表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトスカイ  作者: 笹霜
望郷編
24/30

24.望郷

目が覚めた時は早朝であった。いつかのように、いつものように青白い朝だった。


そして何故か布団の中に、一人の御姫様がいて、すうすうと寝息を立てているのだった。



「―――」



霧夜はそれを(さと)っただけだったが、少しの間、考えを巡らせていた。



―――悪夢のはずだったのに、それは、寂しく、悲しい夢だった。



夢の中でのことは、良く覚えている―――この夢は本当に昨夜で最期だったのだ。唐突に訪れた最期。あの叔母が、初めて、真意を明らかにしてくれた。


―――俺は、想われていたのだ。


と同時に、記憶にあるはずのその姿が余りにもぼやけてしまっていて、その輪郭すらも捉えるのが難しい。叔母の顔を思い出そうとしても、出来ない。


ただ、それが、俺を想ってのものだったと、それだけはハッキリしていて。


そして、夢の中の妹分に抱きしめられた記憶。そして―――あの忌々しい男を消し飛ばした、雪の姫様が目の前にいる。


―――寂しいお別れだった。


だが、重苦しい朝ではなかった。それは、ハッキリしていた。その朝のためだけに、あの叔母は―――あの男を道連れにして消えた。消えることを、望んだ。


そして、妹分も、このお姫様も、そう願っていた―――。


布団から出た。姫様はそのままにしておく。


浴衣を直して、朝風呂を浴びようと立ち上がろうとしたが、そこで、後ろから抱きすくめられた。


ふわりと、少女の匂いがした。


「霧夜」


「…」


「おぬしが辛い顔をしていた。辛い夢を見ていた。許せ。故に消したぞ。わらわが」


切ない断言。


「おぬしが苦しい顔をするのは、苦しい夢を見るのは、わらわが望まぬ。そして誰もが、きっと望まぬ」


「…」


「柚希を殺すつもりであったのであろう?」


その言葉に、霧夜は後ろから抱かれながら答える。―――今更隠すことは、出来ないだろう。


「ああ」


「…羨ましかったのじゃろう、柚希が」


「妬ましかった。…何故俺があんな目に遭って、柚希がああなのか」


零れ落ちた無念の思い。


「おぬしが辛い目に遭ったのは、良く聞いた。名前まで変えて。良く頑張ったぞ霧夜。わらわが褒めてやろう。―――良くここに来た。歓迎するぞ」


だが、俺の真意を聞いて、そこで、はじめて、この舞雪は、歓迎すると、言葉を紡いだ。


その真意を知って、微笑んでいた。


「柚希と同じものが欲しいのか?」


「…いや…」


「柚希を殺したところで奪えはせぬ。愛も故郷も思い出も日常も、殺して奪えるものではない。欲しいのか霧夜。欲しいのならば、正直に申せ」



その言葉に、霧夜は絶句した。しかし、意志とはかけ離れたところで、唇が動き始める。



「…俺は、欲しい…」


「そうか」



俺を抱きしめる少女が微笑んだのが分かった。耳元で優しい声が囁いた。



「おかえりなさい、霧夜」



ズグン、と心臓に刃を打ち立てられるかのような衝撃があった。神様の微笑みはそのままであった。悪戯っぽい、切ない微笑みだった。



「何を震えておる?ならばわらわが与えてやろう。おぬしが寂しい思いをせぬように。そして笑っていられるように。ここがおぬしの帰る土地になろう。この三郷温泉が。故に、おかえりなさいは、当たり前の言葉じゃ」



舞雪はいつぞやの問いを思い出す。



『俺とゆかりはどこへゆけばいいのか―――』



その霧夜の問いに答えられなかったが、今ははっきりと答えられる。それを自覚する。



「…どうして俺に」


「分からぬか?」



舞雪は微笑んでいた。大人の女性の微笑みだった。


「おぬしがわらわの見込んだ男だからじゃ、―――そう言っておけば良いかの」


「…俺が最後の客だからじゃなくて、か?」


「所詮、要素の一つに過ぎぬ」


舞雪はそう言った。


「最期の客だからといって、誰でも良い訳ではない―――おぬしだからじゃよ。ああ、本当におぬしは正直者じゃなあ。今更何故などと、それこそ何故に聞く?」


切ない言葉は続く。


「小紫の言うた言葉の通りじゃ。そしてお師匠様も咎めた通りじゃ。わらわはおぬしに甘えてばかりじゃ。雪下ろしやら何やら働けばよいだの、絵を描いて欲しいなどとだだをこね、挙句ゆかりのことでは頼りっぱなしで、―――そんな甘えっぱなしのわらわの言葉の多くを、容れてくれた」


抱きしめてくる小さな腕。その力が強くなる。


「それほどまでに尽くしてくれる男に…どうして報いぬことがあろうか?」


愛おしげな微笑みが、後ろにあるのに、良く見えた。



ただ、大きなため息を、一つだけ零して。



音無霧夜は、天井を見上げた。



全てのはじまる、青白い朝だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