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第三章:英雄と進化


第三章:英雄と進化


 今から五、六百年前だという。当時まだ残っていた科学文明は新たな発見と次なる進化のために研究を重ね、ある生物を生み出した。原始的な環形動物だったその生き物を改良するうちに、いつしかその成長は世代を経て爆発的に進み、生命の一属を形成した。現代では巨大な甲殻生物になった「サンドクラブ」と呼ばれる生物群は、まとまりのない個体が群生化して荒野に棲み野生化、時折襲われるトラックもある。だからといって運搬はしないと日銭もないし食べるものもないとなればみんな命がけ、運送業は危険と隣り合わせとされている。試験型発電プラントの建造地でもあるディサピアは自然環境が整っていて、太陽光と地熱と谷に吹く風と、とにかくサンドクラブは来たがらない地域らしくそういう意味では替えの効かない町だ。なのに他の条件が悪すぎて替えられるもんだから世の中は理不尽だ。座れるトイレがないなんて当たり前でしょう!ディサピアはそういう土地だから安全性の意味では優先されることもあって、案外お偉いさんが来ることもある。その日来た人も、ある種その手のお偉いさんだった。


 臨時便が到着したと聞いて大型車の発着所へ向かうと、いつになく厳重な警戒をした大型車だった。ゴミを出しに来ていたサマンサが中の人にあったらしく、「でるろさん」という人が来たのだそうだ。変な名前だと思ったけど、本当はもっと長くてややこしい名前で、聞き取れた中で覚えているのは「でるろ」だけらしい。あなたが責任者?と話しかけられて振り向くと、血色の悪い男。デルロさん?と尋ねると、いかにも、と答えた。要人みたいにSPに囲まれて、そんなに偉い人ならこの町に何の用だろうと不思議に思った。認証しても見分けがつかないくらい精巧な偽造身分証が出回っていると本部に言われてるから、あまり油断ならない。そんな身分証はあっても仕方ないだろうとミミズクに言われたけど、あんたは身分証すらないでしょう。そんな昨日のやりとりが頭をよぎった。デルロさんは他の身分証も持ち合わせていて、旧デルドレッド連邦から独立したゴートリッツ協会が保証してくれるらしい。なら大丈夫か、ととりあえず招き入れてサマンサの酒場で話を聞いた。


 サンドクラブの生態観察と食性の研究。インテリだというデルロさんは論文作成のためにサンドクラブのいる場所、その中でも長期滞在が可能な安全な場所としてディサピアを選んだ。サンドクラブは人間と同じくらい賢いから保護すべきだ!と叫ぶどうかしちゃった団体とかたくさんあるからちょっと不気味。でもこれは学術的な話で、ゴートリッツ協会付属聖ザンパトロ学校の博士号のためだと言われて断れなくなった。本物の博士号なんて、ワイルド爺さんが目ん玉ひん剥いて悔しがるのが脳裏に浮かぶ。昨今のバイオ研究の成果は目覚ましいですよ!と語るデルロさんの話の途中で、ミミズクが席を立った。失礼だとは思ったけど、余計なことされたくないし……私もあまり聞きたくなかったから、追いかけて酒場を出た。


 何してんのよ、あんたは向こうから見たら町の住人。感じ悪いと思われるでしょ?と自分のことを棚に上げて……あまり本気ではなく怒った。ミミズクは、つまらなさそうに言っていた。科学もバイオも聞いてられねえ。文明はとっくにピークを過ぎて前のをほじくり返しているだけ、発見も新常識も聞き飽きた。科学は大昔に何かになりかわられて、まるでアゲハチョウのチョージュー。……最後が聞き取れなかったから、何?って聞き直したら、言うほどの話じゃない、とミミズクが言っていた。聞いたことがあるんだ。大昔のそのまた昔に語られた、御伽噺。子供騙しとも言えないような、荒唐無稽な法螺話だという。その昔、地球には英雄がいた。力尽きるまで戦い、耳を失い膝を砕かれそれでも地球を愛した英雄の、その末路は。


