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第六章:悲劇と喜劇


第六章:悲劇と喜劇


 ミミズクとは、木兎のことではないらしい。じゃあ何かというと、ミミズがあのミミズだというあたりしかわからない。じゃあなんでそれに「ク」がついたのか、「ク」というのは調べようと思っても日本語で使われる発音記号の一つ、と調べない方がマシな情報しか出てこない。だからなんとなくイタい名前を名乗るイタい奴なのだろうと思っていたら、現れた。定期便に乗って、ミミズが。いわゆるあのミミズではない、サンドクラブの元ネタにしたようなああいうのではない。その男は、ミミズ。ミミズを名乗る男が、ミミズクの前に現れた。


 ミミズクは意外なほど喜んで、元気そうで……と口走り、言い淀んだ。ミミズは、元気で良かったとヘラヘラ笑っていた。これから中央都市に行くというミミズは、この町で乗り継ぎに時間がかかると思わなかったらしい。交通拠点なのに交通量が少ないから一番早い便でも三日とか待つ場合がいくらでもある。でも今日は、二時間すれば次の便が出る、珍しい日。ミミズはわずかな時間で、お前には必要ないだろうが、と指を振ってみせた。こっちだ。あんたらも、見といてくれと言われたけど後ろにいたから左肘しか見えない。もうじき来るから気をつけな、と言ってミミズはとっとと次の便に乗ってしまった。オレがいたって仕方がない。百害あって一利なしだ。そう言ってミミズは次の便に乗ってしまった。最後に、指を二本立てて何をするのかと思えば。


「ぺ」


 感動的だろ?と笑うミミズだけど、おかしな顔がしたかったのだろうか。どうとでも思ってくれ、とミミズは町を去っていった。ミミズクは、それを引き止めもせず。仕方がないでしょう?雄鶏と呼ばれても。「なんだっけ?」としばらく考えたから聞き返すタイミングを逃して、ミミズとミミズクの話は聞けなかった。雄鶏の話は、第二章で通過している。通過しているッッ!


 ミミズクは、しばらく姿が見えなかった。荒野を突っ切るというのなら私の管轄外だしあの軽装備で1000キロ歩けたら逆に尊敬する。干からびる前に次の町に行くことは不可能で、ディサピアの発着所に必ず戻ってくる。だから、さほども焦らずに補給車の資材を受け取った。一つ、見慣れない荷物があった。何?これ?なんでも西側の最新技術で作ったもので、次の受け取りの者が遅れているのでしばらく預かってほしいと言われた。こいつは東に行って、大々的に使われるらしい。だったらこんなに細くて見えにくいルートを使わない方がいいのに、なんで使うなんて想像もつかなくて。


 次の日、詰所に相談に来る人が溢れた。怪しい人影を見た、不気味だった、なんとかしてくれ。そう言われてもそんな人物が町にはいないとはっきりしている。出入りだけは気をつけているので、出入り以外も気をつけろとよく言われるくらいだ。ちぐはぐの燕尾服を着た髭の男は、幽霊のような異常者のような、そんな言い方では生ぬるいような何者かだったらしい。


 酒場でもその手の話がたくさん出たけど、やっぱりみんな慌てているだけだから「チッチッチ、このバッタのジャックがいれば大丈夫」なんて言われるだけで納得する人がたくさんいた。大丈夫ですよ、と頬杖をつくサマンサがダメ押しするとみんな落ち着いた。みんなくだらないことで騒ぐわよね、と思っていた私だったけど、詰所で預かっていた荷物が開いていて一番驚いた。中身がなくなってる、盗まれた!誰が盗んだのかというと盗んでも持って行く場所がない町なので、どこかに怪しいヤツがいる、と舌の根も乾かぬうちに言い出す羽目になった。


