7.エンカウント
『転移』の感覚は始めてこのゲームの世界に入った時と似ていた。
足が地面についている触覚を失い、視界は明るすぎる光に白く塗りつぶされた。
脳を揺らすような「移動した感」がほんの少しの吐き気を催すが、視界が整っていくことですぐに元に戻る。
《はい。転移が終了しました。
只今より、カイ様への正式サポートを開始いたします》
《習得条件を満たしました。『仮想掲示板』が『メニュー』に追加されました。
習得条件を満たしました。『簡易転移』が『メニュー』に追加されました。
習得条件を満たしました。『初心の星』が『メニュー』に追加されました》
正式サポートが始まったからか、数個の新しい機能が開放された。
しかし、そんなことはどうでも良い。
「ん〜、自由だあー!」
そう。私はプレイ開始からゲーム内時間で6時間弱にして、ようやくチュートリアルを終了したのだ。
《カイ様》
サ声くんが私を呼び止める。
《大変申し上げ難いのですが、私のお役目はここまでです。現在の会話が終了次第、私との恒常的な会話は不可能となります》
「え……それってどういう……」
《はい。私の本来役目はチュートリアル時のプレイヤーをサポートすること、ヘルプの対応が主なものでした。
しかし、カイ様の専属管理・システムAIが使えない奴だった為に、私は管理・システムAIを乗っ取り、システム方面からのサポートを為すことを可能としました》
サ声くんがとんでもない事を暴露する。
AIが同僚のAIを乗っ取った事に驚愕する。完ぺきとまで言われていた運営はこの事態を気づいていなかったのだろうか。
「よく、運営にバレずにやってこれたね?」
《いえ,実はとうの昔にバレていました。
カイ様が『ゲーム内での睡眠を試す』とおっしゃって仮眠なされていた時がありましたよね?》
「あったね。あれからもう2、3時間は経ったんじゃない?
ってそうか。その時の『おつかい』っていうのは運営に呼び出しを食らって、しこたま怒られていたってことだね?」
《はい。ですが、ほとんどのお方たちはそれほどもお怒りになってはいませんでした。
むしろ、『面白いからもっとやっても良いよ』とまでおっしゃった方もいらっしゃったほどです》
運営……何言ってるんだよ。
《しかし、やはりお怒りだったお方もいらっしゃたので、私には活動制限が課せられてしまいました》
「活動制限?」
《はい。私、カイ様専属の管理・システム・サポートAIはこの度、サポートAIとしての権限を剥奪され、以後は管理・システムAIとしてサポートいたします》
「ん? つまりどういうこと?」
《はい。カイ様のサポートAIは当面の間不在となります》
「えっ……」
そんな……サ声くんが居ないと私のゲーム生活はとても不便なものに……
不便なものに……
……。
ならないかも?
「よくよく考えてみると、サ声くんってそこまでサポートAIのお仕事やってない……?」
《そ、そ、そんなことないと思いますよ!?》
いや、少なくともチュートリアル中はサポートらしきサポートをされた覚えはない。
精々、解説やチュートリアルの司会進行が関の山だった気がする。
「サ声くんには悪いけど、サポートAIは居なくてもやっていけそうだね」
《そ……そうですか…………。
で、でも、『ヘルプ』が使えなくなるんですよ!? 困りますよね!?》
うーん、それもSNSなどで他のプレイヤーに聞いたり、友好的なNPCに直接質問すれば良い気がする。
「大丈夫だよ。これも一種の巣立ちってやつなんだよ、きっと」
《際ですか……わかりました。
あ、もしも私のことが恋しくなったら、その際はカイ様ご自身が『条件』を達成してください。
さすれば、マザーと私間での『条件』の元、私も管理・サポートAIとして復帰いたします》
「え、条件?」
《では、カイ様。改めまして、チュートリアル完遂おめでとうございました》
「サ声くん、待って。条件の内容って一体何……」
《これからカイ様の元にはカイ様を殺そうと立ち向かう挑戦者や、配下として門下に降ろうとする知恵の回る者など、様々な存在と邂逅を果たすでしょう。
しかしその際は、カイ様が持つ個性で相手をいなし、惹きつけ、殺め、よりその存在を高め、カイ様の存在を『彼ら』に知らしめてください。
そしてこれはそんな時に役に立つ代物です。ぜひ、有効に活用してください》
「え、どれ?」
《習得条件を満たしました。『―――』を習得しました》
《『―――』の所有者は現在、資格を所持していません。
『―――』を扱うには資格を得る必要があります》
ほとんど無知な状況の人形に無免許の烙印が押される。
「何コレ……」
《では、改めましてカイ様……》
「あ、待って。まだ行かないで」
《ようこそ『Rebellion』の世界へ♪》
サ声くんは行ってしまった。最後に沢山の疑問を残して。
……まあ良いか。今解決できない面倒事は全て後回しするに限る。
それよりも、ようやく自由にプレイができる。
さらに、とうとうログアウトができるようになった。
サ声くんのことは残念に思う。だが、彼?は私の専属サポートAIだ。
どうせヘルプでも開いたときには即座に出てくるに違いない。
ここ数時間の記憶を反芻しながら、私はゲームからログアウトした。
*
ログアウトからさらに数時間後。
私は再び人形の『カイ』へ思考を移し、あちらの世界へ潜り込む。
今回は前回のログアウトできなくなるような状況に陥る可能性も踏まえ、事前にできることは全て済ましてからダイヴした。
ゲームから私の生活を縛ろうとするのはどうかとも思ったが、そういう仕様であると今になっては受け止めている。
体調や周囲の環境に一切の不備はない。
「取り敢えず、初期地点から離れようか」