「アメーバに食われたんだとよ」


 ひでえ話だ。それでいいってんなら、世界なんて沈んでしまえばいい。ミミズクはそれ以上何も言わなくて、ずっといるわけにもいかないから私は酒場に帰った。


 酒場にはデルロさんたちがいなくて、やっぱりというかなんというか夜のお誘いを受けたサマンサがジュウゾウさんの娼館を紹介したらしい。トラブルを起こすくらいならそっちに行けとデルロさんに怒られたSPたちは、今夜行くらしい。きっと今日も娼館からは嬉しい悲鳴がこだまするだろう。普通の悲鳴と聞き分けれたことはないから、私もまだ初心ってものだなあ。明日になったらサンプル採取に向かうと言って大型車に戻ったデルロさんたちの話を聞いていたのは、サマンサとジャックだけど。


「サンドクラブって危ないんじゃねーの?」


 なんせもともと生態系にはいなかった生き物で個体差がてんでバラバラだから人間を襲うことがある。それでも襲われた人が食われるなら事故のうちだけど、下手に刺激して怒らせたら追いかけてくるかもしれない。相手がどこまでこっちを判別しているかなんてわからないから人間=敵と思われたら他の人まで襲われる。一番怖いのは、怒った一匹に巻き込まれて他の個体まで押し寄せてくること。群れが迫ってきたらどんな町も耐えられないのに、ここはディサピアだ。一瞬でぺしゃんこ。それくらいは誰でもわかるから、子どもからお年寄りまで石を投げたりオシッコをかけたりしないようにと言い聞かせあっている。初めて聞いたときジャックは相当縮み上がっていた。だからサンドクラブ相手に何をするのかは私たちには予想がつかない。危ないはずだけど、なんかいい方法があるんじゃないの?とあたりをつけた。外では、サマンサが鼻歌混じりに洗濯物を取り込んでいた。ラン、ランララランランラン、ラン、ランラララン……。




 旧デルドレッド連邦はお金持ちの国だったから、今でもデルドレッドの関係者と言えばすごい人で通る。昔からエネルギー資源の産出国として知られていて、ゴートリッツ協会がその国家予算の一部を引き継いで運用している。だからデルロさんの大型車は実用性に振ったと自分で言う割にはすごく豪華、いいなあ!乗ってみたい!という町の人がたくさんいた。中はどうなってるの?写真撮って!なんて言うもいたけど他人の家みたいなものだから撮影できるわけない。ダメ元で頼んでみたらものすごく怒られた。自分で自分の立場を悪くして、サンドクラブの生態観察、と称した金持ちの道楽に付き合う。サンドクラブが食用にできたら実物大の看板を立ててサンドクラブ道楽とか適当な観光資源にできるのに、危ないから捕まえられない。食べたら美味しいのかどうかは、気味が悪くて食べた人がいないからわからない。


 砂漠で群れになってたむろするサンドクラブ。手がハサミになったやつ、煙を噴き上げるやつ、触角を光らせて脅かしてくるやつもいて、ディサピアの周りのサンドクラブはとっても賑やか。攻撃的とも言う。非常に興味深い!とデルロさんたちが喜んでいるサンドクラブの生態は、ディサピアの人にとっては当たり前のものだ。観察日記を出版したら売れるだろうか。そんな夏休みの自由研究を出版したい人はディサピアにもいないので誰もしたことがない。大急ぎで書いたら先に出せるかなあなんて考えていると、デルロさんの連れていたSP……一応調査チームの一隊という名目の人が、サンドクラブを捕まえたいという。個体の大きさがバラバラで、小さなものなら格納できるだろうと言い出した。小さくたって人の腕くらいへし折る生き物なのに、物好きなことするわね。捕獲の際の留意点を聞かれて、やったことないけど、と前置きして答えた。


