第一章:ルートゥとケイト
第一章:ルートゥとケイト
砂嵐が過ぎ去った。太陽が顔を出し荒野をどこまでも照らす。憎たらしいほどに。おかげで水を積んだ配給車が立ち往生になり、ディサピアを後回しにして次の町に行ってしまった。そりゃあ一月分くらいの備蓄はあるし復路の中にあるから帰りに来るけど、だから後でもいいでしょ?なんて言われて納得するものではない。この町にいるのは肉体派の男衆だけじゃない、女もいるし子供もいる。まず私が女でしょ!と文句を言ったけど通信機の向こうなんて知ったことではないようで、はいはいと聞き流された。このまま町の名前の通り、「消え去って」しまったらどうするのよ。ディサピアタウン。私が保安を任された、荒野の町。家が三十軒ほど並んだ、開拓時代のような町だ。
開拓時代といってもあながち間違ってはいない。過去に隆盛を極めたという近代文明は二度三度と世界を焼き、ついに維持できなくなって縮小、衰退。今は小さくなりすぎて、もう世界を焼くこともできない。世界に散った人たちが中央政府管理のもとに細々と暮らしているだけ。千年前、西暦2200年頃から世界の滅亡をカウントダウンするという時計のモニュメントは止まりっぱなしだ。動かしてらんないし。
なんのかんのディサピアは交通の拠点だから人の往来があって、需要があるから保安官が必要だ。ここを通る必要のある要人だっているし、資材の搬送もある。交通の重要な拠点であると同時に「交通くらいにしか使わない」というのも事実で、軽食を出す酒場、補給用の備蓄品、あとわずかな情報。女に飢えてる奴も来るけど、上玉の娼婦はいない。相手をしてもらえるんだからありがたいと思いなさい、と娼館を紹介して「ついてた!」とびっくりして帰ってくる男多数、相手をしたジュウゾウ・グランドパーパさんには何か秘密があるようだ。個性的なお顔立ちと同時にえらく古めかしい名前は、遠いお爺ちゃんからもらったといつも言ってるけど、昔の名前すぎていい名前なのかどうかは誰もわかっていない。
ジュウゾウさんのことを考えていたら、酒場に足が向いた。店主のブーキー・ホークス氏の一人娘サマンサ・ホークスはまだ若干幼いけど町一番の可愛らしい娘さん、他の町から来た男どもが腰を抜かすほどらしい。サマンサに言い寄る男がたくさんいて、サマンサは人生の師であるジュウゾウさんに男を紹介するからだいたいジュウゾウさんが相手をして男たちが泣きながら帰ってくる。交通以外は何もない町だから次の朝には発つドライバーたちが「騙された!」と声を揃えているが誰に何を騙されたのかは誰も知らない。初心な子ね、とジュウゾウさんが見送ってサマンサが手を振るのがいつものことだ。町には実害が出ていないから私は何もしない。
町には、今ガンマンたちが集まっている。たまたま発案された射撃大会と通りすがりで何人か町を訪れて、一応腕に覚えだという連中が十五人ほど。射撃大会で優勝したベロキラルという男を見たけど知れていた。まあ銃を撃ちたがる男なんてあの程度、悪いものでも食べたんじゃないかという奴らが多い。そいつらみんな砂嵐で立ち往生、酒場に雑魚寝で閉じ込められていた。ブーキー氏がいないのにこんなに男がいて大丈夫?と聞いたけどサマンサは大丈夫と言っていた。わかって言ってるのかなあともう少し考えるべきだった。酒場では案の定、トラブルが起きていて。
