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第八章:都会GO!GO!GO!


第八章:都会GO!GO!GO!


 中央都市。旧デルドレッド連邦から程近い場所に作られた近代都市は、「偉大なる指導者たち」と現地で呼ばれるマクトゥル・アル・マクトゥール氏の一族によって王政が築かれ、当時でいう奴隷労働で建設された帝国だ。一時は世界の富を一身に集めた王族だけど、どんな王も死ぬ。今は民主的で調和の取れた、平和な町になった。自分たちでハトの紋章なんて掲げているくらいで、ああいう町に住めたらいいなあとみんな思っている。行ったことないのに。ミミズクが消えていった方向は、中央都市。ここから3000キロも離れた町で、ミミズクは何をするんだろう。灰になるまで。


 私は、タカを括っていた。このどこまでも続く荒野が、ディサピアと外を隔てる限り、どこにも行く場所はない、って。当たり前みたいに荒野に出たミミズクは、私の管轄区域を少し出たところで小悪党たちとやりあったらしい。密売人絡みの入国ルートでバギーをかっぱらい、似たようなルートを中継して走れば十日後には次の町に着く。町は点在しているだけなんだから国境を越えようと思ったらぶっちゃけ簡単で、すでに当たり前に出入りする悪党がたくさんいて、そいつらの行動パターンをたどれば割と簡単らしい。面倒臭いしリスクも高いからできればやりたくないだろうけど、やりたくないからディサピアにいたと思えば説明がつく。「バギーを盗まれた!」と泣きついてきた小悪党たちをふんじばって、ミミズクの通り道を地図の上で追った。外では、ルートゥの解体作業が始まっている。異常量の放射能は?と聞かれても言い出しっぺのワイルド博士が町にいないから私の知ったことではなく、あの爺さんボケてましたから、と半ば誤魔化した。最近いろんな人が町に来すぎて、中央都市の専門家は偽物だったはずだということまでは考えず、私は何も気づかなかった。


 酒場では、サマンサが気落ちしていた。ミミズクがいなくなったことに加え、ミミズクが最後に「ああ保安官が信じてくれれば」と口走ったのが至極不満らしい。あの中にそれっぽい女の子がいたら普通は避けない!とメタ的な話を無視して言い張っている。ミミズクがあんたを見てそれを言ったらロリコンになるでしょう。最初の方はキャラが固まっていなかったサマンサにニ、三回納屋に閉じ込められたからじゃない?と後から付け足した。


 たぶんミミズクは、定期便なら二日と半日で行けるルートを十日ほどかけて中央都市に向かう。一週間後に、悪さをして捕まったなんて話が、ラジオから飛び込んでこなければいいけど……柄にもなく普通に心配していたら、ジャックがとんでもないことを言い出した。行かないか?中央都市!こんな半端にいなくなられちゃ敵わない、この町に一生いる気もないし、一度見に行こう!……観光がてらに行く距離じゃないから止めようと思ったけど、探せば安い宿もあるしとサマンサがなんだか乗り気だ。もともとどっかネジが外れているサマンサだから考えとかないだろうし、あんたらだけでなんて危なくて行かせられない!と言ってたら、表の専門家が店に入ってきて。


「関係者に来ていただきたい。HPの機体に、詳しい方」


 ……この町でルートゥに詳しいのは、ぶっちぎりで私だ。他の人が行くと言っても、私が行ったほうがいいと普通は言うところ。でも私は、この町で唯一の保安官。町を離れられないし……と二の足を踏んでいたら、心配ないと言い出したのはジュウゾウさんだった。酒場に置いてあった第七なんたら丸を手に取って、ババッと動いたけど何も見えなかった。しばらくすると、テーブルの上に並べられていたリンゴがバコッと音を立てて粉々に砕けた。昔は腕利きの賞金稼ぎだったというジュウゾウさんが、この町の人はそんなにやわじゃないと太鼓判を押してくれた。うーんと少しだけ考えて、トラブルがあったらすぐに帰ること、と連れて行かなくていいサマンサとジャックに、一度だけチャンスをあげた。行く、行く!と目を輝かせる二人と、仕方ないなあと諦めムードの私を、ジュウゾウさんが見て微笑んだ。