 土の中にいるサンドクラブ相手に銃弾はほとんど効果がない。爆破による音波振動で誘導できて、電気ショックによる攻撃が有効。デルロさんたちは、「はりうっど」で調査したのと同じだ、と言っていた。「はりうっど」にはサンドクラブがいるのか。似たような土中生物が大暴れしても別におかしくないけど。地面の上を跳んだり走ったり立ち止まったり大変だっただろうな、なんて一番最初の元ネタの話もそこそこに、捕獲作戦が展開された。砂の中を泳ぐように進むサンドクラブを見て、親子のようだと思ったならこのとき口に出せばよかった。


 調査チームがサンドクラブの小さなものを捕まえるまでに、刺股が三本へし折られた。最終的に大型銃を持ち出したらしく、ケージに詰め込まれたサンドクラブにはハサミと尻尾に穴が開いていた。痛覚はないんだけど……なんだかかわいそう。ハサミの下に識別番号をつけられたサンドクラブは、サンプルとして持ち帰るらしい。一度居留地に戻って、調査のチェック項目をクリアするのに十日ほどかけるという。私は明日からは来ない。詰所でこのサンドクラブの世話をするんだろう。昔の警官は熱帯産の凶暴な亀でも世話をしたんだぞ!って他人事みたいに言っていたSPたちの一人が、私の隣に座った。


「生命の進化は世代の交代によって進む。次の変化は、次の世代には当たり前になる」


 ……そうですか、と流したつもりなんだけどそういうことが言いたいのではないらしい。人類の姿は、数千年変わっていない。進化のスピードはしれたものだが変異なら別。変異種は次の人類として君臨し、その母となれば王も同じ。もうすぐ町に着く。どうだい、王になってみないか?と足をさすられて飛び退いた。モーションをかけたいならもうちょっとましなこと言いなさい!他の連中と違って娼館に行かなかったというコイツは、金を積まなくてもいい女がいると目をつけていたらしい。他のヤツらの相手も、後で頼むよ。そんなこと言われて怒らないわけはなく、銃に手をかけた、そのとき。大型車が大きく揺れた。何もない荒野でこんな衝撃となれば、他にはない。窓の外には、サンドクラブがうじゃうじゃいた。全速力で逃げ切れ!と指揮を出すデルロさんを、止めている暇はない。衝撃で倒れたケージの中から子どものサンドクラブが這い出して、ずっこけたスケベ野郎の目の前に。ザクっと尻尾で首を切られて、スケベ野郎は血の海に沈んだ。デルロさん、待って!この子を置いてかないと!サンドクラブは大型車のどこかに隠れて、私たちはそのままディサピアについてしまった。後ろには、たくさんのサンドクラブがついてきた。


 町を闊歩する、サンドクラブ。大型車は街に着くが早いか追いつかれてデルロさんのSPたちはてんやわんや、何もできずに踏み潰されたのが見えた。ディサピアの人たちだってこんなことにはなったことがなく、家の中に閉じこもってそろって声をひそめた。そんなに敏感な生き物ではないけれど、皿を割ったりしたらきっと音につられて迫ってくる。サマンサの酒場で、私もジャックもミミズクも音を立てないように外の様子を見た。一人だけ助かったデルロさんは大型車の中で子どものサンドクラブを見つけることができず、ろくすっぽ探さずに酒場に来て同じ状態。救援を呼んだから三日ほど耐えようなんて言うけど、三日も隠れ続けるの?でも三日耐えれば助かるというなら頑張って耐えるしかない。危ないって言ったじゃん、とジャックが文句を言ったけど誰も聞いてなかった。


 こういう土地だからサンドクラブ避けの対策くらいはあって、霧吹きの水で牽制すれば砂漠に棲むサンドクラブは近寄ってこない。でもディサピアの水は有限だし、向こうが腹を括ったらこんなスプリンクラーは突っ切られる。安全なことなんて一つもない。デルロさんは贅沢体質だから、三日間の生活が気になるらしかった。調査は打ち切りだが、いいだろう。そんなデルロさんの言葉を聞いて、ミミズクが口を出した。


「これだけいれば十分ですか?」


 町中に溢れるサンドクラブは、タイプに関係なく集まって子どもを探している。一通りとは言わなくても、十種くらいは探せばいる。それで足りると?……ミミズクが何を言い始めたのかわからなかったけど、何かを知っているようだった。ミミズクは、続きを話した。大昔の法螺話、子供騙しの世迷言。その続きを。


