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第四章:理想と現実


第四章:理想と現実


「死人か。一応見ておこう」


 デルロさんが死んで五日間、町の人は死体を処理できずに困っていた。死人が出たら葬式くらいあげるけど死んだのはよそから来たお偉いさん、勝手に弔って怒られたら大変!と私にお鉢が回ってきた。身元照会のために中央に連絡すると、デルロさんという人の記録はないという。聖ザンパトロ学校の名簿にないらしく、学生証は精巧な偽造品とのこと。そんな身分証役に立たないでしょ!とミミズクが言ってたのをそのまんま叫んで怒ったけど、直に対策すると言って要するにほったらかし。このやりとりに三日かかってそこそこ落ち着いた町の人たちは、今さら片付けるの?誰が!?とそっち方面で嫌がっている。だからその日の定期便でやってきた医師が話を聞いてくれて助かった。死体の処理は得意だという先生は、自分の責任で処分すると言って薬品でデルロさんの体を溶かした。ジュウウ、と嫌な音がして死体の処理が済み、他にも怪我人はいるか?バラバラ死体とかな、と悪い冗談を言った。そんなのあったら最初に言うし、見ても仕方ないでしょう。生き返るわけじゃなし。先生は笑って、その通りだ、と言っていた。死人は、蘇らない。ただの一人も。メスを振るえば命が蘇るなんて……たぶん、ありえないのだろう。先生の顔は、後ろにいた私には右目の眼帯しか見えない。でもなぜか、悲しそうだと思った。もう大丈夫です、ドクター……。名前を聞いていなかったから言い淀んだら、先生に止められた。ドクターではない。資格がないんだよ。人は治せない。……治さないと言った方がいいかな。先生が何を言おうとしているか、私にはわからなかった。医者といっても、医者ではない。先生は自分を、殺し屋だと名乗った。出来損ないだがね。先生は、人を探しているという。伝えることがある。会うことがあれば、伝えてくれないか?そう言われて、用件だけ聞いた。もう終わったけど、もう少し続けることにした。ミミズから、ミミズクへ。ドクター『殺し屋』は、ミミズクの知り合いらしい。


 資格がない医師、と聞いたって今どきそんな人はごまんといる。あそこの先生は腕がいいんだよ、免許はないけど!という話も当たり前に飛び交い、殺し屋先生が無免許だと聞いても誰も問題にしない。キラーさんという通り名で呼ばれ始めた先生から話を聞いたミミズクは、胸をなでおろした。殺さないでいてくれたんだな、と殺されて当然のような言い方をするからキラーさんもきっと気が悪かったのだろう、死にたくないなら殺さないと言い返していた。そして、これも。キラーさんは、もう一つ付け加えた。


「殺すとしたら、お前だそうだ」


 ミミズの最後は、食われるだけ。ミミズクに、自分を殺してほしい。そう言っていたそうだ。体はほとんど壊滅状態、脳膜だけで生きていてフィードバックがかからない。気づくのがあまりにも遅すぎた、と嘆くミミズという何かをキラーさんは見守っていた。そしてミミズが旅立ち、キラーさんも立ち去った。万に一つも会うことがあれば、お前に伝えておこうと思った、とキラーさんは話を結んだ。ミミズクは困っていたようだけど、キラーさんは平気な様子だった。死にたくなければ殺さない。殺したくなければ、殺さなければいい。それ以上のことは、あまり考えないのだという。他人の命だ。おこがましいことは、考えないようにしている、とだけ言っていた。


 キラーさんはミミズクに会う間に定期便を逃して、三日ほどディサピアで立ち往生することになった。発着所にはデルロさんの大型車があるけど、もちろん他人のものなので乗っていくわけにはいかない。キラーさんが時刻表を見ている間に、大型車の周りにワイルド博士がいるのに気がついた。中はえらく散らかっていて資料がバラバラ、拾い集めてやるついでに少しばかり中身が見えた、と論文をしっかり持って読みながら言っていた。この爺さんに付き合うと身がもたない。もう少しマイルドになってくれないかなあ。ふと疑問に思って、そんなの読んでわかるの?となんの気なしに聞いた。機械とか電気はまだいくらか得意なワイルド博士だけどサンドクラブの生態だからバイオ関係、専門外のはず。案の定ほとんどわからないと言っていた。でも、なんでわからないかがわからない話で。