 あまり大騒ぎにならないように、サマンサとジャックにだけ口を滑らせて後は黙っていた。サマンサの店で仕入れたヤシの実が切れないとジャックが困って歯を突き立てているけど、歯は大事にしないとダメよ。そんなんで根こそぎ持っていかれる例は珍しくない。治療どころか薬も大の苦手のジャックは大人しく引っ込んだ。でもそんな怪しいヤツがいるわけない、という意見はジャックが絶対に正しい。だっていないもん。これだけ小さな町になると誰かがいれば普通に気がつく。気づかれないように町に入れないのは、黙って出ていけないのと同じ。じゃあ荷物を盗んだのは誰?だんだん私も怖くなって、銃以外に自衛用のロッドを久しぶりに握った。ヒュッと振るとガシャンッと伸びて切先はわずかに刃物になっている。フェンシングの要領で使うものだけど、あまりやったことがないから上手くできるだろうか。町から出るには次の定期便に潜り込むのが一番早いから、二日後に見張っていればいいんじゃないですか?とサマンサに言われてようやく納得した。そうね、焦りすぎたわ。ロッドのしまい方をよく覚えていなくて、ええと、ここがこうで……と考えていたら、夕暮れ。荒野の向こうに、太陽が沈んでいく。真っ暗になっちゃったから、帰るわね、とロッドをそのままに詰所に戻ろうとしたら外が明るくなった。何、これ!?明るいのに、暗い。空中を舞うビットから出た、青みがかった寒々しい光が、人影を照らした。チグハグの燕尾服、髭の男。まるで独裁者のようなその男の姿に、町の人たちの目が集まった。家の中からなんだろうと出てきて、男を囲む。男は、いい歳の親父なのに女のような動きで、カタカタと動いた。


 あれは何?ものすごく不自然な動きは、奇妙としか言いようがない。ロッドを持つ手に汗が滲み、震えた。怪しいヤツめ!とヤシの実を持ったままのジャックが飛び出したけど、おかしな動きで避けられてドカン!と脇腹に一発くらいこっちに飛んできた。ち……中国拳法?ジャックを受け止めてゴロンと転がり、ロッドが手から離れた。いったい何が起こったの?でも私の前には、他の奴の姿もあって。


「連盟軍洗脳兵器、CHシリーズ。第十二期ってところか」


 ミミズクが、燕尾服の男の前に現れた。かつての大戦でばらまかれたロボットは、若年者を中心に幻覚を見せ終わらない夢の世界へ誘い込む。そう言ってミミズクは、バシッと手を開いて相手を睨みつけているのがわかった。そして足を踏み鳴らし、カカン!と下駄のような音がした。ホバーシューズの噴射口を閉めて、蓋で蹴ったんだ。お相手しよう、とミミズクは足を踏み鳴らした。燕尾服の男よりずっと早く、ずっと綺麗に踏み鳴らされる靴の音に、だんだんみんな落ち着いてきた。燕尾服の男は、足元に落ちたヤシの実を拾った。投げる?ぶつける?え?パス?足を止めるのが目的とわかったときには、ミミズクが動いていた。流れるような動きで私のロッドを拾い上げ、ジャキっと構えて先端が見えなくなった。次の瞬間、ヤシの実は空中で止まった。刺したんだ。複雑に繊維が絡み合った、ヤシの実の皮を?手のひらの中でくるりと回してロッドから手を離したミミズクはホバーシューズで飛び上がり、男の頭の上でもう一発お見舞いした。ズドン!と顔面にスタンをくらい、男の動きが乱れた。カクカクと壊れたマリオネットのように動き、ピーピー、ポンポンポンと電子音を上げて動かなくなった。親指だけ曲げたその姿は……何なんて、言いたくなかった。




 ミミズクは言った。あれが、ミミズ。悲劇しか生まない、それだけのミミズだという。どう見てもロボットだったけど、ミミズで間違いないという。でもミミズって、こないだ来た男じゃないの?あいつも、もしかしたらそうなるかもしれない、と縁起でもないことをミミズクは言った。でも、誰が助けてくれるかわからないもんで、世の中捨てたもんじゃない。そう言って右手を振り上げて、何を言うかと思えば。


「あいーん」


 ……何それ、そういうの好きなの?どうとでも思ってくれ、とミミズクは話を切り上げた。町の人たちはしばらくうろたえていて、言葉を失う人も多かった。気絶したわけでもないのに黙って顔を胸に埋めていたジャックをとりあえずぶん殴ってどうしようかと考えていたら、ミミズクがすぐにみんなを治した。これを見ろ、と言って突き出したのは、どっちだかの肘だった。


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