 地球を愛し力尽きるまで戦った英雄は、最後はアメーバに食われて姿を消した。だからといって侵略の手が休まるはずもなく、その後も地球の危機は続いた。英雄を平らげたアメーバは十回を越える進化を繰り返し、物語は未来へと受け継がれて幕を閉じる。その進化の中に、おかしな奴が「一人」混じっていたのだという。


 異星人だろうか。確かにそんなものがいくらも出てくる与太話、ありえないことではない。だが、こいつに限り……異星人だと、言い切られていないのだという。異星人ではないのだろうか。人間が他の惑星から来るのでなければ、もう地球から来るしかない。地球星人であればどの大陸にもごまんとおり、海を越えて侵略にやってくるなど珍しくもない。星人を倒してすぐに、物語の続きは闇に葬られる。物語の語り手は、何を伝えたかったのだろう。そこまで話すとミミズクは、自分で語るのをやめて意見を求めた。


「どう思われます?ミスター……ポラポドール・ブニョ・ゲロデルロ」


 こんな話は、考えないでしょうか。ミミズクがそう言うと、デルロさんは言葉を濁した。何のことだろうか。君のくだらない話に付き合っている場合じゃない、とさっきまで三日間のんびり待つつもりだったのに凄んできた。ミミズクが足を踏み替えて、抜き撃つ気なのがわかった。私は、止めないし……どちらかというとデルロさんの方が不気味だった。他に何かする人がいるわけもなく、デルロさんが後ずさった。そのときデルロさんが机に置かれたジョッキに肘を引っ掛けて、馬鹿!と全員で叫んだ。ガシャンと音がしてそれを聞きつけたサンドクラブが迫ってくる。ミミズクが店を飛び出して、空に向かってプラセンタを撃ちサンドクラブを引きつけようと必死だ。直接当てたってハンドガンなんて足しにもならない。でもいくら音を立ててもみんなで大騒ぎしているからほとんど効果がない。私たちが大慌ての中、デルロさんは酒場を飛び出して逃げようとした。それを見たミミズクが、叫んだ。


「ジャック!」


 思いっきり飛び出したジャックがデルロさんの頭に飛び蹴りを見舞って直撃、デルロさんは酒瓶のケースに突っ込んだ。ミミズクとジャックが駆け寄ろうとしたけど、それより早くデルロさんは踏み潰された。見上げると、サンドクラブ。五メートルはあろうかという大きな個体が、ミミズクを見下ろしていた。ミミズクはプラセンタを捨てると、手を上げた。降参。銃でなんとかなる相手じゃない。誰が見たって明らかで、逃げる場所一つないのも明らかだった。真っ黒な影。目の前の終わり。その間に、何かが割って入った。子どもだ。サンドクラブの。


 大型車の中から這い出してきたサンドクラブの子どもは、親の元に戻ってきた。親は、ミミズクを見つめるようにしばらく動かず……暴れることもなく、荒野へと帰っていった。じゃあ、元気でな。ミミズクは胸の前で指先を合わせて、まるで手を振っているようだった。ミミズクは酒場に戻ってきて、私の横を通り過ぎるときに、言った。思い出したことがある。……思い出さないようにしていたんだが、思い出した。大昔に地球を愛した英雄の、最後の話だという。


 地球を愛し人々を守るために戦った英雄は、アメーバに食われてその姿を消した。だが、不思議と……食われて死んだという話は聞いたことがない。オレはそんなことを、今もどこかで考えているんだろう。もう、思い出さない。そう言って通り過ぎたミミズクは、きっとその話を忘れることもないのだろう。私はなんだか、そんな気がした。


反省点:この小説、もっと以前に書いた自作小説が下敷きになっているのだがそのせいでサンドクラブの元ネタが二つあることになっている。実際には「はりうっど」の生物をモデルに考えたサンドクラブに某円盤状生物のイメージをかぶらせている。

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