泣いているサマンサに何があったか聞いても答えてくれない。冗談ではすまないようなことがあったらしい。まだやられてない、というガンマンの一人は何があったか知っているようだけど、ベロキラル相手に一触即発。お互いの銃に手がかかっている。ジャキっと音を立ててそいつの手が銃にかかるけど、ベロキラルが早い。銃声が鳴って、酒瓶の一つが砕けた。相手の男は、姿が消えて……いや、消えてない。天井近くまで飛び上がった男の靴に、リパルサースタン装置。通称ホバーシューズというやつだ。昔はジェットガスだったのがエネルギー充填式になったのは三十年ほど前、名前だけがホバーシューズとして残っている。男は余らせていた右のスタンをベロキラルの鼻先に向けて発動、ドン!と音がした。あんなものヘビー級のストレートと同じ、死にはしなくてもぺしゃんこになってベロキラルは伸びてしまった。銃を撃ちたがる野郎にはスケベが多いから気をつけな、とサマンサに笑って男は銃をしまった。随分と余裕じゃない、と聞いてやったら、銃は撃ち負けたとしらを切る。わざとのくせに。
その気になればあいつより早く撃てた。そうでなければホバーシューズで飛び上がるなんて無理、銃を撒き餌に相手の銃を誘った。銃弾を撃ち込む姿勢を見れば、避けた後のアクションが遅れることくらいわかる。もしかすると……ホバーシューズなしでも、かわせたんじゃない?だいたい言い当てたつもりだったけど、馬鹿言わんでくださいと言い返されて我に返った。そうよね、そんなの無理。男はサマンサの頭を撫でて、スケベが触ったくらいで女の価値は下がらないと無神経なことを言って店を出ようとした。こんなことがあった以上、私は全員調べないといけない。だからすぐに仕事を始めた。
「あんたもよ。店を出ないで」
身分証と、個人データを出しなさい。そう言うと、今度は男が怒り出した。ただでも遅れが出ていて急がないと次の町で乗り継げない。乗り遅れると次は半年先になると言い張るけど、身元がわかればすぐに出ていけるんだから三分もかからない。さすがにそれができないなんてないでしょう?と聞いたら口ごもった。さては、こいつ。一瞬沈黙が流れて、男が銃を抜こうとした手を蹴り飛ばして逆に銃を突きつけた。酒場の男たちから歓声が上がるのは悪い気がしない。ちょっと調子に乗っちゃった。
「気分はどう?大道芸人」
え、と酒場のガンマンが揃って驚いていた。やれやれ、この程度か。手に撃鉄を起こす力が入ってないから、そもそも撃つ気がない。撃つのはせいぜい缶や瓶、射撃ゲームで的を当てて景品をもらってる奴と変わらない。そんな奴はどんなに腹を括ろうと人間は撃てない。撃ち合いになったら腹を決めてる間に決定的に遅れてあの世行き。だから最初から搦手を狙う。そうでしょ?と言ってやると真っ青になっていた。ちくしょう!と男はホバーシューズで舞い上がりくるっと上で一回転、もう片足のホバーシューズで横に飛んで店の外に飛び出した。こらー!待てー!古き良き時代の名警官を思わせる勢いで本官が逮捕しようと思ったら、男は店の外でびっくらこいていた。見上げる相手は十五メートルはあろうかという鋼鉄の巨人、撃っても意味ないしホバーシューズはチャージ中、今飛んでもタンクに水のない水洗トイレと同じ。わたわたしているところを後ろから飛びかかって踏んづけた。ありがとう、ルートゥ!と呼んでも答えるわけがなくて……。ルートゥを見送って男をふんじばり、全員の身元を調べた。今度余計なことをしたら、丸腰でジュウゾウさんのところに行ってもらうわよ!と言うとみんな青くなっていた。すでに誰かが行ったみたいで震え上がり、「丸腰とは?」なんてアホなことを聞かれた。武器を含む一切を、腰につけない。効果は抜群でみんな大人しくなった。ベロキラルを含めて大した奴はおらず、ふんじばられて転がっている男が残った。身元を聞いてもガンとして口を割らず、持ち物は大したものがない。銃はプラセンタT11、リボルバー式の中では軽い銃。携帯食料とわずかな金、ハーモニカ……。身元がわかるものが、何もない。調べてわからないものをはいそうですかと通す保安官がいるわけがなく、私もその例に漏れない。他の奴らはともかく、こいつは拘留。留置所の鍵が壊れてるから酒場の柱にくくりつけて放置した。トイレに行きたいときは、早めに言いなさい。来るのに20分くらいかかるから。「便所に行きたいときにそんなの待ってられるか!」という一見切実な言い分を無視して、仕事に戻る。身元を言わないなら、中央に突き出すわよ。男は相当困ったようで、勝ったと思った。いいかしら、ええと……。名前を言わないから困っているので、呼び方がない。長めに言葉を探していると、酒場に押し込まれたガンマンたちが誰ともなしに言い出した。