「わかるわけないじゃろ、間違っとるのに」


 ……軽く目を通しただけで明らかな矛盾が十数箇所、それを前提に理論を組み立てれば全て間違うのが必定。まるで言い訳の塊のような文章だという。ワシにもわからんことがたくさんある、これをもっといい方になんて言うほどワシは親切な科学者ではない。こいつらは、学校から来たのではないのか?と聞かれても身分証が偽物だから多分違う。認証したら本物と出るのに偽物。ホント困っちゃう。保安官、とキラーさんに呼ばれて爺さんと一緒に車を出た。一度戻ります。宿を探さないと、と言うからジャックのお母さんがやっている宿屋を紹介した。キラーさんはワイルド博士を見て、ここはいい町ですねと言い残して歌いながら帰っていった。ワイルド博士はわかるようなわからないような、おかしな男だと思ったようだけど、それよりあの歌は何だ?とそっちが気になるようだった。聞き取れた歌の中に、聞いたことのある言葉があったらしい。


「アンラ・マンユ。……拝火教だったかいのう」


 ワシにはわからんことだ、と車に戻ろうとするワイルド爺さんを摘み出し私も詰所に戻った。ワシにはわからんと言っていたワイルド爺さんが、私よりずっと何かに勘づいているということを、私は知らなかった。




 キラーさんは現場のお医者さんだから、珍しい体験をたくさんしていて奇妙なものをたくさん見ていた。知らない人が映る目玉、美しい顔の悪魔と醜い顔の良心。骨が膨れ上がる病気はまるでライオンのよう、とどれもこれもまるで御伽噺。ジャックたちも興味深く聞いているし、ミミズクはこういうのが好きだろうと思ったら、しゃべりすぎではと心配していた。キラーさんは気にせずしゃべった。言わなくてどうする。オレなら大丈夫だ、慣れてるよ。そう言って話を続けた。あんまり変わった話だから、作ったんでしょ?と聞いてみたら、好きに思えばいいという。キラーさんは、もっと昔にはもっとすごいことがあった、と言って譲らない。二千年以上も前、まだ島国の人が刀を差して歩いていた時代の孤児は凄まじい症例だった、と言い始めたときに、酒場に入ってきた人がいた。キラーさんと逆方向から来たその人は、見つけたぞ、と魔神のような形相でキラーさんに迫った。キラーさんは、ここに来るまでにトラブルを抱えていたらしい。


 ある町の子どもが、病気を抱えていた。体の特定の箇所から謎の出血、血を止めてもしばらくすれば痛みとともにまた血が滲んでくる。子どもは泣いていたけど周りの大人はほったらかしで、何もしなかった。キラー先生は、治してやろうかと子供に聞いた。多少不便になるが、今よりはいいだろう。先生はその病気を簡単に治して、その代わり……指を二本切り取ったのだそうだ。両親をはじめとする大人たちは怒って、キラーさんを追いかけるように警察に言いつけた。今は本人が知らないうちに一般人まで敵になって、報奨金が目当てだという人もたくさん追いかけている。わかるでしょう保安官、と同意を求められて、困って詰所に戻り手配書を漁った。キラーさんの名前は、手配書の中にしっかり混じっていて、捕まえましょう保安官と言われると文句も言えない。キラーさんは通行パスを取り上げられて、拘留。子どもたちは、キラーさんの言うことを間に受けないようにと注意された。ただ一人、ミミズクが不服そうで。


「本当に指なのか?」


 子どもの指を切り落としたら親は怒るに決まっている。間違いようも疑いようもないでしょうと言ってるのに、ミミズクは腑に落ちない様子。そっちの場合もあるにはあるが、と言われたら他に何があるのかと誰でも聞き返す。ミミズクが怪しんでいるものは、私には想像もつかないもので。