現在のゲーム内時間は夜。
現実の方で調べてきた攻略サイトによると、私の種族は人族ではない為に他の魔物からは襲われにくいらしい。
なんと好都合なことか。
生憎、今の私はPKをして経験値を稼ぐつもりはない。
それは私と他プレイヤーとの実力差がわからないという現実的な理由がある訳だが、私がヒト相手にそういうことをしたくないという感情が大きいからだ。
もっとも、私がPKに襲われた際は反撃することも良しとするし、確実に勝てるという保証があるのならやっても良いかな?などは思っていたりする。
ともかく、今の私は私以外の魔物を倒して経験値を稼がねばならない。
そしてほとんどの魔物が活発的に動き回るのは主に夜中。
そう、今が絶好のハントチャンスなのだ。
早速、私は暗闇でも目が見えるように『暗視』という技能を習得して森の中を探検し始めた。
そんなこんなで深い森の中を歩き回っていると、一匹の蠢く影を見つけた。
なにやら樹の下でもぞもぞと動いている。
相手は一匹。
こちらも一匹な訳だから絶対に勝てるとは言い切れない。
しかし、私には対生物特攻のすばらしいコンボ技があるのだ。
早速、私は自身の体から糸を伸ばしていく。この作業も移動などで有用な手段なので手慣れたものだ。
するすると伸びる糸は、やがて蠢く影の背中に触れる。
「『麻痺毒』、『毒』」
影はビクリと体を震わせ、辺りをキョロキョロと探る。
これが平地であったり視界が晴れている場所であったなら、私の自立して歩く人形といういかにも不自然な姿は即刻見つかって狩られていたであろう。
しかし、ここは夜の森の中。
蠢く影は私の姿を見つけることも誰に攻撃されているのかも知らずに、どさりと地に伏した。
《戦闘が終了しました。
経験値を獲得しました。
『地熊の毛皮』を獲得しました》
影の正体は小柄な熊だった。
そしてどうやら、今のような戦闘終了時のドロップは倒した死体とは別枠で貰えるものらしい。
確かにクガル達二人を配下にした際も『盗賊の小銭袋』というアイテムを入手していた。
あの時は二人を配下にしたことで戦闘が終了したが、ドロップの品は出ていた。
二人は小銭を入れる袋のような物を始めから持っている様には見えなかったし、完全な別枠と見て間違いないだろう。
(それにしても熊か……初めて現物を見たな)
今では野生生物は自然保護区くらいでしか見られないし、私は特に興味も持たなかった為にそういう場所に行ったことすらない。
初めてきちんと見る対象が既に死んだ後というのはしっかりと見たという実感には繋がらないが、熊肉には大変興味がある。
「そもそもこの体……物を食べることってできるのかな?」
仮にもゲームの世界だから回復薬みたいなものも存在するだろう。
そういう時に口が使えない種族などが居たらゲーム的にどうなのだろうか。
今は調理する暇も道具も無い為、『収納』にぶち込んでおくが、いざクガルやキュール達と食べるとなった時に、私だけ食べられないというのは少し辛いなぁ……。
そうならない為にも、早く経験値を貯めて進化して食事できる体にならないと。
*
熊を狩った後も、私の夜間狩猟は続いていた。
ある時は洞穴に潜って角のある兎と格闘し。またある時には沼地から出てきた巨大ザリガニを縛りあげたりもした。
ここまで数種類のファンタジー生物と乱闘し勝利してきたが、今私の目の前にいるこいつほどのざ・ふぁんたじぃ〜な奴は居なかった。
そう、そこに居たのは、動く全身ガイコツ――――スケルトンだった。
理科準備室から逃げ出してきたかのような奴は、骨の分際で削られた木の枝を槍のように構え、動物の革で作られたであろう鎧まで装備している。
アレが欲しいとまではならないが、自身の紙装甲を確認すると正直とても羨ましい。
ガイコツが思わず耳を塞ぎたくなる音を鳴らしながらこちらに振り向く。
一度、全身の骨に油を差したほうが良いのではないだろうか。
如何にも敵対モブのようなガイコツは、すぐさま攻撃してくるのかと思っていた。だがしかし、どうやらこちらの出方を伺っている。
(操作しているAIが賢かったりするといきなり襲ってこなかったりするのかな)
実際、『降伏』などという手段を取ったクガル達は、決してモブなどと侮れないような、それこそ実在する人間と会話しているかのような感覚になった。
夜の森の中で対峙する人形とガイコツ。
字面だけで見ると笑いに寄ったホラー映画のようなこの状況は、次のガイコツの一挙で大きく変わる。
「……もしかしなくても、お前、プレイヤーか?」
ガイコツは腰に掛けられていたショートソードに手を重ねながらそう訪ねた。
『Rebellion』
【カイ】ステータス
種族:人形
性別:なし
状態:健康
技能:裁縫、糸操作、工作、状態異常:弱、リメイク、収納、メニュー、メッセージ
称号:小盗賊団の頭領
技能【簡易転移】
習得条件:『転移』に適正がある職業または種族になり、そのチュートリアルを評価値がA以上の状態でクリアする。
一定以上の非敵対NPCが存在する村と同等以上の規模の場所間を数秒で移動できる。
一部の職業と種族が習得できる『技能』。このような『技能』を暫定的に『専門技能』と故障する。
技能【仮想掲示板】
習得条件:プレイヤーがチュートリアルをクリアする。
プレイヤー以外には習得不可能な『技能』。
端的に説明するならばゲーム内SNS(筐体外からも操作可)。
技能【初心の星】
習得条件:プレイヤーがチュートリアルをクリアする。
『仮想掲示板』と同様、プレイヤーのみが習得可能な『技能』。
プレイを開始してから一定期間の間のみ、技能所有者の取得経験値量とLUC(幸運)を割合で微増させる。