「ミミズク。らしいぜ」
男は自分を、そう呼んでいた。二つ名があるのか。そういうの好きな男、いるわよね。旅の大道ガンマン、ミミズク。このときは、その名前に疑問もなくて。
「サマンサ姉ちゃん、スケベなことされたの!?どんな風に!?」
サマンサを心配していたのは町の悪ガキ、ジャック・ブラウン。サマンサを慕って酒場に来るジャックは、どこを触られたの?どれくらい?とだんだん露骨に興味をぶつけてきて、引っ叩かざるを得なかった。こいつはいつも引っ叩かざるを得ないことをするから、私は人を引っ叩く人だと思われている。こないだもシャワールームをのぞいてたでしょ!と怒ったら、「保安官だと思わなかったんだ!」と申開きするからまた引っ叩いた。どうして私だと見ない!差別反対、公正に!と言ってやったら「差別せずに公正に比較したのでは」と誰かが呟いたから思いっきり睨んだ。比較対象がサマンサだからこうなるのだろう、プラス相手が相手で据えられるお灸が多いから後回しになっているとくくりつけられたミミズクが言うので顔面を踏んづけた。ええい、黙れ偉そうに!ぐりぐりしながら怒っていると、ミミズクはそれを見せていいのかと聞いてきた。えらく可愛らしい桃色だからたぶん見せるつもりはないのだろうと言われてスカートを押さえる。どの色だった?とジャックが色相環の表を持ち出すので引っ張り戻し、関わるな!と言いつけたんだけど。
「俺もあんたはごめんだな」
ミミズクの言葉に、冗談とかそういう声色がない。一気に場は殺気立ち、ジャックもガンマンたちも黙ってしまった。気にしないのはミミズクだけで、こいつは平然と言っていた。女っつーのは関わって嬉しい奴と関わって後悔する奴がいる。あんたと関わるのはごめんだ、と正面切って言ってくる。どういう意味よと聞いたらどの意味でもと言い返されて頭に血が上った。明日の便どころか、太陽が見れなくてもいいみたいね。そう言って銃を抜いても、誰も私を止められない。……彼が来なければ、止まらなかったと思う。
ズシン、と酒場の外から音がしてテーブルが揺れた。巨大な誰かの足、もちろんルートゥ。それが通り過ぎると、私は銃をしまった。命拾いしたわね、とミミズクに背を向けて、もう考えなかった。
「はい、聞かれたので……言わない方がよかったですか?」
酒場の裏でサマンサを見かけて様子を聞くと、そんなことを言われた。ルートゥの話を教えたらしい。言わない方がいいに決まってる。でもサマンサは本気で抜けてる子だから言っても仕方がない。なにせ酒場の看板「BAR BOOKY」のネオン灯を発注するとき、OとKの数を逆にした。もう一度注文するお金がないなら一個外せばいいのに全部つけているから、これではボッ……口に出すのがアホらしいから、早く直しなさいとそれとなく言ってるのにいつも「今度でいいんじゃないでしょうか」とほったらかす。スケベなことを考えられるのは本人の行いなのだろうか。あと三年も経ったらみんな本気にするから、それとなくKの一文字を撃ち壊すタイミングをいつも探している。
