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第五章:ブーキーとサマンサ


第五章:ブーキーとサマンサ


 こらー!ジャック!とブラウン家からお母さんの声が聞こえて、げんこつ!のエフェクトで見えなかったけどコブができているから絶対に殴られた。またあのエロガキが宿に泊まったお姉さんに納豆の好みとか聞いたんだろう。ネギを入れたらなんだと言うのか。今日も元気なブラウン家のお母さん、お父さんはタニシのフン!とジャックはずっと思っている。ジャックは知らない。スケベで甲斐性なしで、町で一番家族が好きだったジャックのお父さんは、ジャックが小さいときになくなっている。少し離れた場所にある峡谷で変死体になって見つかって、写真でも撮ろうとして落ちたんだろうというのが警察の結論。私も話に聞いただけで、当時はまだ少し幼かったし保安官でもない。ルートゥがしゃべってくれなくなって、私も落ち込んでいたから詳しく知らない。当時の捜査状況は、情報の秘匿義務がある本部は教えてくれず、町のお年寄りに聞くしかない。都市間の往来でディサピアを通っていたというワイルド爺さんはどんな人か知っている。絵が上手い奴だった、といつだったか言っていた。どんな絵だったか聞くと、こんな感じだとサラサラっと爺さんが描いてみせた。まあワイルド爺さんの画力の問題があるから参考にはしない。だからジャックは「父さん」という言葉には敏感で、5歳の頃にいた父親を今も覚えている。父さんが来たわよ、と酒場で口走ったのは失敗だった。来たのはサマンサの父さん、ブーキー・ホークスの親父だっていうのに。


 だーっはっは!銭や銭や!といういかにもなタイプのブーキー氏は、いつもあちこち商売で飛び回って一人娘のサマンサを店に置きっぱなし、ほったらかし。だからサマンサはあんまり喜ばなくて、ジャックがびっくりして空回り。せっかく帰ってきたのにこの扱い、さすがにちょっとかわいそうだろうか。でも仕方ない、帰ってきてもあっちへ素通りするときにお金とわずかな土産物を置いていくだけ、楽しみにされるはずがない。バー・ボッ……サマンサの酒場はお土産がたまりすぎて民芸品展みたいになっている。唯一興味を示したのは、ミミズク。珍しくやってきたジュウゾウさんと妙に気があって楽しそうにしゃべっていたのに、急に席を立った。会ってみようかな、と発着所に向かったので逃げる気だと思って追いかけた。一足先に発着所に着いていたミミズクだけど、出発は半日先。残念だったわね!と胸を張ったら「?」って感じを出された。ばっくれるミミズクはほっといて、もう一度バー・ブーキーに戻り、サマンサを呼んだ。


 いつも通り面倒くさそうなサマンサは、挨拶するだけだしまたくるし、今度でいいんじゃないですかぁ?と普通に嫌がっている。ブーキー氏の振る舞いを見れば仕方のないことだけど、「愛にはいろんな形があるのよ」と人生の師であるジュウゾウさんの言葉を聞いて、ちょっとだけ考えていた。そもそも嫌がってるから行かないだろうけど。サマンサが考えている間、ジュウゾウさんはミミズクを気にしていた。辛いことがあったのね、と何か知っているらしい。でもそれは、本人曰く知らなくてもわかることらしくて。


 辛いことがあった人は、よく笑うの。辛いほど、悲しいほど、よく笑う。笑っていればまだ戦える。それに気がついたら、何も聞かずに一緒に笑っているのがいい女ってものなのよ。町で唯一の娼婦、ジュウゾウ・グランドパーパさんの含蓄ある言葉に思わず何か引っかかりを覚えた。なんでだろう、いいこと言ってるっぽいのに。




 サマンサは結局ブーキー氏に会いに行かず、ミミズクが話していたらしい。ブーキー氏が持ってきたお土産は、木刀。第七なんたら丸と書いてあるけど、あまり考えないことにした。ミミズクから棒切れみたいなお土産を受け取ったサマンサは、こっちはみんなで食べましょう!とこれまたブーキー氏のお土産の焼き菓子を開けた。円盤上の香ばしい焼き米菓子をボリボリみんなで食べていたら、ミミズクだけ煎餅片手に何か考えていた。煎餅だとは言わないんじゃないの?というディテールを気にしてはいけない。