「いい女になったわね、ケイト」


 母親のような眼差しで私を見るジュウゾウさん。父さんが見たら喜ぶでしょうね、って言ってもらえて、私は父さんに言ってもらえたみたいに嬉しかった。




 ルートゥの反応炉は輸送に時間がかかり警備も管理も厳重だから、私たちは先行して中央都市に行く。定期便に乗って、最初の中継点へ。あそこに見える山の麓だから、最悪歩いて行こうかと思っていたらホバークラフトがいくらかっ飛ばしても近づいてこない。町の向こうにちっちゃく見えてるだけだからディサピアの人たちは「平山」と気軽に読んでいたけど、世界一大きい山脈だったらしく歩いて目指したらもう遭難していた、知らないって怖い。平山山脈……繰り返しになるけどここを目指している間に、この先には何があるのだろうと不安になった。誰が、というわけではないけど「この先はこの書き方でいけると思う、たぶん」と恐ろしい考えなので普通にストーリーが破綻してエタるかもしれない。ネットスラングすらきょうびのものではない。内容を見ればきょうびのものではないのはわかるか。


 平山の麓は、今でも修行僧がいる宗教的な土地だ。悲惨な歴史を繰り返しながらも、なんのかんのここに集まっていて文化も独特。こっちから来た人がディサピアを見て「よく住んでますね!」と驚くことも多いけど、こっちのセリフだ。発着所の係員が「いいところでしょう?ディサピアの生活は大変でしょうし」とズレたことを言っていた、知らないって怖い。


 大陸の内陸部や極東に拠点を持つ修行僧たちは、いくつかの教派がここに入り乱れるように集まり、熱心な人もいれば他の宗派と楽しげにやっている人もいる。ただここは中央都市の締め付けも厳しく、してはいけない、やってはいけないの法令がたくさんあって、その合間でひっそりとやっている、というのが実態だそうだ。本人たちは真剣でもこっちから見りゃ観光資源、どのみち乗り継ぎに半日待たないといけないからいるだけでやることはない。男も女も堅い人ばっかりで浮いた話がない、とジャックが不本意そうに座禅を組んでいた。そんなことで欲望の火が消えるか、バカめ。ただ、欲望の火を燃やしているのはジャックだけではなく。


「保安官、ミミズクさんが通ったみたいですよ!」


 自主的な聞き込みを続けて情報をかき集めていたサマンサが何か見つけたらしい。なんであんなのにお熱なんだか、私は運命の思召しなんてアホな話は聞きたくない、と文句を言おうとしたら「運命ってその気になれば押し除けられるんですね!」となんか今までと違う方向に怖いことを言い始めた。ミミズクが町を出てくれてよかった、そうでないと私がサマンサをストーカー禁止令に則って捕まえないといけない。二人に増えたエロガキに怒っていても仕方がないから、サマンサの連れてきた人に話を聞いた。見せられたのは一枚のメモ、古代信仰の研究をしているというその人は、文字自体は発見済みの古代文字と同じだが文章は同じではなく、ミミズクを名乗る男がこれを見て驚き「ここから西へは行かないように」と言って自分は西へ向かった。その文章というのが。


「王は偽物、予言はデタラメ?」


 紛い物の王様がデタラメの予言を無理やり実現している、という旨の文章で、ミミズクが読めたならたぶんミミズクの知り合いが残したのだろう。何人か通ったしね、と言ってたらそれ以前にまず「読めるのですか?」と驚かれた。ディサピアには何人かこの文字を使う人がいて、聞いた話によると文法を変えていて昔の言語を変形させたもの、でもそれを知ってれば考えなくてもわかる程度の言葉らしい。私も聞いたことがあったし読むどころかこの言葉で日記をつけれる。一度報告書の隅っこにこの言葉で罵詈雑言を書いて提出したら気づかれなかったくらいだから、知らないと読めないのだろうとは思うけど。でも研究者は信じられないようで、どなたに教わりました?ケインの名を聞いたことは?と慌て始めた。誰よ、そいつ!と怒ったら「私です」と言われて気まずかった。お互いにわからず言い合っているから一度落ち着きましょう、と言ってたら、爆音。発着所の待合室が、炎に包まれた。