サマンサはこの町で生まれたから聞いたことくらいはある。ルートゥ、HP-ラブ13。この町に配備されていた自立思考型警備ロボット、だったもの。腕の悪い整備士に腹をいじられるまでは、私たちと電子音でしゃべっていた。私が子供の頃は真面目で大きいおまわりさんと言ったところだったけど、徐々に思考回路にバグが生じてものを言わなくなったし意思表示もしない。周回警備のプログラムに従って日に数回町を一周する本当の「お巡りさん」。下手な洒落にもならない状態のルートゥを直せるエンジニアは町にいないし、直せる人がいても直してくれない。人から見れば時代遅れのポンコツ、小型で強力なロボットがいくらでもあるんだから運用しなくていい。本人だってこれで満足なんじゃないか?なんて言う馬鹿の相手はしていられず、今ルートゥは大きいだけの作業機械になった。子どもの頃、ルートゥの肩に乗せてもらって父さんに怒られた……なんて話、あいつに言ってないでしょうね!と聞くと「まず私が知りません」。……私も知れてる、と頭を抱えると、保安官はどんな子どもだったんですか?ルートゥと遊んでたの?ってここぞとばかりに聞きまくる。強くて真面目なクールビューティで通っている……通っている私にはしてほしくない話だ。一緒に歌ってただけ、と適当に濁してサマンサを店に戻した。
ガンマンたちの身元確認がつつがなく終わり、スケベの腐れベロキラルでもどうということはなかったのにミミズクだけが残った。がんとして口を割らず、縛られてトイレも不自由だというのに名乗らないとなればそもそも怪しい。中央に連行しようにも身元証明を落とした罪などと言い出したら因縁つけてるのと同じ、正確には法律全部ひっくり返したらいくらでも連行できるけど人口わずか35人のディサピアでそんなことをしたら私が悪徳保安官になってしまう。まああと三日も捕まえておいて名乗らないなら別のルールに従って引き渡せるから私はそれでもいい。あとは向こうで調べて、違法入国者だった!みたいなお達しが来るのだろう。何回かあったし。一つ問題なのは、ミミズクをふんじばったのがサマンサの酒場だったこと。中年まっしぐらのブーキー・ホークスが留守にしている間一人娘のサマンサが切り盛りしていて、要するに女の子の家から動かせない。だからお腹がピーピーになったなんて言われたら飛んでいくか女の子の家で漏らされるかのどっちかだから私が気を使うくらいだ。ミミズクは私のお宝シーンで欲情しないんだからそういうのいらないヘナヘナかと思っていたんだけど。
「プラセンタをくれ」
酒場で突然ミミズクに言われた。手の中で転がすだけだから他のことには使わないと言われて、はいそうですかなんて言うかボケー!踏んづけられたミミズクが、女の家にいれば気になるのは道理だとどんどんとんでもない方向に走る。銃を渡したら町の看板娘にあんなことやこんなこと……サイテー!頭の中にストックされたあらゆる変態行為が飛び出してきて、早めに連絡することに決めた。そうだなあオレだったらまず縄を抜けて×××……とのたまうジャックを蹴っ飛ばして詰所に戻ろうとしたら。
「保安官、引き取りに来ました」
……中央保安部のバッジをつけた連絡員は、たまに見る顔だった。あの腐れベロキラルは身元だけは立派なもので、中央の下請けか何か、その手の仕事。だから他の連中より先行して通る手筈になっていた。ここから五百キロ向こうの次の町に行くまでには、ソーラーバッテリーの充電がいるというからすぐに出るわけではない。残念だけどディサピアには高速充電の設備がないから、明日か明後日まではここに足止め。遺憾だけど、ベロキラルが大きな顔をするようになった。あいつ自身はどうでもいいしどうしょうもないのに。いらだつ私を慰めるように通りかかったのは、やっぱりルートゥ。……いつもありがとう。通り過ぎるルートゥを見て、中央の人たちは驚いていた。
「あれは?」
昔の保安用ロボット。私の先輩よ、と教えたけど最後まで聞いてくれなかったようだ。