 何?ブーキーさんと会ってやれとか、そんなことを言いたいの?と聞いてみたら、どうだろうなと煮え切らない。あまり、考えないほうがいいだろうとミミズクは焼き菓子をかじった。ジャックが少しばかりお母さんに持って帰って、大変喜んだそうだ。あったらいつも食べてるしなあ。




 サマンサ姉ちゃん、今年は何するの?とジャックが今年も気にしていた。ディサピア恒例、ハロウィン仮装大会。町おこしに!と十五年ほど前に始めた恒例行事で、思いの外好評。この日だけは観光に訪れるという人がそこそこいる。交通拠点だしイベントやってる場所を通ろうかという人が百人ほど訪れブラウン家の書き入れ時、キャンプカーで来る人もいるけど臨時で部屋を貸す家がたくさんある。そしてジャックが一番気にしているのは、せっかくだし私もやろう!という女性客が若干行きすぎた衣装でいることがある。肩が出ているだけでもドキドキのジャックなのに胸がざっくり開いているという人が結構いて、写真お願いします!とツーショットを撮りたがる。この日に限り、女性側も乗り気で肩なんて組んでくれたり、肘を抱えてもらったなんてこともあって楽しみで仕方がないらしい。子どもでもオスってことね。


 こんな感じの水着は?とハイレッグを勧めたがるジャック、あんたがやったらセクシーどころか一発ギャグでしょう。どうしようかな〜、とサマンサも考え中。ちょっと肌を見せると酒場の客がめちゃくちゃ増えると経験的に知っているのでそっちに寄せる傾向がある。そんなウキウキ?のディサピアを訪れたのは、政治家。バー・ブーキーの話を聞いて、会いに来たんだよ!と機嫌よく語っていたけど、ブーキー氏は娘と疎遠で通っても会わない、と聞いて機嫌を崩した。だったらいる意味がないな、と政治家は急に嫌な顔をし始めた。ミミズクは、席を外していた。お偉いさんに会って身分証がないと話が転がったらまずいから、そりゃそうか。


 直に町には人が集まる。町でも熱心な人は衣装合わせをして、私もジャックも酒場で着てみせた。私が着たのはカンフー映画みたいなチャイナ服、映画というよりゲームだろうか。せんぷーーー機!とぼんやりしたイメージで真似してみせて、ジャックの服は真っ赤っか。五人揃って!って一人しかいないでしょう、何言ってんじゃい。ミミズクはずっといる割にはいつまでも道すがら、通りすがりの男なので倉庫の中を漁って被り物を探してきた。昔はボウリングのピンだったという着ぐるみは色が剥がれて何かわからなくなっている。ま、こんなところね。サマンサだけはまだ迷っていた。今回は極東都市の雰囲気で、と見繕いはしたけど上品な振袖か、男装の麗人!という感じの足の出た女戦士か。下着はつけるの?と赤なのに桃色なことを聞くジャックをこづいた。げんこつ!エフェクトがかかってコブを作ったジャックだけど、あまり懲りた様子がない。私がエロガキだと思ってるだけで、嵐を呼ぶ大物なのだろうか。