「長距離便発着所を襲った過激派の犯行の影響で、臨時便は若干の遅れが出る見込みです」


 古くから宗教的な拠点は争いごとの種になるもので、平山では珍しいことではない。後ろから刺された!と叫んでも鼻で笑われるだけ、とみんな泣く泣く我慢している。だいたい誰もが後ろから刺されたら不満に思うのは平山でも同じで、なぜかこれをみんなで我慢している。対立関係が教派宗派となると厄介すぎて誰も仲裁できず、やりたい放題のやられたい放題。やられたくないという人の方がもちろん多いので、自衛のために格闘技を身につけるという修行僧は多い。遥か昔に失われた技術を物好きが調べて取っておきまた広がり、の繰り返し。人間の体ができることは誰が考えたって似たようなものなので、いつの時代でも通用するとか。そんな失われたり思い出されたりの技術の町に、私たちは来た。なんせ臨時便の到着は数日先になるので宿がなく、土地勘もないし頼れる人もいない。呆然としている私たちに「……行く場所あります?」とケインさんが聞いてくれたのでお言葉に甘えて宿を借りた。そんなこと言ってない、と何回か言ってた気がするけど気のせいだろう。


 山を二つ越えたところにある修行場はもうバチバチにやり合う血気盛んな格闘家の集まり、こういう場所なので祭事的な格闘技をする人も多い。エドモンドさんはともかくダルシムさんは山の向こうの人じゃない?と聞くと宙ぶらりんで行ったり来たりしているという。そっか、宙ぶらりんなのか。見えないけど吊ってるのね。昔は修行の末に手から光線が出る人もいた、と夢物語を教えてくれた拳法家のリーさんは、なんでこんなに見覚えがあるんだろう。鏡を見るときくらい近くにいた気がする。向こうから走ってきたジャックがチラシを持っていて、びっくりするくらい素敵な女性に声をかけられて渡されたらしい。「リキッポ円千五 KOりわさお」。なんだろうこれ、と思っていたらケインさんに取り上げられた。あいつまたやってるのか、となんか怒っている様子で、このチラシには仕掛けがあるという。この仕掛けは人間の攻撃性を高めて、同性同士の喧嘩の元になる。いくら自分はわきまえていると言っても手段があること自体がよろしくない、というのがケインさんの意見だ。同性同士の喧嘩の元になるなら、異性なら大丈夫なの?と聞くと、これが異性との伝達手段になるとあれがこうなってこれがああなって×××……。だから商売に使っているのだ、と真っ赤になった私に教えてくれた。学者というのはこれはこれでどっかおかしいものだ。チラシを配っている女性はそこそこ切れ者で、悪魔だと立場がないが淫魔なら需要があるから消えないとわかるやり手だそうだが、私はこっぱずかしくてもう帰りたくなっていた。


 世界各国の強豪ぞろいだという格闘家たちは、これだけ強ければ怖いもんなしだろうと思える人ばかりなのに、そうでもないという。あらゆる無茶を通そうという相手なら町ごと滅菌されてもおかしくはなく、今のところは出番がないと考えているようだ。今は博士の番、とケインさんが頼りにされている様子。ケインさんは学者、どっちかっていうと科学者なのになんで格闘家たちとつながりがあるのだろうと思えば、強い格闘家と優れた科学者には、共通点があるという。だから同族、協力関係。その共通点というのが。


「正しい、ということだ」


 誰がどう考えたってこの結論しか生まれない。世界各国の格闘家が似通った技術を生み出すように、科学も同じ。いつの時代の誰が考えても、同じ。それは決して小難しい最先端の話ではなく、散らばったパズルを拾い集めて組み立てるのに似ているという。何にでも興味を持つ広い視野、子どものような純朴な発想。優れた科学者の必須条件で、ケインさんはまだそれを、ものにできていないらしい。


 泊めてくれるケイン博士の自宅は、古文書の山に埋もれていた。なにせ科学の発展のためには研究するよりひっくり返して掘り出した方が早いご時世、昔の文書は価値があるどころの騒ぎではない。もっともそれも読めればの話で、意味のある文書がどれなのかからケイン博士には判別がついていない。この羊皮紙は数千年前のもので、と見せられたけどそこに書いてあることと言えば。