縛られたミミズクが、サマンサの酒場でびしょ濡れになっていた。ベロキラルが水を、こぼしたらしい。こぼしたなんていう量じゃないから、ピッチャーで注いだんでしょ?おしっこひっかけたとして不思議とは思わない。でもミミズクに、ああいうヤツは下品なくせに下品なのを悪いことだと思っていて人前で小便したりしないものだ、ともっともなことを言われて不覚にも納得した。15歳のサマンサは子どもみたいなものだからピンと来ていない。なんでしないんだよ、あるかもしれないじゃないか新しい世界が!と言い張るジャックは三十代の行き詰まった変態みたいなものだからピンと来ていない。洒落になるうちにたくさん考えておけとミミズクが火に油とかローションを注ぐのでジャック側をつまみ出そうとしたらミミズクに聞かれた。無視してもよかったけど、その名前を出されたら気になって仕方ない。
「ルートゥってのは?」
……あのロボットよ、見たでしょ?と言ってやったけどそんなことは聞いていないと突っぱねられた。HP−ラブ13にはそんな別称はない。OG−ダーレスでもアーカムシリーズでも同じこと、おそらくは誰かが個人的につけた名前のはず。何を思って誰がつけたのか……そんなことなんの関係があるの?と怒ったけど、この町では会話に許可証がいるのか?なんて嫌味を返されて相手にしないことにした。あんなのとしゃべるほど暇じゃない。……あんなのに教えてやる話じゃない。私が子供の頃は、ルートゥに名前はなかった。ラブ13、と呼ばれていたルートゥに、私が名前をあげた。ルートゥが喜んでくれたかどうかは、私にはわからない。でもルートゥは、自分をそう呼んでほしいってみんなに言っていた。ルートゥ、って呼んだら返事をしてくれて、私は彼をルートゥだと思うようになった。そんなのは……言っていい話じゃない。私のものだから。大事な話は、誰にでもしたりしないものだ。
ルートゥは普段町にいない。そこそこに大規模な設備で充電するから、町から十キロほどの場所にある古い発電プラントが彼の家。だから町に来た人の中には、あのロボットはどこに行くの?と驚く人もいる。中央保安部の連絡員も、その例に漏れず。
「あのロボットはどこに?」
中央の連絡員はやたら気にしていて、来た人みんなでルートゥを探していた。近くの発電プラントだけど、古すぎて地図に載っていないかもと伝えると連絡員は発電プラントの場所を聞いてきた。もうすぐ来られるから、それまでに見つけなければ。……何を言ってるんだろう。ルートゥに用があるなら明日の朝の巡回でどのみちやってくる。でも連絡員は、その前に見つけたいと思っているようで、焦っていた。詳しい場所は、管轄外の場所だから私もわかりませんとしらを切る。私がルートゥの家を知らないわけない。連絡員は、プラントを探せと通信を飛ばして詰所を出ていった。もう夜も遅いのに、朝まで探すのだろうか。止めはしないけど、必死すぎて気味が悪かった。
詰所にある宿舎が、私の私室。一応三部屋あって、私しかいないから一室しか使っていない本部の連絡員は、使うかと思って片付けた埃まみれの部屋を使わず、ずっと連絡を取り合っていた。バッテリーは貴重なはずなのに、充電時間を延ばしてまで何をしてるんだろう。聞いたって「上からの指示」としか答えないのはわかっていてもう放っておいた。太陽光で充電したわずかな室内灯に、父さんと私が写った写真があった。……この写真は、ルートゥが撮った。いい顔をしていたから、ってメモリーから送ってくれて、私は三人の写真だと思っている。おやすみ、と呟いて明かりを消して、寝ようとした。なのに扉を叩かれて、叩き起こされた。扉を壊すんじゃないかという叩き方に驚いて、私は飛び起きた。本部の連絡員は、人手が必要だと告げてとっとと行ってしまった。サマンサの酒場に、人が集まっているらしい。こういう仕事だから有事の時はすぐに着替えて飛び出す準備をしている。実際に飛び出すのは初めてだけど、サマンサの酒場に向かった。