「傷がないから怒っているのでは?」


 ……何言ってんのよ。子どもが痛いと泣いている傷が、なくなるに越したことはない。どこの誰が考えたって、そうのはずだ。でもミミズクは、勝手に話を進めてしまう。キラーさんがどの指を切り落としたかまでははっきりしないが、一番簡潔な治療法なのでは?といくらなんでも肩を持ちすぎな意見が返ってきた。そして話はこれにとどまらない。もしそんな簡単明瞭な改善策があるなら遥か昔、医者と呼ばれるものが現れ始めたときには誰かがやっている。ピラミッドの建設中でも、やろうと思えばできることだ。なぜそれをキラーさんがしていて、なぜ他には誰もしていない?そんなことを真剣に言っていた。あなたはキラーさんを庇いすぎなのよ、知り合いだからって。私はポケットの中の通行パスを握って、キラーさんが連行されるまで耐えないといけない。なんでこんなカードが、こんなにあったかいのだろう。


 留置場の中のキラーさんは、賞金稼ぎだという男にいいようにされていた。牢屋の外から酒をぶっかけて笑う男を一度追い出して、キラーさんにタオルを渡すとごめんなさいねと口をついて出た。頭を拭いたキラーさんは、鏡をくれないかと頼んできた。渡すことはできないけど、牢屋の外に置いて見えるようにしておいた。キラーさんは、鏡を見るとフンと笑った。いつ見ても、悪人面だ。そう言ってキラーさんは、初めて自分の話をした。たぶん誰かに、聞いて欲ほしかったのだろう。私は黙って、キラーさんの話を聞いていた。


 大昔に、医者がいた。二人。どちらも医者とは呼べないような、ひどいものだったという。似ているような似ていないような医者たちは、理想を追いかけ頭を抱え、現実に沿いやはり苦しんだ。オレは、そっくりなのだそうだ。わずかな記録画像の中に、自分がいて驚いた。鏡には、今もそいつの姿がある。同じ姿、同じ顔。自分は悪人なのだと言えば、納得してしまうそんな顔。だが……時折見えるのだそうだ。誰か違う男。見えるはずのない幻が、目の中を泳ぐ。もう一人の唐変木だろうか。正直言うと、どうでもいい。同じようなものだ。どちらがいようと、どれだけいようと同じようなものなのだ。殺し屋の顔は、見たままの殺し屋でいい。いずれは自分も死んでいく、だから命なのだ。……キラーさんはタオルを返して、すまなかったと言ってきた。これ以上うるさくしないよ。キラーさんはもう何も語らず、夜が更けていった。




 それから三日後にやってきた次の定期便に、キラーさんを連れていくという中央都市の関係者がいた。何か余計なことを聞いていないか?と尋ねられた町の人たちは、余計も何もおかしな話ばかりだったとまず区別がついていない。関係者たちは、消毒が必要だろうかと真剣に話していた。だから賞金稼ぎの男が何を言っても大して気を使わず、金はそのうち払うと何も考えていない様子。怒った男が関係者の一人の胸ぐらを掴むと、すぐに銃声が鳴った。私はその場にいなかったけど、ジャックやサマンサや、町の人が口を揃えてそう言っていた。


 酒場に駆け込むと、中央都市の関係者は皆呆けていた。手首や膝に一箇所ずつくらい撃たれた跡があって、撃ち合いになったのかと思ったらミミズクが撃ったらしい。致命傷と呼べるような傷ではないのに意識が飛んでもう正気ではない。「きっちり撃った」とミミズクが言っていた。ただ一人、死にかけの奴がいた。キラーさんを牢屋に入れた賞金稼ぎの男は、腹から血を流して苦しんでいる。あんたが撃ったの?と聞くと、最初に撃たれたのはこの男だという。中央の関係者が一発撃ち込んで、酒場が騒然とした。その後関係者全員が撃ち抜かれるまで、五秒とかからなかったという。たぶん上行結腸のあたり、太陽神経叢よりわずかに右だろうか。すぐに手当てしたほうがいいと知ったような口を聞くミミズクだけど、この町に医者と呼べる人はいないとは知らなかったようだ。私が簡単な応急処置をできる以外はせいぜいありふれた医薬品や民間療法しか実践されていないディサピアで、腹に穴が空いたとなったら隣町に行かないとまず間違いなく死ぬ。1000キロはあるのに!まして弾丸を取り出して整復するなんてできるはずがなく、町の人はお手上げ状態。町の人は。町の人じゃなければ、一人だけいる。