「奥様の愚痴ね」


 自分の男が甲斐性なしだから蹴り出してやる、惚れた弱みさえなければ!と怒っているのかデレているのかわからない日記だから読まれたくないんじゃない?と聞くと、ケイン博士は目を丸くして次から次へと資料を持ってきた。しれっと読んでみせるとあーやこーや調べて、すごい!と驚かれた。ミミズクが読んだ文章以外も読み方は全部同じ、私にとっては保安官の試験を受けたときに勉強した経典言葉の方がよほど意味不明。試験に受かった後はもう思い出せない文章は読めないけど、これは目を通せばわかる。ケイン博士は、ぜひご助力ください!と目を輝かせた。そんなことする筋合いないけど、泊めてもらっているのを筋合いに入れるなら一応あるのでいる間だけ協力することにした。手始めに、と見せられたのは、私にも縁が深いだろうからすぐ読めると思う、と渡された、どっかの岩肌に書かれた文字の写真。なんだか何回か見たような。もしかすると、と思って聞いてみると、やっぱりミミズクの字だという。同じ文章体系で、ここに書き記したのだそうだ。この近くにある岩場は名所のようなもので、解読に成功した人は同じ文章体系で一言書き残す慣わしがあるらしい。ミミズクはその場所に何かを書き足した。あいつにわかることは知れてるだろうから、なんでもないと思ったんだけど。


「頭に輪を乗せ飛ぶカッパ、風雷の軌道にて撃つ」


 ……意味深なだけの文章なら流すところだけど、一つだけわからない言葉があった。「カッパ」って何?失われた文化の中にあったクリーチャーの伝承ではないか、とケイン博士が所見を述べた。似たような存在を示す言葉が、岩場にはたくさん書いてあるらしい。ただ、ケイン博士とて何から何まで把握しているわけではなく、「カッパ」が何かはわからなかった。町には世界各国の文化が集まっているのだから誰かが知っているかもしれない。次の日聞いてみよう、と思ってその日は寝た。




 「カッパとはなんぞや」という謎に対して、格闘家たちはまったくの無力だった。昔は世界各国にいた流派の開祖ならともかくそこから一千年以上経った時代の伝承者たちにとって「ウチの流派はこう」しかわかることはない。大昔に自分たちの国に現れた奴隷商人ではないかとか、対独戦勝記念日に大暴れした怪物ではないかとか、レプリティアン、ディノサウロイドという都市伝説を持ち出す人もいる始末。開祖たちも草葉の陰で泣いていることだろう。サマンサがこの町で知り合ったリーさんに格闘技を習いジャックがピッチピチのレオタードの女軍人に弟子入りして目の保養をしている間に、カッパとはなんぞや、という疑問を解決にかかった。ケインさんは「そんなこと頼んでない」と言ってたけど頼まれた気がする。頼んでないのは気のせいだろうから調べてみた。一応書物には、ある教派の本山を目指して旅をした坊さんと妖怪の逸話があって、一般にはカッパという何かが混じっていたとされている。でもこれは「カッパみたいな何か」という曖昧な記録で、水棲生物の一種としか書いておらず確かなことはわからない。ミミズクが書き残した「カッパ」がこれと同じものかは定かではなく、参考の一つにしかならなかった。


 結局ミミズクが何を言いたかったかはミミズクの足取りを辿るのが早く、岩場がどんな場所か見せてもらうことにした。そこまでこだわってはいない、と謙遜するケインさんに案内してもらい、岩場へ。そこにあった壁画に、知り合いが描かれていてびっくりした。


「ブーキーさん?」


 サマンサの父親、ブーキー・ホークス。……にそっくりな何か、かと思ったら、体が全部真っ赤っか。ケインさん曰く、これはタコだという。へええ、これが噂に聞くタコかあ。ブーキーさんの地元ではソウルフードだったらしいけど、ディサピアくらい半端ない内陸部になると見ることがない。タコにしがみつかれているのは、女性?大きなタコと小さなタコが、女性の服の中の股ぐらの……ええい、この町はこんな話ばっかりか!山二つ挟んでものすごくお堅いからこっちは堰を切ったように下品になるんだなあと思っていたら、ケインさんが妙なことを言っていた。ミミズクもこの絵を見ていて、二匹のタコと女性が描かれたものだと教えると、言っていたという。