店の前でサマンサがオロオロしていて、急に追い出されたから何をしているかわからないという。場所さえあれば何でもいいってか。何をしているかは別として、文句を言わないといけないと思って店に入った。そこにはガンマン連中の何人かと、縛られたまんまのミミズク。ガンマンたちは、何か様子がおかしかった。血気盛んな無頼の輩、のはずのガンマンたちは連絡員の命令で動き、特に疑問もない様子。頭からっぽだとは思っていたけど、なんで言いなりなの?と怖くなって固まっていると、後ろから呼びかけられた。
「ケイト・アップルバーグ。ディサピア唯一の駐屯員」
振り向くと、片眼鏡の小男が立っていた。……こんな人いただろうか。私が見覚えのない男に戸惑っていると、協力を願います、と小男は私に笑みを浮かべた。それと同時に、おい!とお腹に響く怒号。ミミズクが私を怒鳴りつけていた。何よ、捕まってる身分で!私がミミズクに言い返す前に、小男がミミズクに言った。
「黙っていてもらおうか。来る気がないなら」
お前らの手は安いんだ、かかりたくてもかかれねえ。挑発のようなミミズクの言葉を聞き流して、私に向き直った小男が同じように笑んで、妙に不気味になった。仕切り直して同じことをしようという状況ではない。何をしようとしているの?いいから見なさいと言われても不気味で仕方がない。後ずさると、ならわかってもらいましょうかと切り出した。話したからって誰もわからない話を、当然のように。
世界が一度滅んで、久しい。科学文明は五百年以上前に大半が失われ、再発見と再構築を繰り返して塗り替えられている。今も失われたままの技術体系は多く、過去の遺物から逆算しなければ取り戻せない。その言い伝えの中に存在する、光と炎。世界を砂漠に変えた諸刃の剣も、その一つ。……ルートゥに搭載された動力炉が、それ。HP−ラブの特殊仕様に紛れて放たれた、滅びの鉄槌だという。
かつて世界中に存在した規格外の爆薬は、世界が砂漠になったときに失われた。その後国家なんてものはほとんど意味をなさなくなり、世界中に小規模な都市が散見されるだけ。これを一手に統括するには、全員の目を同じ方向に向ける必要がある。でも、技術も資源もないんだからみんなが寄ってくるようなご褒美があるわけない。ならばもう一つの手。……強大な武力があれば、皆が集まってくる。ある者は恐れ慄き、ある者は喜んで飛びつく。帝国の再建だ、と男は笑った。ルートゥに搭載された動力、エキドニウム。遥か昔も死の神の名で呼ばれた物質の同位体が、それを可能にするという。今のうちに役に立っておけば、中に入りやすいですよと小男は私の手を取ろうとして、思わず飛び退いた。何を言っているの?はいそうですかなんて、言うわけないでしょう!小男は意外そうな顔で、あなたは来ると思った、とふざけたことを言った。怒鳴り返す前に、小男言葉を聞いて何も言えなくなった。
「ルートゥなんて名前があるのだから」
もう一度、つけてくれたのでしょう?死の神プルートゥの、後継ぎとして。……何言ってるの。違う!そんなんじゃない!ルートゥは、彼の名前はそんなんじゃない!必死になって言い返しても、誰も聞いてくれない。あなたがしたことです。責任を取りましょうか。小男に歩み寄られて、もう逃げることもできない。立ち尽くしていると、ゴゴッと嫌な音が聞こえた。ハッとして振り返ると、ミミズクが立っていた。肩が外れている。逃げようと思えば、逃れた?驚いていると、苦手だからよほどとしない、と見透かしたように言われた。オレもな、よく言われるんだよ。ミミズクって名前はな。そう言って走り出し、小男の顔面に右足の踵を突きつけた。ドン、とホバーガスを打ち込み小男を吹き飛ばして、グルンと回って着地した。小男は、頭から火花を散らして……ロボット?電子頭脳が壊れてガガガガと笑うような音を出していた。ミミズクに、プラセンタ、と偉そうに言われて私は思わず取り上げた銃を返した。ガンマンたちに囲まれたミミズクが、指に引っ掛けた銃をクルンと回すと、ミミズクの肩はガシッとハマった。勝手なことを言うんじゃねえよ、木兎だって?わかってねえな。ミミズクは自分を囲むガンマンたちを睨んだ。
