るなら、俺の万物創造魔法Lv5では…10分の5(2分の1)くらいの魔力を消費するだろう」
まぁ、でも、とりあえず実行した。最低限の木の家と、野菜を育てるための土を作るために、10分の8(5分の4)の魔力を使った。
「魔法:万物創造! ふう…これでいいだろう」
家の中はベッドと額縁と本棚の上に観葉植物が置いてあった。俺は外に出て、土にマリンパワーキャロットの種をやさしく丁寧に植えた。
「今日はもう疲れたな…天井は暗いし、そろほろベッドで寝よう……うわ、ベッド広っ! 2人寝れるぞ…?」
ふとアームウォッチを見ると、今の時刻は午後11時だった。すぐに寝たが、随分と長い時間寝ていたようだ。内容が濃い夢を見ていたせいだろうか。
<夢>
「ん? ここはどこだ…?」
辺りは草と木と花しかなく、じめっとした不気味で、暗く冷たい空気感が漂っていた。俺は、黙って歩くことしかできなかった。
「誰もいない…退屈だ」
俺は、ここを夢だということを知っていた。いわゆる明晰夢というやつを見ていたのだ。
「魔法が出せない…疲れも感じない…怖いな…」
俺は、この森のような空間に嫌悪感を覚えた。進んでも進んでも同じ景色で、歩いているのに疲れが溜まらない。一周回って気持ちが悪かった。
「モンスターもいないし…この夢は何だ? 食欲がない…当たり前だけど睡眠欲も」
俺は、仲間とシップのことが心配でしょうがなかった。まだ生き延びてくれているだろうか。
「プルーリは心の奥底で俺のことを心配してくれてるかな…ショコラは俺に抱きついて泣くのだろうか…タクリカルはすぐに俺の護衛に回ってくれそうだ…ラティスとプレスはもう合流してくれているといいな」
俺は仲間がいないとこんなに何もない空っぽな存在なのか。いや、人は誰しも人との交流がないとうさぎのように、寂しさで死んでしまうのだろう。
「ん? あれは…」
俺の瞳には、人の姿が映った。奇跡かと思って思わず走り始めてしまった。距離が遠い。でも確実に近づいている。俺は目の前の人にたどり着くことだけを第一目標としていた。
「あれは間違いない! 絶対に人だ!」
独り言が止まらなかった。疾風迅雷を使いたかったが、今は使えない。もどかしい気持ちと慣れない感覚を感じながら全力疾走した。
「これ以上!」
「え…?」
人が喋った。目の前の人が喋ったのだ。いや、あれは本当に人か? どこか神々しい力を感じるのは気のせいなのだろうか。
「これ以上近寄らないで、天使の力、使っちゃうよ…?」
人、いいや、天使はこちらを向いて掌を俺にかざした。