 うーん、でも今年はこっちかなあ、とサマンサが鎧を置いたとき、自分の車にいたはずの政治家が酒場に入ってきた。この町ではこんなことをしているのか!と怒られたけど、バカみたいな仮装は恒例行事だ。町の人とは仲良くしないと、保安部の仕事にならないので、と適当にかわそうとしたら、なぜか本気で怒っている。政治家は鼻のピアスをふがふが言わせて、目をひんむいた。邪魔する君たち、殺しちゃう。え?急に何言い出したの?両手を包むように現れたハンマーのようなボールは、中央都市に配備された武装品だ。ミミズクが飛び出そうとしたけど、手が滑る。だって全身着ぐるみだから銃が取り出せないでしょう!そのままずっこけて政治家に踏みつけられ、ぐおおと声を上げた。まずは君だね!と思いきり力を込めようとしたとき、ジャックが飛びついて頭をぶつけてよろめいた。これで後ろが崖だったらこれで落っこちて終わりだけど、ここは見渡す限りの荒野、ただ怒りを買っただけ。くらえ、罪と罰!と政治家が手のボールを大砲に変えた、そのとき。ガツン!と音がして政治家が目を回した。何かと思えば、サマンサが木刀で思いっきりぶん殴ったらしい。政治家はもう一発何かを用意していたようだけど、それは使えなかった。着ぐるみのまま逆立ちしたミミズクのホバーシューズが突きつけられて、ドン!とスタンが打ち出された。ぎゃああ!と昏倒した政治家は、お縄になった。




 本部に連絡して護送しようと思った政治家は、いつも通りというかなんというか偽物だと言われた。ちくしょう!あいつら!と怒る政治家の様子が気になったけど、すぐに連れて行ってもらえるから今回は我慢。それを一応伝えておこうと、ミミズクを探した。今夜のハロウィンのために、バカみたいなボウリングのピンを塗り直したミミズクが、夕陽に照らされていた。ブーキーさんに、見せてあげたかった。そう語るミミズクは、ブーキーさんに何か聞いていたようだ。




「ミミズクはん、あの子は嫌がってますやろ。好かれてはあかんのです。好かれるのは大変やけど、嫌われるのは簡単や。あの子は、わてなんて大嫌いと言ってくれたらええ。それが一番ですねや。ミミズクはん、とても信じられんでしょうが、わてはあの子が生まれるまではもう少しマシな見てくれやった。腹もこんなに出てなかったし、ヅラもかぶる必要はなかった。女と連れ添ってからですわ、何もかもが変わった。見てくればっかりええもんやから、わてもみんなも騙された。ほんの三年で、このザマですわ。こんな無様な姿になって、わてはようやく飛び出した。……あの子を連れて、こんなとこまで。小さな店を出して、見よう見まねで商売して。あの子が店をやってれば、わてはここにはおらんでええ。……あの子を見てると、怖くなるんですわ。あの女に、そっくりやって。あの子には、素直に育ってほしい。ええ子になんて言わん。真っ当に育ってほしい。だからわてはおらんでええ。わてが店を出して、あの子がここにおって、他には何にもおらん。そんなの当たり前や。……わての顔には、あの女の横におったと書いてある。わてがおったら、親父と娘と、余計なもんまでついてくる。おらんでええねや。会わんでええねや。ミミズクはん、わて、アホでっしゃろ。どうか、どついたってください」




 ミミズクの話では、ブーキーさんがどんな風に話していたかはわからない。ミミズクは、ブーキーさんはミミズそのものだと言っていた。何もかもミミズに飲み込まれて、その隙間に、ほんのわずかな隙間に、サマンサが見たことのない優しい親父がいた。いつかその親父さんと、会えればいいんだが……。日が暮れるより少し前、ミミズクは町に帰っていった。残された私は、町にいないと意味のないチャイナ服で夕陽に照らされていた。そしたらやってきたのは、サマンサ。負けず劣らずの変な格好で、ミミズクさんはどこですか?と探しているものだから、つい聞いてしまった。


「気に入ってるの?ミミズクのこと」


 え?いえ、あの、へへへ、と誤魔化すサマンサ。私は、サマンサってこういうの興味ないと思っていた。あんた、変わってるのね。ミミズクは町に戻ったから、戻りましょうと言って私たちも引き上げる。上手にお話できるかな、と気にするサマンサだけど、もうすでに笑ってるから大丈夫でしょ。それより、と私はつい気になった。肌を出すのはわかるけど、何?その格好。ブラウン家の納屋に放り込まれていたという奇天烈な格好を、サマンサは気に入ったらしい。


「パイナップルです!」


 何がそんなに楽しいんだか、素直にウサギさんになってもよさそうなのに。このとき、サマンサの未来が大きく変わっていたことを、私は知る由もない。


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