「さあ来い。喰ってやる」
銃声が鳴って、ガンマンたちが倒れるのに五分とかからなかった。
「何があったんですか、保安官!」
表にいたサマンサの至極当然の疑問に、答えることもできない。私が聞きたいくらいだ。町にいたガンマンのうち行方が知れない奴らが五、六人。連絡員が一人とベロキラルも姿が見えない。何があったか知っていそうなミミズクは、オレが言ったことを信じてはいけないだろうと話す気がないらしい。唯一、小男の姿のロボットのことは話した。あれは安い詐欺。ネットワークなんてものがあった時代は、映像広告で山ほど存在した。わざわざロボットを作ってまださせているのだから物好きも極まれりだ、と語った後は一般論になった。詐欺にかかるとは、誰も思わないもの。かかった者は口を揃えて、詐欺とは思わなかったと言うもの。町にいたガンマンの約半数、踊らされて疑問もない。向こうにとってはスイッチを押すだけだ、と知ったようなことを口走ってミミズクは口をつぐんだ。これ以上は手がかりもなく、行き詰まったとき。倒れた連絡員が使っていた無線から、声が聞こえた。ノイズに混じって聞こえてくるベロキラルの声。見つけた!とあのバカが叫んだ後、グシャっと音が鳴って何も聞こえなくなった。ノイズだけが響き、地平の向こうに赤い光が見えた。折しも登り始めた太陽に重なり、火柱は世界の終わりを告げるよう。その中に、影。ルートゥの姿が見えて、私は泣き崩れた。
見たことのないレーザー砲で爆炎を上げながら、ルートゥは巡回プログラムに沿ったコースを歩き始めた。もちろんすぐに町を通る。止めないと……!頭部の指示系統を破壊すれば、ルートゥとてもう動かなくなる。アイセンサーの隙間を、風防の上から貫けば……!詰所の装備をひっくり返してまだ使えそうなものを引っ張り出して、ミミズクが止めるのも聞かなかった。ハンドガンの銃口につける破砕弾、あんたが話しかけるから上手くはめれないじゃない!ぶるぶる震える手を机に叩きつけて怒っているのに、ミミズクは私から破砕弾を取り上げた。町に迫るルートゥを見つめて、ミミズクは自分の銃に破砕弾を取り付けた。
「オレはミミズク。人は撃てんがあいつは撃てる」
ルートゥが飛び上がって、いきなり町に飛び込んだ。カエルみたいに這いつくばって、まるで怪物、魔人のよう。雄叫びを上げるルートゥを見上げて、ミミズクは私の言葉を待った。もう来てるのに何もしないの?私が嫌だというのなら、踏み潰されてもいいっていうの?私は絞り出すように、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
「……お願い……」
ミミズクはルートゥに向かって走り出した。私もそれを追いかけて、詰所を飛び出し表通りへ。それとともに、高らかな笑い声も聞こえて。
「止めてくれるというのならちょうどいい」
ミミズクを送り出したところに現れた連絡員とガンマンの余り物。町は今大騒ぎ、三十五人の住民たちはレーザー砲の上げる爆炎に右往左往しているのに、余裕で笑うこの連中。狙いはエキドニウム239だけ、あんな入れ物どうでもいいと言ってのけられて銃に手がかかった。でも相手のガンマンは五人からいて、撃ち合ったって敵わない。隠れる場所がない表通り、ここでは数がものを言う。余計なことを知った私を、こいつらが生かしておくわけもない。差し違えて三人あの世に送ったって意味はない。やられたのと同じだ。銃に手だけはかかったけど何をできるわけでもなくて。
「わーっ!!」