「二匹じゃない。一人だ」


 この世で一番、恐ろしいものかもしれない。そう言って岩場を見て周り、自分の言葉を足して、去っていった。名所化している岩場には、デタラメもたくさん刻んであってわかっているのかいないのか見分けがつかない。……つかない者にはつかない、とケインさんは言い直した。ミミズクが残した言葉は、写真の通りに岩場の隅にあった。その横に、もう一つ。見覚えのある文字があった。癖の強い書体で、DWNと署名が残っている。十年以上前に刻まれたというその壁画を見て、ミミズクは何かを思ったに違いなかった。


 町に戻ると、騒ぎが起こっていた。偶像の崇拝を撤廃し、野蛮な暴力信仰をやめなければこの町は消える、と白い服の人たちが言っていた。いかに訓練を積もうと空爆の前にはなす術もなかろう、と何があればこんな話になるのかと思えば町の人は誰一人わかっていないらしい。町の場所が場所なのでたまにこういうおかしな人が来るのも確かだけど、今日は強引だし規模が大きい。この町はあってはならないのだ、とその人たちは言い張るんだけど。


「町が、ですか?モデルではなく?」


 私が口を挟むと、その人たちは言い淀んだ。こんなものはどこの誰が考えても同じだから、消せっこないですよ。それだけ伝えるとその人たちは判断できないようで、一度帰っていった。




「あの岩場に、いくつか描いてあったわ。人体モデルよ」


 人間の体はこうなっていて、外からは見えないけどこんな感じ。表現方法はたくさんあって、表現するものは同じだからみんなで同じところから違うモデルを作っている。人間の体はみんな自分のを一つずつ持っていて、優れた格闘家なら完成品も同じ。この町を消したいのではなくて、人体モデルを消したかったのではないか。もちろん人体は人間がいる限りどこかにあって、いくら考えたってこうなってるのは変わらない。それを消そうとすれば人類絶滅なんて話しか残らない。岩場にはいくつかの完成品が記されていて、そこから変化が起きた「病態」とも言える記述もたくさんあった。カッパというのは、あのモデルの中のどれかの呼称だと思う、ととりあえず結論した。あの白い服の人たちが消したいのは、たぶんその記録。他には見るものがない町だからそれしかない。でも……他に見るものがなくても、これは絶対に必要なもののはずだ。存在価値云々の話をするなら最優先と言ってもいい。なんでそれを、消したいのかなあ。そのうちまた来るかもしれないけど、無茶しないで。喧嘩になったら何をされるかわからない、と言ってたんだけど、ケインさんはそれどころではない。なぜわかるのですか、天才だ!と感動しきりだけど私は何も考えていない。あそこに書いてあった文字は、ディサピアで父さんとジュウゾウさんと、あと何人かが内緒話をするときに使っていたもの。古代文字をワイリー方式で翻案すれば誰でも読める。酒に酔ったボケ爺さんが真っ赤な顔で自慢していたのを、子供だったから真剣に聞いていた。爺さんは父さんとジュウゾウさんにものすごく怒られて土下座していた。懐かしい思い出だ。思い出したからといってそれ以上何もないけど。


 岩場にはそういう記述がたくさんあったから、そうだと思って読めばわかると思う、とだけ言って私たちは臨時便に乗り、次の町を目指した。何から何まで伝えたわけじゃないけど、わかるでしょ。あの岩場には、似たような変換で読める記述が他にもあった。全部は説明してられないけど、その中の一つに、こうあった。


「『あいつ』はユダヤ人の底知れぬ可能性を恐れている」


 ……『あいつ』が誰のことなのかは、この記述からはわからなかった。でも、子供の頃に聞いた言葉を思い出して読んでみると、そう読めた。あの爺さん気持ちよさそうに叫んでたなあ。「鍵は、イディッツ!!」。……イディッツ語なんて、どこにも使ってなかったけどなあ。


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