「断るよ」


 案の定キラーさんは治したくないらしい。手錠をかけられ牢屋に入れられ、酒をかけて笑っていた男を治したいわけがない。正規の医師なら義務や法律を口実に押し付けられるけど、免許がないから本来やってはいけないんだと言われたら理屈が全部ブーメランになって返ってくる。保安官なのに犯罪をさせるのか?と聞かれたら義務とか法律とかなんにも意味がない。仕方なく超法規的措置、釈放はさせられないけど脱走はさせられる。最低限の所持品も返却する、私の手落ちにしておくから!キラーさんは興味も持たずに、勝手にしてくれと突き返してきた。これ以上は何もできない、駆け引き打ってる場合じゃないの!と叫んだけど聞いてもらえなくて。


「助けてほしいんだ。あんたに」


 横から口を出したのは、ミミズク。キラーさんは初めて興味を示し、ツケにして払えるのか?と聞いてきた。言い淀んだミミズクだけど、きっと払うと言い切った。患者はどこだ。怪我の状態は?キラーさんは重い腰を上げ、私はすぐにキラーさんにカバンを渡した。


 無菌テントの中で、キラーさんは語った。オレはな、思うんだよ。こんな腐った腹の中を見ながら、必死なんじゃないかってな。善人も悪人も、子供も大人も。商売人も役人も、闇医者も漫画家もみんな必死。誰一人、楽になんか生きてないんじゃないかって。誰も皆、必死なんじゃないかって。くだらない悪事を重ねて金を積み上げ笑う者すら、もしかしたら必死なんじゃないかってな。男の腹を縫ったキラーさんは、簡単な手術だったと言っていた。肝臓の一部とその周辺組織、腹膜の一部を切除した。包帯が取れたら、リハビリだな。あとは知らん、と寝てしまった。


 次の日の夕方、キラーさんは定期便に乗った。返却できるものは返したけど、これ以上は無理。不満そうだけど、あまり肩入れはできない。役人たちと賞金稼ぎの男は明日の便に乗せるから、一足先に町を出て。出発直前のホバークラフトに乗り込むキラーさんの背中を見て、ミミズクが叫んだ。駆け寄ってきて、私のお尻をパン!と叩いたから女の子みたいな声が出ちゃった。何すんのよ!と文句を言ったけど、ミミズクはキラーさんしか見ていないようで。


「あんたが助けてくれたから、こんなことができるんだ」


 ミミズクが持っていたのは、リボン。通行パスと一緒に没収した、子どもがつけるようなリボンを私のポケットから抜き取っていた。キラーさんのお話は、嘘みたいなものばかり。知らない人が映る目玉、美しい顔の悪魔と醜い顔の良心。骨が膨れ上がる病気は、まるでライオンのよう。息子さんを治してもらって、父親は泣いて喜んだ。誰も皆、必死。商売人も役人も、闇医者も漫画家も電車のケチな泥棒も、みんな。リボンを受け取ったキラーさんは、表情ひとつ変えずに目の下を摘んで、何かを言ったようだ。でもすぐにポケットに手を突っ込んで、悪人然と笑った。ホバークラフトの扉が、ゆっくりと閉まっていく。


「終着駅で会おう!それまで……!」


 最後は汽笛で聞き取れなくて、キラーさんはそのまま行ってしまった。ミミズクに、なんて言ってたの?と聞くと、ニヤアッと笑った。そりゃあとっても。


「アッチョンブリケ!」


 ……何、それ。ミミズクはしっと指を立てて、嬉しそうに言った。世界で一番、すごい呪文さ。これがディサピアを通った、世界一死神らしくない死神の話。


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