急に叫び声が聞こえて、連中の頭の上に落ちてきた大きなシーツ。その端っこを持っていたジャックがゴミ箱に突っ込んでジタバタしているのと一緒に相手もみんな大慌て、すぐさまガンマンたちの足と手首を撃ち抜いて全員あっけなく倒れた。酒場の屋根の上には、サマンサ。こっちに向けて親指を立ててウインクしていた。ゴミ箱のジャックを引っ張り出して、ありがとうと頭を撫でると本部連絡員が居直っているのに気がついた。全員消してくれるわ!と大型ガンを取り出してこっちに向けて、危ない!と私が叫んだのは全然違う理由。連絡員の背後に見えたルートゥが口を開けてレーザー砲を撃った。一瞬体を縦に切断されたのが見えたけど、すぐに爆発して跡形もなく吹き飛んだ。屋根の上でひっくり返ったサマンサと、抱きしめて守ったジャックは無事。胸の中でニヘラニヘラと笑うジャックを蹴っ飛ばしてルートゥの元へ走った。また飛び上がって四つ這いで着地したルートゥの足元には、ミミズクがいた。
「ようやく捕まえた!」
ルートゥは大きくて足を上げてミミズクを踏み潰そうとしたけど、噴煙とともにミミズクが飛び上がった。ホバーシューズを使ってルートゥの腰まで飛び上がったミミズクを、ルートゥは叩き潰そうとしたけど空振り。腰を蹴って宙を舞い避けたミミズクが、手の甲に着地した。それを薙ぎ払おうとまた手を振ったけど、もう一度ホバーシューズで飛び上がったミミズクは大きく身を翻して銃を真下に向けた。追うように上を向いたルートゥの眉間に、破砕弾が撃ち込まれた。閃光と、轟音。ルートゥは倒れて、動かなくなった。ミミズクが降りてくる。ルートゥが消えていく。ずっと前に消えたと思っていたルートゥが、こんな風に消えていく。神様?魔物?そんなんじゃない。そんなんじゃないのに、そんなんで終わり?私は耐えれなくて、泣いた。泣きたくなんかないのに、ボロボロ泣いていた。そしたら、ミミズクが帰ってきてジャックとサマンサが駆け寄っていた。ミミズクは指を立てて、しっ、っと二人を黙らせた。
「いい音だ」
……聞こえる。澄み渡った空、わずかにそよぐ風。その隙間に、ルートゥの口笛が!合成された電子音、子どもの頃によく聞いたルートゥの下手っぴな歌。私は最後に、もう一度彼に会えた気がした。それは、神様でも魔物でもなくて。
「ルートゥって、一体何だったのかな」
町の人が片付けをするのを抜け出して、ジャックがサマンサと話していた。秘密兵器?ロボット怪獣?……そんな物騒なはずの話が、いくらかマシに聞こえるほど私はくたびれていた。死の神様。破滅の子。そんなことを口に出すのは、もうまっぴらで。そしたら口を出したのは、ミミズク。何って、決まってるだろう。そう言って指笛をピイっと鳴らすと、当然のように言った。
「口笛の上手いやつだ」
……そうだった。私が彼に上げた名前。彼は、フルート。そうじゃなければ、それにそっくりな何か。それ以上じゃない。やれやれ、とミミズクが腰を下ろした。保安官、身分証のことなんですけど……。無理、とすぐさま突き返してミミズクもさすがに困っていた。そんなミミズクに、追い討ちをかけるように言った。
「余計なことしたら、すぐに捕まえるわよ」
ミミズクは驚いたようで、思ったよりもずっと、気風のいい御仁だと持ち上げてきた。こいつがミミズク。その名前の由来を、まだ聞いていないとこのときは気づかなかった。
だいぶ前に書いた小説で、上げるタイミングがなくなってどうしようと宙ぶらりん。一応見直して誤字脱字を直したけどどうしようかなあ、いいや上げてしまえとiPadを取り出してコピー。……消えてしまった。これを書いていた時に使っていたポメラが壊れて(コーヒー飲みながらとかだったからなんか飛んでたんだろうなあ)データだけiPadに移したので作業環境が違う。保存してないし戻るよね?と思ったらショートカットキーが片っ端から違うのでもう何が何だかだが消えたと見てまず間違いない。原文は残っているけど見直しは出来ていない状態、もういいやで上げているのにもう一度見るつもりもなく、見つけ次第訂正を繰り返す所存である。ちなみにフルートというのはピッコロと同じ運指で演奏する。